第十六話
計画は思っていたよりずっと上手くいった。
私としてはダニエルに自分のしていることがいかに常識的でないかを思い知らせてやろうと思っていただけだったのに。
まさかルディが兄と結託して、裏でいろいろ謀っていたとは知らなかった。
ダニエルの行動は侯爵家でも把握されており、さすがに今回のことはレイナイト侯爵も目を瞑るわけにはいかなかったようだ。
レイナイト侯爵は次期侯爵にルディを指名し、グランディ公爵家との約束を反故にしないため、同時に婚約者の変更も行っていた。
(結局、私だけ何にも知らなかったのね……!)
自分で立てたはずの計画がいつの間にか手を離れ、与り知らぬところで大きな成果を上げたことに、少々不満を感じる。
「そんなに怒るなよ、な?」
事の顛末を聞いていると、なぜかフツフツと怒りがこみ上げてきた。
ダニエルと婚約を解消することができ、自分が考えていた以上に良い結果になったのだから、もっと喜ぶべきなのだろう。
でも、せめて前もって言ってほしかった。
ルディは宣言通り、私をとびきり甘やかしている。
少し頬を膨らませれば、好物であるキッシュやハーブティーが目の前に並ぶ。
「いい知らせがあるんだ」
私が無言でキッシュを頬張っていると、ルディは席を立ち、少し大きめの箱を持って来た。
「開けてみて」
食べるのを中断して差し出された箱を開ける。
「これって……」
「後期からフィーの編入が許可された」
中には学園の制服が入っていた。
「一応、編入試験が必要みたいだけど、フィーだったら楽勝だろ? ま、学園一位の座は譲らないけどな」
別に学園に行けなくてもよかったし、制服に憧れがあったわけではないけれど、ほぼ毎日、タウンハウスから制服で通うルディを見ていて、少しだけ羨ましく思っていた部分はあった。
けれど、まさか学園に通う許可が下りるなんて。
サンルームから私室に戻り、制服に袖を通してみると、何となくソワソワして落ち着かない。
「いいね、似合うじゃん」
どうしても見たいと言って私の部屋まで付いてきたルディと鏡越しに目が合う。そして、そのまま後ろからギュッと抱きしめられた。
「……近すぎる」
「出来る限り近づいてるからな、当たり前だ」
「うぐっ……苦しい」
「少しは苦しめ。ずっと我慢してきた俺の、十年分の気持ちだ」
「……重っ」
学園が休みに入り、本来であれば領地に帰るはずなのに、婚約者という立場を大いに利用してこのタウンハウスに住み着いたままでいる。
その上、正式な婚約者となったことで箍が外れてしまったのか、何とも距離が近い。最近は事あるごとにこんな調子でくっついてくる。
今まで節度を保っていた反動なのだろうか。
まだまだ慣れそうにないルディの溺愛ぶりに戸惑うばかりだった。
◇
迎えた学園初日。
公表されないが、編入試験はほとんどの教科で満点を取ることができた。
だから、ルディと同じクラスで授業を受けることになった。
「そろそろ、行くか」
「ええ」
初めての制服に身を包み、初めてクラスに足を踏み入れる。
「おはようございます。ルドルフ様」
「おはよう」
初めて見る学園でのルディ。
ニッコリと柔和な笑顔を浮かべている。
(あ……! そうだった。確か、学園では“品行方正で優秀な侯爵家次男”だったわね)
デビュタントの舞踏会や先日の夜会と同じ、見慣れないよそ行きのルディに思わず頬が緩みそうになる。
「あら? そちらは……」
声をかけてきた女子生徒の言葉でクラス中の視線が私に集中する。
「ああ、紹介するよ。婚約者のセラフィーナ・グランディ公爵令嬢だ」
「よろしくお願いします」
ドレスではないものの、制服の裾をちょんとつまんで小さく淑女の礼をした。
シンと静まり返っていた室内がざわつく。
『何でこのクラスにいるんだ?』
『そうだよな。バカだって噂だぞ』
『私、夜会で見たわ。彼女、自分で“バカだ”って認めていたわよ』
『バカだから、ダニエル様の婚約者から外されたんだろ? それなのに、なぜ? あ、公爵令嬢だからか』
『それではあまりにルドルフ様がお可哀想だわ』
確かに、夜会という公の場で『私はバカだけど』と認めてしまったけれど。
そもそも、学園に入る予定などなかったし、事前に婚約者がルディに変わったことを知らされていれば、バカを装う必要もなかった。
それに、公爵令嬢という立場は関係なく、しっかり試験を受けて入ったのだから、バカだとか身分ゆえに忖度されたと誤解されるのは不本意だ。
私が口を開きかけた、その時。
「君たち、いくら学園で家柄や性別が関係ないとしても、すべてが許されるわけではないよ。今のは明らかに侮辱ともとれる暴言だ。自由の意味を履き違えてはいけない」
私のことを護るように背に隠し、柔らかくも毅然とした態度で忠告するルディに驚く。
「ルドルフ様、申し訳ございません!」
「謝る相手を間違えていないかい?」
「……ッ! 申し訳ございませんでした。グランディ公爵令嬢」
「いえ……」
ルディが振り返り、私の肩を抱く。
「そのうち君たちにもわかるよ。セラフィーナの優秀さが」
まるで絵本に出てくる王子様のような甘い笑みに、クラスのあちらこちらから溜め息が聞こえてきた。




