表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/30

6話 Zoom顔芸

 新年度から在宅勤務が始まった。

 初めてのリモート会議、カメラをオンにして自分の顔が画面に映った瞬間、心臓が跳ね上がった。

 「これ、ちゃんと映ってる?」「変な顔してないかな」

 パソコンの前で身じろぎもしないまま、固まる自分。

 緊張で口がカラカラになり、上司の問いかけにも「はい」とぎこちなく答えるのがやっとだった。


 最初のうちは、会議が始まるたびに何度もカメラの映りを確認した。

 ライトの角度を調整し、背景の本棚を片付け、無駄にネクタイまで締めた。

 話しかけられるたび、顔が強ばり、視線が泳ぐ。

 「いつまで続くんだろう、リモート……」

 そう思いながら、会議が終わるたびにぐったりと肩を落とした。


 だが、二週間も経つと、少しずつ慣れてきた。

 カメラ越しの自分の表情を、鏡でチェックする余裕も出てくる。

 会議中は「やる気の顔」をつくり、話を聞いているふりで小さくうなずいたり、口元だけ笑ったりするコツを覚えた。

 気がつけば、画面に並ぶ同僚たちも、みんな同じように“顔芸”をしている。

 妙に大げさにうなずく人、やたら微笑む人、遠くを見つめて深く考えているふりの人……

 「みんな同じだな」と、ちょっと安心した。


 最初は緊張していた自分も、今では「顔芸さえしていれば、だいたい何とかなる」と思うようになった。

 実際、会議の内容はほとんど覚えていない。

 同僚が話している間は、カメラの下でメモをとるふりをしてメールを返信したり、

 休憩時間に入れば、お茶を淹れながら会議画面だけは見えるようにしておく。

 「バレないだろう」と気を抜いて、スマホでニュースを読んでいた日もある。


 ある日、午後の進捗会議で上司が「○○さん、今のお話、どう思いますか?」と突然話を振ってきた。

 驚いて顔を上げたが、とっさに「ええ、あの……」と曖昧な返事しかできない。

 画面越しの同僚たちが一瞬だけ動きを止めて、次の瞬間また誰かが“聞いてます顔”に戻る。

 その日の会議が終わると、グループチャットに「さっき危なかったな」とスタンプが飛んできた。


 だんだん、やる気の顔芸をすること自体が「仕事」のように感じてくる。

 画面の中の自分は、相変わらず小さな頷きと作り笑顔を繰り返している。

 リモート会議にもすっかり慣れて、

 「これぐらい余裕だ」と思っていた。


 しかし、油断は突然やってきた。


 昼食のあと、眠気と戦いながら会議画面を開いていた。

 ほんの数分のつもりで目を閉じたつもりが、

 気づけば会議が終わっていた。

 自分の部屋には静寂が戻っていたが、パソコン画面には同僚からのチャットが並んでいる。


 「○○さん、大丈夫ですか?」

 「イビキ、結構すごかったですよ!」

 「寝顔、バッチリ映ってました!」


 全身に血が上った。

 慌てて会議の録画を再生すると、自分が椅子にもたれ、口を開けて眠りこける姿が画面いっぱいに映っていた。

 しかも、マイクはミュートにしていなかった。

 間の抜けたイビキが全体会議のスピーカーから流れ、画面の一部には同僚たちの苦笑いまで映っている。

 その日の夕方、上司から個別チャットで「今日はお疲れですね」とだけ送られてきた。

 グループチャットでは、しばらく自分が話題の中心になった。


 翌日から、会議のたびに「マイク、大丈夫ですか?」と軽くイジられるようになった。

 画面に映る自分は、相変わらず“やる気”の顔をつくっている。

 だが、あの日の居心地の悪さは、ずっと体の奥に残っていた。


カメラのランプが今日も光る。

画面の自分は笑顔でも、心の中では「もう絶対、気を抜かない」と誓っていた。


さて、あなたならどちらの気を抜かない事を誓いますか。

……きっと、あなたの人生も、どこかで“○○さん”なのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ