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8話 神の使い

 その組織の存在が最初に報じられたのは、ニューヨークの金融街を狙った大規模なハッキング事件だった。

 名もなき地下組織が犯行声明を発し、世界中のネットワークが一時的に混乱した。

 翌日、ロンドンの銀行、北京の鉄道、東京のエネルギー施設――立て続けに同じシンボルマークが現れた。

 「人類よ、己の愚かさを省みよ」

 そんな謎めいたメッセージが、どこにも属さぬ“悪の地下組織”から発信されていた。


 各国政府は大騒ぎになった。

 巨大な資金が消え、都市インフラは麻痺し、人々は恐怖と不信に包まれた。

 メディアは連日、「かつてない脅威」「人類への挑戦」だと煽り立てた。

 世界は敵を憎み、疑い、連携し始めた。


 しかし、不思議なことに――

 “彼ら”の攻撃がもたらす被害は、決して取り返しのつかないものではなかった。

 すべてのシステムは数日で復旧し、誰一人命を落とすことはなかった。

 人々は一致団結し、今まで以上に互いを気にかけ、協力するようになった。


 同時に、もう一つの変化が起きていた。

 環境汚染や乱開発が、“悪の組織”の標的になることを恐れ、各国で突如規制が強化された。

 無関心だった市民も、「自分たちの振る舞いが災厄を呼ぶかもしれない」と考え始めた。

 誰もが慎重に暮らし、街にはゴミが減り、治安も驚くほど改善された。


 組織は姿を現さなかった。

 だが、人類は彼らの存在を意識し続けた。

 「次は自分たちの番かもしれない」

 その不安が、社会を強く、結びつけていった。


 数年が過ぎた頃、世界から大規模な戦争や暴動は消えていた。

 貧困や犯罪も減少し、人類史上かつてない“平和”と“協調”が訪れた。


 ある晩、地下鉄のホームで、黒衣の男がひとり現れた。


 「恐れるな。我らはお前たちの敵ではない」


 男の目は、どこか哀しげだった。

 「人類は自ら滅びの道を歩み始めていた。

 我らはそれを止める“使い”として遣わされた。

 人々が“悪”を恐れ、警戒し、協力し合うことでしか、堕落と破滅は防げなかったのだ」


 人々は気づきはしない。

 組織が仕掛けてきたものは、本当の“破壊”ではなく、“戒め”や“修正”だったのだと。


 男は静かに言った。


 「お前たちが本当に賢くなったとき――我らは静かに消え去ろう。

 だが、その日が来なければ、何度でも我らは降りてくる」


 男の姿は、夜の闇に溶けて消えた。


 数日後、再び世界のどこかで、“悪の地下組織”による事件が報じられた。

 けれど、それは“神の使い”による、終わりなき人類への警告でしかなかった。

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