第十五話
夜会当日。
きらびやかなホールに楽団の生演奏が響き渡り、優雅に舞う人々の中、私は会場に一歩足を踏み入れた。
「なっ……セラフィーナ! 何で君がここに? 来るなと言ったはずだが?」
眉間のシワをいつもより深くしたダニエルが足早に近づいてくる。そして、私の隣にいる人物に気づくとさらにその溝を深めた。
「ルドルフ、お前……」
「やあ、兄上」
「セラフィーナ。どういうつもりだ?」
ルディを視界から排除するようにして、ダニエルは私に詰め寄った。
「御機嫌ようダニエル様。どういうつもりも何も……彼には相手がいないので、未来の義姉として私が助けるのは当たり前でしょう?」
「は? そんなわけ――」
「このドレスも、彼が選んでくれたの」
私はルディの瞳と同じ色のドレスの裾をちょんとつまんで見せた。
「え? 二人で選びに行ったのか?」
「ええ。彼は未来の義弟だもの。一度もドレスを選んであげたことがないというから、義姉として助けてあげただけよ。困っている人を助けることは当たり前なのでしょう? まあ、私は学園に通っていないからわからないけれど」
先日、ダニエルから言われた言葉をそっくりそのままお返しする。
自分の発言や行動が“当たり前”を振りかざした非常識だということを自覚させてやろうという計画だ。
私が口角を上げてみせると、ダニエルは唇を噛み締めた。
「やっぱり君はバカなんだな」
ダニエルは額に手を当てると盛大に溜め息を吐いた。そんな彼に私は首を傾げてみせる。
「そうね……私はバカだけれど、彼は学園一優秀よ。ご存知でしょう?」
隣にいるルディを蕩けるような瞳で見つめる。ルディも満面の笑みを浮かべて、それに応えた。
「だから、何だ? 君は私の婚約者だぞ!」
ダニエルは苛立ちを隠しもせず、私たちに大きな声で詰め寄る。
ダニエルがそこまで怒るとは想定外だった。むしろ彼の方から切り上げてくれると思っていたのに。
今にも飛びかかってきそうな剣幕に驚いていると、私の視界がドレスと同じ色の背中に遮られた。
「そんなこともわからないのか、兄上は。まあ、いい機会だから、ハッキリ言っておくよ。家同士が決めた婚約だからと諦めていたけど、もう我慢しない。俺がセラフィーナと結婚する。学園一優秀な俺がセラフィーナと結婚すれば、補佐なんて必要ないだろ?」
「え……ちょっと、ルディ?」
途中から想定外の展開の連続で戸惑っていた私に、ルディはいつものようにニカッと笑ってみせた。
「俺はフィーのことがずっと好きだった。婚約者が俺じゃ不満か?」
突然の告白に頭が真っ白になったけど、自然と首を左右に振っていた。
「じゃ、決まりな!」
ルンルンで私の手を取ったルディをダニエルが呼び止めた。
「バカな! そんなこと、父上が許すはずないだろう?」
すでに会場を出ようと、ダニエルに背を向けていたルディは面倒くさそうに振り返った。
「ああ、それね。今回のことで父上もようやく覚悟を決めたようだよ。そりゃあ、婚約者を蔑ろにして他の御令嬢をエスコートしてるんだから当たり前だろ?」
ダニエルはその場に崩れ落ち、側にいたお相手の御令嬢は彼に見切りをつけたようで、その場から逃げるように走り去った。
◇
「さっきの、あれは……お芝居よね?」
夜会からの帰り道。
蹄の音だけが響く馬車内の沈黙を破ると、目の前に座っていたルディがスンと真顔になった。
「芝居じゃないよ」
いつもふざけてばかりいるルディからは考えられないほど真剣な表情に胸がドキリと鳴る。
「侯爵夫人になるために一生懸命頑張ってるフィーを側で見ていて、どんどん好きになっていった。それと同時に何で兄貴の婚約者なんだって、すげえ嫉妬してた」
ずっと我慢していたのか、キュッと締められた襟元のボタンを外し緩める。
「でも、フィーの努力を無駄にはしたくなくて、俺は兄貴を支えながら、ずっとフィーの側にいられればいいかなって思ってたんだ。――あの日までは」
ルディはふぅと小さく息を漏らした。
「あの日、フィーに兄貴のことを聞いてから、詳しく調査したんだ」
「え……?」
「例の令嬢、田舎の男爵家出身でどうにかして高位貴族に嫁ぎたかったらしい。兄貴に取り入れば誰か紹介してもらえると思ってたんだろ。でも兄貴自身が熱を上げちまった」
「そうだったの……」
彼女も学年一になるほど一生懸命勉強して、自分の願望を叶えようとしていたのだ。
「俺にとってはまたとないチャンスだったわけだ」
「へ……?」
意地悪そうに片方の口角を上げたルディは徐に腰を上げると、私の隣へ移動しドカリと座った。
「すでにフィーの両親に許可も得てる。そんなこと、当たり前だろ? 安心して俺の元に嫁いで来い」
「えぇ……」
――もうすでに根回しはできている、と?
「でろっでろに甘やかす準備はできてるからな。覚悟しろよ、未来の侯爵夫人」
耳元で囁かれ、慣れない溺愛が始まりそうな予感に心臓がバクバクと大きな音を立てた。
「お手柔らかにお願いします、未来の侯爵様」




