2話 分配される幸福
幸福税の導入で、世界は歓喜に満ちていた。
AIが人々の感情を監視し、誰かが感じた幸福の一部をすぐ他者に分配する。
“幸福の再分配”。
導入直後から、不幸だった人にも自然と笑顔が戻り、
街は活気にあふれ、家庭や職場でも争いが消えた。
「ついに理想の社会が実現した」と誰もが信じた。
ニュースやSNSでは毎日のように幸福度ランキングが発表され、
「今月の平均幸福度は過去最高です」とAIが誇らしげに伝えていた。
人々は幸福を分け合い、困っていた隣人は明るくなり、
いじめられていた子どもも輪の中で笑うようになった。
どの家庭にも静かな安心とぬくもりが満ち、
誰もが自分の人生を肯定的に受け止めるようになった。
会社でも、失敗を責める声や怒号は消え、
小さな会釈や穏やかな挨拶だけが行き交う。
学校では先生が「みんなで幸せになろう」と声をかけ、
教室には穏やかな空気が広がった。
幸福税が社会に根付いてから数年。
世界の幸福度は、ついにAIが目標とした“理論値”に到達した。
政府は大規模な祝賀式典を開き、
大統領や首相たちが次々と壇上でスピーチをした。
その日、AIが世界中の画面にメッセージを表示した。
「人類史上、最も幸福な瞬間です」
モニターの前で、人々は拍手を送った。
その様子をカメラが世界中に生中継した。
だが、その場にいた誰も――
拍手の意味も、
幸福という言葉も、
もう、何も感じていなかった。