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【連載版】あなたが『当たり前だ』と仰ったので。  作者: 夕綾 るか


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第十一話


 デビュタントの日。


 結局、ダニエルは出席しないとのことで迎えに来ることはなく、兄にエスコートをお願いした。

 それだけではなく、私が着るドレスも、以前、街に行った時、一緒に選んだはずのあのイヤリングですらも贈ってくれなかった。

 きっとあの時のことなど、もう忘れてしまっているのだろう。


 だから今日は兄が用意してくれたドレスと装飾品を身に着け、会場に向かった。


「あれは――グランディ公爵令息だ」

「はぁ……なんて美しいのかしら……」

「あれほどの見目麗しさなら、噂になっているあの“伝説”も事実に違いないわ」


 “伝説”とは恐らく学生時代に街で騒ぎを起こした、あの一件のことだろう。


「ということは、その隣にいるのが例の……?」

「だろうな」

「まあ、血縁だけあって見目はいいが……ほら、アレだろ? 頭の方が」

「ホント、残念だよな。もったいない」


 会場となっている王城のホールに入るなり、視線が私たちに集中する。

 公爵家という立場上、最後の方に入ることになるし、何より私の隣には“伝説”といわれている張本人がいるのだから、仕方のないことなのだが。


 ただ耳障りな声が聞こえてくるのは居た堪れない。

 私に聞こえているということは多分、隣にいる兄にも――

 そう思ってチラリと視線を兄に向けると、上がった口角からは考えられないほど冷え切った瞳で声の先を見つめていた。

 私の背筋がヒヤリと凍った。


(あの方々、終わったわね……ご愁傷様)


 文官であり、幅広い人脈を持つ兄に目を付けられたら、この国の社交界では終わったも同然だ。

 私は心の中で静かに手を合わせた。


 王城で行われる舞踏会。

 デビュタントの者たちは王族に謁見することを許されている。私も国王陛下にご挨拶するため、兄とその列に並んだ。


「久しいな。セラフィーナ」

「ご無沙汰しております、国王陛下」

「堅苦しい挨拶はよい。顔を上げ、もう少しこちらへ来なさい」


 グランディ公爵家は王族の遠縁である。

 昔、文官をしていた父に連れられ、よく王城に来ていた。その時、王家の庭園で陛下や王妃殿下に遊んでもらったのを覚えている。

 特に王子殿下方とは十以上も歳が離れているため、とても可愛がってもらった。

 釣り合う年齢のお子様がいれば、もしかしたら王家に嫁いでいたのかもしれないと思ったこともあった。

 しかし、例えいたとしても、今の陛下は先代グランディ公爵よりも随分年下のため、頭が上がらなかったらしく、いろいろと口を挟めなかったようだから――どちらにしても私がレイナイト侯爵家と婚約を結ぶのは決定事項だったのだろう。


「アルフレッドも、セドリックも、なかなかセラフィーナに会わせてくれなくてな。どんなに今日を楽しみにしていたことか」

「ええ、本当に。久しぶりに会えて嬉しいわ、フィーちゃん」


 陛下も王妃殿下も目尻を下げて微笑んでいる。

 昔と変わらない笑顔に、いろいろ言われ沈みかけていた心がほわりと温かくなった。

 

「皆様、お元気そうで何よりです」


 私も満面の笑みで応えたが、陛下から名前を出された兄は複雑な表情をしている。

 アルフレッドというのは父で、二人とも文官という職業柄、陛下とはよく話すようだ。

 話題に私が出る理由はよくわからないけど。


 挨拶も終わり、ホールへ戻ると、兄は徐に私の手を取った。


「さぁ、ファーストダンスの時間だ。妹の美しさを皆に見せつけてやろうかな」

「えぇ……? 皆様、セディお兄様に釘付けになると思いますけれど?」

「そんなことはないさ。私の自慢の妹だからね」


 兄がパチリと片目を瞑ってみせると、あちらこちらから悲鳴やら溜め息やらが聞こえ、挙句の果てにバタバタと倒れる音まで聞こえきた。


(これが、“歩く伝説”の力か……怖いわぁ)


 兄がダンスを舞ったらいったいどうなってしまうのだろう、と些か不安になったが、何とか無事にファーストダンスを終えることができた。


「いやぁ……さすが、セドリック様」


 ホッと安堵していた私の元に見慣れた人物が近づいてきた。


「ルディ」


 髪型を整え正装したルディのいつもとは違う姿に、ドキリと胸が鳴る。

 透き通るような銀色の髪に濃紺の瞳。

 その端麗な容姿は周囲の目を惹き付けている。


「次は私と踊っていただけますか? 御令嬢(レディ)


 胸に手を当て、恭しく頭を下げるルディに、思わずプッと小さく吹き出してしまった。


「ええ、喜んで」


 差し出された手を取ると、兄に許可を得て、二人で踊り始めた。


「思い出すわね、ダンスの練習」

「ああ。フィーが俺の足、踏んでばっかでよく腫れたよなー」

「むぅ……」

「ヒールの靴だから痛くて痛くて」

「もう、それはごめんって謝ったでしょ!」


 確かに上手くステップを踏むことができず、何度もルディの足を踏みつけてしまったことは、今でも反省している。


「上手くなったよな、俺ら」

「うん。この日のために練習してきたんだもの」


 一緒に踊る予定だった婚約者はこの場にいないのだけれど。

 曲が終わり、ルディの手が離れていく。


「一緒に踊れて光栄でしたよ、義姉上」


 周囲の視線を気にしてか、ルディはよそ行きの笑顔でお辞儀した。


「義姉上、だと? では、彼がレイナイト侯爵家の次男か」

「今年、学園に入るらしい」

「まだ婚約者はいらっしゃらないそうよ」

「お近づきになりたいわ」


 そういえば、ルディには婚約者がいない。

 学園に入れば、たくさんの出会いがあるはずだ。

 ルディならきっと素敵な婚約者ができるだろう。


 そんなことを考えていたら、胸の奥がズキリと痛むのを感じた。


(え……? 何、これ……)


 初めての感覚に私は胸を押さえ、少し戸惑った。


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