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【連載版】あなたが『当たり前だ』と仰ったので。  作者: 夕綾 るか


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第十話


 先代グランディ公爵は事故で負った後遺症の影響もあり、早くに亡くなってしまったが、先代レイナイト侯爵は未だ健在である。

 それもあって、約束を反故にはできないのだろう。


(まあ……ガチガチの政略的なものとか、脅されたりして人質に近い形での婚約でなくてよかったけど)


 それでも“命を救われた”となると、頭が上がらなくなってしまうものなのかもしれない。

 ただ、私たちは当事者ではないから――言ってしまえば“いい迷惑”である。

 私だけでなく、ダニエルにしてもそうだろう。


 それは今、目の前に座っているダニエルの態度からもヒシヒシと伝わってくる。

 ダニエルは最終学年進学前の休暇で侯爵領に戻ってきており、恐らくこのタイミングで侯爵から私が学園に入らないことを伝えられたのだろう。

 婚約者としての定期的な顔合わせもこれで四回目。

 今回は今までで一番、ダニエルの機嫌が悪かった。


「あんなに準備しておけと言っただろう? まさか、学園に入れないだなんて。君は公爵令嬢だからと甘やかされすぎている」


(それはそのまま、あなたにお返ししたいわ……)


 ダニエルは大きな息を吐き、額に手を当てた。


「デビュタントのエスコートは君の兄上に頼んでくれないか」

「え……?」

「当たり前だろう? デビュタントの後、婚約者である君が学園に入ってこなかったら、エスコートをしていた私が恥をかくではないか」


(はぁ? 何それ? そもそも、あなたの父親に行くなと言われたんだけど?)


 正直腹は立っているが、長年培った表情筋はいつものように柔らかい微笑みを保っていた。


「承知いたしました。私からセドリックお兄様に頼んでおきますわ」

「ああ、そうしてくれ」


 ダニエルは腕を組み、椅子の背にもたれかかった。


「先が思いやられるな……」


 ポツリとそう呟き、眉間にシワを寄せて小さく息を吐いた。





「いつも本当に……ごめんな」


 侯爵家で食事をしたからか、ルディは私とダニエルが交わした会話の内容をすべて把握していた。

 学園に入る準備で忙しい時期だろうに、私のことを心配してわざわざ公爵家のタウンハウスまで来てくれたのだ。


「親父は……兄貴に期待してるんだよ」


 昔から時折見せる、ルディの何とも言えない表情。

 悔しいとか、寂しいとか、そういう類のものではなく、どちらかというと苦しそうに見える。


「親父自身、兄貴と同じ立場だったからな」


 侯爵家嫡男として生まれ、先代の期待を裏切らないように懸命に努力してきた。

 縁を結ぶ際、格上である公爵家に恥をかかせぬよう、そして、公爵家に嫡男が生まれてからは比べられても引けを取らぬよう、必死の思いで今日までやってきた。

 その後、公爵家嫡男に嫁がせるために先代は第二子を儲けるも生まれてきたのは息子だったため、結果的に現侯爵にとって、ただ脅威が増えただけとなってしまった。


「別に庇うわけじゃない。けど、親父は兄貴の気持ちがよくわかるだけに、今以上の期待をかけることも、逆に諦めて見限ることもできずにいる。たぶん、兄貴を昔の自分と重ね合わせているんだろうな。だから、親父は兄貴に強く言うことができない」


 ルディは大きく息を吸い込むと、ニカッと笑った。


「まあ、これからはなるべくフィーに辛い思いをさせないように、俺が側で補助するから、な?」

「ルディ……」

「ああ、ほら、家族になるんだし? 義弟(おとうと)にサポートさせてくれよ、義姉(ねえ)さん」


 いつものようにルディは私の頭をぐしゃぐしゃっと撫で回した。


「ちょっと! それ、義姉にやることじゃないでしょ!」

「あ、悪い。つい、クセで……」

「これではまるで義妹(いもうと)扱いだわ!」


 生まれはルディの方が二か月ほど早い。

 年齢的には義妹だろうけど、これからは兄嫁としての扱いをしてもらいたいものである。


「……義妹だなんて、一度も思ったことねえよ」


 ルディが囁くほどの小さな声で呟いた。


「え? 今、なんて言ったの?」

「何でもない!」


 上手く聞き取れなくて問いかけると、ルディはまた私の頭をワシワシと撫で回した。


「もう、やめてって言ってるでしょ!」

「あはははっ」


 悪びれる様子もなく笑っているルディを睨みつけながら、両手で髪を整える。


 こんなやり取りができるのも、あと僅か。

 ルディは学園に入って寮生活を送り、私はこのタウンハウスで兄夫婦の補佐をしながら、一人で勉強していく。

 今までいつも二人一緒だったし、これからも同じ道を歩いていくと思っていたから、別々の道を進むことに何だか違和感を覚える。

 

 お気に入りのサンルームに響く幼なじみの笑い声と意地悪な笑顔を、いつでも思い出せるように胸に焼き付けて、そっと仕舞った。


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