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【連載版】あなたが『当たり前だ』と仰ったので。  作者: 夕綾 るか


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第十三話


「君はお嬢様だから、世の中の“当たり前”を知らないのだよ」


 婚約者のダニエルは不機嫌そうに眉根を寄せた。

 しかし、口元には引き攣った笑みを浮かべており、何ともチグハグな表情をしている。

 彼の隣には明るい髪色をした小柄な女性が心配そうに彼を見つめていた。

 クリッとした大きな瞳に艷やかな唇。彼女の容姿こそ世間でいう“可愛らしい”とか、“庇護欲をそそる”というものなのだろう。

 それに比べれば私の容姿は正反対といってもいい。

 切れ長の瞳に、スラリとした高身長。胸はそれなりだとは思うけれど、目の前の彼女ほど丸みを帯びてはいない。

 私は変えようのない現実に、小さく息を吐いた。


「婚約者がいるのに、他の女性と二人きりで外出するのが世間の当たり前なの?」


 次の夜会で着るドレスを新調するため、行きつけの店に来たのだが、まさか自分の婚約者が他の女性と一緒にいる場面に出くわすとは微塵も思っていなかった。

 普段は屋敷に呼んでいるのだけれど、気分転換を兼ねて外出することにしたのだ。それに、そもそも婚約者がドレスを贈ってくれていれば、こんなギリギリに新調する必要もなかったのに。

 

「彼女は学園の同級生だ。一度もドレスを選んだことがないというから、友人として助けてあげただけだよ。困っている友人を助けることは当たり前だろう? まあ、君は学園に通っていないからわからないだろうけど」


 ダニエルはフンと鼻で笑った。


「彼女は学年一優秀なんだ」


 隣の彼女を蕩けるような瞳で見つめる。彼女のほうも満面の笑みを浮かべて、それに応えた。

 私という存在を忘れてしまったかのように見つめ合う二人に心の中で大きな溜め息を吐いた。


「だから、何ですの?」


 私が問うと、ダニエルはもう隠しもせずに大きな息を吐き出した。


「そんなこともわからないのか。これだから嫌なんだよ。まあいい機会だから、ハッキリ言っておく。家同士が決めた婚約だから君とは結婚する。ただ――君は学園に入ることもできないくらい頭が悪いのだから、侯爵夫人となる君には補佐が必要だろう? それを彼女に頼もうと思っている」


 初めから合わないと思っていた。けれど、少しでも距離を縮めようと努力してきたつもりだ。

 しかし、そんな私の努力は彼にはまったく届いていなかった。彼は私を見ようともしてくれなかった。


「本来ならルドルフと共に学園に入る予定だっただろう? しかし、君は公爵令嬢という立場を利用して学園に入らなかった。お嬢様だからといって甘やかされて育ったから学園に入ることもできなかったのだよ」


(ルディなら私が学園に入らなかった理由を知っているわよ。それにその言葉、そっくりそのままお返ししてやりたいわ……あなたこそ侯爵家嫡男だからと甘やかされて育ったのよ!)


 ここまで来ると説明しようとも思わない。


「君はお飾りの侯爵夫人でいてくれていいよ」


(もうバカのままでいいか……)


 私はにっこりと微笑んで、その場を後にした。





 公爵家のタウンハウスに戻り、お気に入りのサンルームでカモミールティーを頂く。

 いつもであれば大抵のことはこれで落ち着くけど、今日はいつまでたっても胸の奥がざわついたままだ。

 以前、ダニエルから彼女の話を聞いた時と同じように。


 今日、彼女の容姿を見て、ようやく気がついた。

 初めてダニエルに会ったあの日。彼の取った態度の理由を。この十年のすべてを理解した。

 私は――彼の好みではなかったのだ。


 さらに先ほど彼女の耳元で光る装飾品を見て、愕然とした。

 ダニエルの瞳と同じ色の宝石がついた花の形のイヤリング。

 ダニエルと初めて王都の街に行ったあの時、私が可愛いと言ったあのイヤリングだったから。


(もしかして、あの時、彼女に贈るためのものを選んでいたの?)


 心の中にある何か大切なものがガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを感じた。

 彼らの前で表情を保つのがやっとだった。


(私のデビュタントには何一つ贈ってはくれなかったのに……)


 今回の夜会にしてもそうだ。


(婚約者にはドレスも贈らず、一緒に選ぶこともしないのに、友人にはドレスを選んであげるの?)


 この十年。どんなに理不尽な“当たり前”を突きつけられても、笑顔で耐えてきた。

 侯爵家嫡男の婚約者として恥ずかしくないよう一生懸命学んできたし、貞節を守ってきた。


 しかし、今回のことで私の我慢は限界に達した。


(お父様たちには『もう少し時間をくれ』と言われたけれど……もうこれ以上は無理! ダニエル。あなたの仰る『当たり前』、そのままお返しするわ!)


 私は彼の卒業を待たずして一計を案じることにしたのである。


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