表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/30

20話 自動ドアに嫌われた人

 朝の会社ビルのエントランス。

 社員たちはいつものように、何も考えず自動ドアの前を通り抜けていく。

 ガラスのドアは音もなく滑らかに開き、人の流れを当たり前のように飲み込んでいった。


 僕も、何年も前からずっとそうしてきた。

 けれど、ある朝、なぜかそのドアが僕の前でぴたりと止まった。

 歩を進めても、センサーの前で立ち止まっても、ドアはびくともしない。

 後ろからやってきた同僚が「おはようございます」と声をかけて隣に立つと、

 まるで僕がいなかったかのように、ドアはスッと開いた。


 「あれ、また反応悪いな」と苦笑いして、僕と一緒に中へ入る同僚。

 僕は何も言えず、曖昧に頭を下げるだけだった。


 最初は、よくあるセンサーの不調だろうと思った。

 だが翌日も、その次の日も、ドアは僕一人には決して開かなくなった。

 誰かが一緒ならば、何の問題もなく通れる。

 けれど、たまたま一人で早く出社した日や、昼休みに一人で外に出た日、

 僕はドアの前で立ち尽くすしかなかった。


 「おかしいですね」と設備の担当者が何度も点検してくれた。

 センサーもモーターも問題なし。

 「たまたま運が悪いんでしょう」と苦笑いされて終わった。


 仕方なく、僕は次に来る社員が現れるまで、しばらく入口で待つことになる。

 急いでいる時や、雨の日は特に困る。

 そんな時に限って、なかなか誰も現れない。


 同僚たちは最初は「またですか」と笑っていたが、

 やがて僕がドアの前にいるのを見かけると、無言で一緒に歩いてくれるようになった。

 ときには、「またドアに嫌われてるのか」とからかわれることもあったが、

 誰も本気で理由を考えようとはしなかった。


 昼休みにコンビニへ行こうと、ひとりでオフィスを抜け出す。

 戻ろうとすると、やっぱりドアは開かない。

 エントランスで立ち尽くしていると、見知らぬ部署の社員が不思議そうな顔をして通り過ぎていく。

 「ごめんなさい、一緒に入れてもらえますか」と声をかけて、ドアが開くときだけ、

 僕はようやくオフィスに戻ることができる。


 週末の休日出勤、ビルには誰もいなかった。

 いつものようにドアの前に立つ。

 けれど、何度やっても扉は動かない。

 しばらく待っても、人の気配はなかった。


 その日は、裏口まで大回りをして、中に入るしかなかった。


 いつの間にか僕の「自動ドア症状」は社内で有名になっていた。

 新入社員が「都市伝説みたいですね」と面白がり、

 SNSには「自動ドアに嫌われた男」としてネタにされる。


 昼休みには「神の怒りだ」「呪いだ」「妖怪の仕業だ」「宇宙人の実験かも」などと、

 誰もが好き勝手に噂をするようになった。

 設備課の人は「自動ドアにも気分があるんですよ」と冗談めかして言う。


 しかし、生活に致命的な支障はなかった。

 誰かと一緒なら入れるし、裏口や非常口だって使えないわけじゃない。

 同僚が「俺もたまに上手く反応しなくて困ることあるよ」と慰めてくれる。


 だけど、ときどき思う。

 自分ひとりの力で通れない扉が、世の中には確かにあるのだと。


 ある日の雨上がり、エントランスでドアの前に立っていた。

 ふと隣のビルを見ると、そこにも同じように“ドアが開かない”人が困った顔で立っていた。

 目が合い、お互いに苦笑いを交わすと、二人同時に裏口の扉へと駆け出した。


 自動ドアが開かなくても、人生はなんとかなる。

 神の怒りでも、呪いでも、妖怪でも、宇宙人でも、

 僕らは今日も手動で前に進んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ