第十二話
王城での舞踏会が行われる少し前。
ダニエルは最終学年の準備のため帰省した際、父であるレイナイト侯爵からセラフィーナが学園に入らないことを告げられた。
学力の問題ではないと聞かされていたが普段の言動や態度から“セラフィーナは無知である”とダニエルは常々感じていた。
だから今回のことも対外的には“公爵令嬢の我儘”で通すつもりだろうが、本当は彼女の頭が悪ずぎて入ることができないのだろうと理解した。
(アンネローゼは学年一優秀だというのに……)
男爵家の令嬢だが、彼女の成績は学年で一番だ。
婚約者であるセラフィーナのために以前、王都の街で人気の店を教えてもらったこともあった。
賢い上、世間の流行にも精通している彼女は、ダニエルにとって理想的な女性だった。
だからこの二年、ダニエルは彼女に追いつこうと、必死で勉強し、態度も正した。
その結果、学園でのダニエルは“品行方正で優秀”という評価に繋がった。
(アンネローゼが婚約者だったらよかったのに)
いつしか、貧しくとも勤勉で優秀な彼女こそ侯爵家嫡男の婚約者に相応しいのではないかとさえ思うようになった。
侯爵家での定期的な食事会で、ダニエルはセラフィーナにデビュタントのエスコートはできないと断りを入れた。
自身の怠惰のせいだというのに“理由がわからない”とでも言いたげに首を傾げたセラフィーナに対し、ダニエルは苛立ちを隠すことができなかった。
(そんな当たり前のことも、いちいち説明しなければわからないのか……!)
やはり頭が悪いから、公爵家としては恥ずかしくて学園に通わせることができないのだろう、とダニエルは解釈した。
そして、そんな出来の悪い令嬢と婚約しなければならなかった自分の家柄と運命を呪った。
◇
ダニエルとの定期的な食事会後のセラフィーナの様子が気になり、ルドルフはグランディ公爵家のタウンハウスに来ていた。
「いつも兄が――申し訳ございません」
ダニエルがセラフィーナのデビュタントでのエスコートを断った上、ドレスや装飾品も贈っていないことにルドルフの怒りは頂点に達していた。
「ルドルフが謝ることはない」
「しかし――私もレイナイト侯爵家の人間ですから。そうもいきません」
今回、セラフィーナと共にタウンハウスに来ていたグランディ公爵に向かい、ルドルフは深く頭を下げると、持参した物を差し出す。
「こちらはレイナイト侯爵家からです。兄が贈らないのなら、せめて侯爵家から出すべきかと思いまして、ご用意させていただきました」
同席していたセドリックがそれを受け取ると、箱の蓋を開けた。
「ふうん。これ、ルディが選んだのかい?」
「……はい」
「センスいいね。フィーの好みもよくわかっている。さすが一緒に育ってきただけあるね」
「ありがとうございます」
ルドルフは再度頭を下げた。
「今回のことで私も覚悟を決めました」
先ほどセラフィーナと会って、『これからは辛い思いをさせないように補助する』と約束した。
そのため、もうダニエルにも父親にも忖度するのはやめようと決めた。
「へえ……でも、いいのかい? そんなことしたら、今までのように一人ではいられなくなるよ」
学園に入り、優秀な成績を収めれば、自ずと目立ってしまう。
それが侯爵家の次男であり、婚約者がまだ決まっていないとなれば、尚の事。婿入りを希望する家柄からの打診が今まで以上に来るだろう。
しかし、ルドルフはすでに父親と“独断で婚約者を決めない”という約束を交わしていた。
万が一それを反故にするというのなら――
「その時は父を脅すまで、です」
真剣な表情のルドルフに、セドリックは思わず吹き出した。
「ぷはっ。いいよ、わかった。私も喜んでルディに協力するよ。よろしいですか、父上」
「ああ、構わない。セラフィーナのことは頼んだよ、二人とも」
「はい、お任せください」
ルドルフは胸に手を当てて頭を垂れた。
◇
学園に入ったルドルフは約束通り、前期考査で全学年一位という成績を収めた。
兄ダニエルを超える優秀さと、柔らかい物腰の品行方正さも兼ね備え、すべてが兄であるダニエルを上回っていた。
そんな超優良侯爵令息に婚約者がいないのだから、予想通りレイナイト侯爵領には釣書が山のように届けられた。
当の本人は学園生活を送りつつ、今までやってきた公爵家での仕事も両立させ、学園寮に自室があるというのに、公爵家のタウンハウスにある客室から学園へ通うことが多かった。
ルドルフには素でいられる場所と時間が必要だったからだ。一日中、取り繕っているよりも、仕事をしているほうがはるかに楽だった。
前期考査が終わると、休暇の前に夜会が開かれる。
社交界デビューしているセラフィーナもダニエルの婚約者として参加するはずだと今まで行事ごとで楽しみにすることなどなかったルドルフも密かに期待していたのだが――
「あのバカ兄貴、どうしようもねえな」
タウンハウスにあるセラフィーナお気に入りのサンルームでルドルフはとんでもない話を聞いてしまったのである。




