5話 幸福の終わり
未来予測AIの登場で、世界は劇的に変わった。
事故も病気も不幸も、AIが「リスク」「最善」を日々教えてくれる。
危ない道は避け、最も得をする選択肢を選び、
誰もが損も失敗もせず、思い通りの明日を手に入れられる時代が訪れた。
「人類史上、最も幸福な社会だ」
テレビやSNSはそう繰り返し、
街には笑顔と安堵があふれていた。
企業はリスク回避で利益を伸ばし、
家庭では争いが減り、
学校でも失敗やいじめの話は聞かれなくなった。
だが、ある日、ひとりの若者がSNSに投稿した。
「AIの予測によれば、この店ではこれを取っても“犯罪”にはならないらしい」
その動画は瞬く間に拡散された。
他の若者たちも、AIの未来予測を頼りに“捕まらない”行為を試し始めた。
「この場所なら盗んでも大丈夫」「この時間帯なら見つからない」と
みなAIと“倫理の隙間”を探し始めたのだ。
最初は好奇心だった。
やがて、大人たちも「AIがOKなら損をしない」と、
納税逃れや保険金詐欺、あらゆる“リスクゼロ”の抜け道を見つけていった。
社会は急速に変わっていった。
誠実に働く者は減り、
「一番効率よくズルできる方法」をAIに尋ねる声があふれた。
ニュースはやがて、「店の閉鎖」「企業の倒産」「失業者の増加」を伝えるばかりになった。
人々は他人を疑い、
SNSには「AIに聞いても、もう抜け道は残っていない」と嘆く投稿が増えた。
街には笑顔も会話も消え、
みなAIの画面だけを見つめて、孤独に生きるようになった。
そのうち、AIはただ淡々と、
「明日はあなたに“特別な幸運”はありません」
と通知するだけになった。
幸福の絶頂から転落した世界に、
もう誰も、本当の幸福を思い出すことはなかった。