6話 Zoom顔芸
新年度から在宅勤務が始まった。
初めてのリモート会議、カメラをオンにして自分の顔が画面に映った瞬間、心臓が跳ね上がった。
「これ、ちゃんと映ってる?」「変な顔してないかな」
パソコンの前で身じろぎもしないまま、固まる自分。
緊張で口がカラカラになり、上司の問いかけにも「はい」とぎこちなく答えるのがやっとだった。
最初のうちは、会議が始まるたびに何度もカメラの映りを確認した。
ライトの角度を調整し、背景の本棚を片付け、無駄にネクタイまで締めた。
話しかけられるたび、顔が強ばり、視線が泳ぐ。
「いつまで続くんだろう、リモート……」
そう思いながら、会議が終わるたびにぐったりと肩を落とした。
だが、二週間も経つと、少しずつ慣れてきた。
カメラ越しの自分の表情を、鏡でチェックする余裕も出てくる。
会議中は「やる気の顔」をつくり、話を聞いているふりで小さくうなずいたり、口元だけ笑ったりするコツを覚えた。
気がつけば、画面に並ぶ同僚たちも、みんな同じように“顔芸”をしている。
妙に大げさにうなずく人、やたら微笑む人、遠くを見つめて深く考えているふりの人……
「みんな同じだな」と、ちょっと安心した。
最初は緊張していた自分も、今では「顔芸さえしていれば、だいたい何とかなる」と思うようになった。
実際、会議の内容はほとんど覚えていない。
同僚が話している間は、カメラの下でメモをとるふりをしてメールを返信したり、
休憩時間に入れば、お茶を淹れながら会議画面だけは見えるようにしておく。
「バレないだろう」と気を抜いて、スマホでニュースを読んでいた日もある。
ある日、午後の進捗会議で上司が「○○さん、今のお話、どう思いますか?」と突然話を振ってきた。
驚いて顔を上げたが、とっさに「ええ、あの……」と曖昧な返事しかできない。
画面越しの同僚たちが一瞬だけ動きを止めて、次の瞬間また誰かが“聞いてます顔”に戻る。
その日の会議が終わると、グループチャットに「さっき危なかったな」とスタンプが飛んできた。
だんだん、やる気の顔芸をすること自体が「仕事」のように感じてくる。
画面の中の自分は、相変わらず小さな頷きと作り笑顔を繰り返している。
リモート会議にもすっかり慣れて、
「これぐらい余裕だ」と思っていた。
しかし、油断は突然やってきた。
昼食のあと、眠気と戦いながら会議画面を開いていた。
ほんの数分のつもりで目を閉じたつもりが、
気づけば会議が終わっていた。
自分の部屋には静寂が戻っていたが、パソコン画面には同僚からのチャットが並んでいる。
「○○さん、大丈夫ですか?」
「イビキ、結構すごかったですよ!」
「寝顔、バッチリ映ってました!」
全身に血が上った。
慌てて会議の録画を再生すると、自分が椅子にもたれ、口を開けて眠りこける姿が画面いっぱいに映っていた。
しかも、マイクはミュートにしていなかった。
間の抜けたイビキが全体会議のスピーカーから流れ、画面の一部には同僚たちの苦笑いまで映っている。
その日の夕方、上司から個別チャットで「今日はお疲れですね」とだけ送られてきた。
グループチャットでは、しばらく自分が話題の中心になった。
翌日から、会議のたびに「マイク、大丈夫ですか?」と軽くイジられるようになった。
画面に映る自分は、相変わらず“やる気”の顔をつくっている。
だが、あの日の居心地の悪さは、ずっと体の奥に残っていた。
カメラのランプが今日も光る。
画面の自分は笑顔でも、心の中では「もう絶対、気を抜かない」と誓っていた。
さて、あなたならどちらの気を抜かない事を誓いますか。
……きっと、あなたの人生も、どこかで“○○さん”なのです。