第十七話
「はあああー、疲れた……」
帰りの馬車に乗るなり、襟元を緩め、大きな溜め息を吐いたルディに私は首を傾げた。
「そんなに疲れるのに、どうしてそこまでして“品行方正な侯爵令息”を演じているの? そのままのルディで過ごせばいいのに」
ぴったりとくっつくように座っていたルディが私の肩にコテンと頭をつけた。
「それは――俺がフィーのことを諦めきれなかったからだ」
「ん? どういうこと?」
私がルディのほうに顔を向けると、唇が触れてしまいそうなほど近くにあり、思わずバッと正面に向き直した。
ルディはフッと小さく笑うと、姿勢を正した。
「侯爵令息として品行方正であれば、いつでも兄貴の代わりが務まるだろ? むしろ兄貴より優秀だとわかれば、今の状況を変えられるかもしれないとどこかで期待してた。結局、それを知らしめる前に兄貴は自爆したんだけどな」
「それなら、もう演じる必要はないんじゃない?」
ルディが次期侯爵になることは正式に決定し、私と婚約も済ませたのだから。
「いや、まだ気が抜けない。せめて学園を卒業するまでは」
「そう……」
ダニエルのことが気になるのだろうか。
結局、ダニエルは卒業までの半年、今まで通り学園に通うことになっている。
例の夜会で私たちにあった出来事を知っている人はほんの一握りだろう。クラス内でも実際に目撃した人はほとんどいなかったのだから。
「ああ、それよりもフィーが優秀であることがバレるのは嫌だな」
「えぇ……?」
(クラスで私が今まで見たこともない王子様スマイルを浮かべて『そのうち君たちにもわかるよ。セラフィーナの優秀さが』なんて言っていたのに?)
「フィーが優秀なことは俺だけが知ってる特権だったのになぁ」
本当に残念そうに落ち込んでみせるルディにクスッと笑みが溢れた。
「そんなこといったら、私のほぼすべてがルディだけが知っている私だと思うけど」
「え?」
「だって――私の好きな色やドレスの形、それに苦手なものやクセまで全部知ってるでしょ?」
私がどんなに表情を取り繕っても、ルディにはすぐに気づかれてしまうし。
「私は自分の力でルディの隣に立つのは私しかいないと証明できる絶好の機会だと思ってるわ」
「フィー」
ルディが私をギュッと抱きしめた。
「今まで一緒に頑張ってきたんだから」
「ん、そうだな」
学園では前期と後期それぞれの終わりに実施される考査以外にも、中間考査がある。
後期中間考査で優秀な成績を収めれば、私に対する不本意な噂や誤解を解くことができるだろう。
ルディの一言でクラス内のあからさまな陰口や酷い態度はなくなったのものの、学園内ともなるとまだまだ私に向けられる視線は厳しいと感じた。
特にダニエルが在籍する最高学年においてはそれが顕著だった。
それに中には詳しい状況も知らないのに事実確認もせず、噂話を広める者もいる。
試験結果でそれが払拭できるのであれば、学園一位を目指すのも悪くない。
「あーあ。学園一位を取るの、前期より格段に難しくなったな」
「ええ、そうね。私が学園で一位になるわ」
そんなこと余裕です、と勝ち誇った顔をした私に、ルディは胸に手を当てて畏まってみせる。
「お手柔らかにお願いします、公爵令嬢殿」
「容赦はしないわ。いつでも真剣勝負よ!」
今までずっとこうやっていつも競い合ってきた。
「よし! 望むところだ!」
それが婚約者になったからといって、何かが変わるわけじゃない。
私たちはいつだって対等で、お互いに励まし合いながら生きてきたのだから。
学園生活はまだ始まったばかり。
これから毎日、新しい経験を幾度となく積み重ねていくのだろう。
馬車が速度を落とし、ゆっくりと止まる。
従者が扉を開くと先にルディが降りて私に手を差し出した。
私は迷わずその手を取った。




