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18話 地球代表

 その朝、目覚ましの音がなかなか止まらなかった。もしかしたら、僕が夢の中で世界の終わりを予感していたからかもしれない。寝ぼけたまま体を起こし、冷蔵庫の牛乳パックを逆さに振って最後の一滴をコップに落としたとき、不意に背後から「おはようございます」と声がした。


 ワンルームの僕の部屋に、いるはずのない声だった。振り向くと、光沢のある銀色の全身タイツのような服を着た宇宙人――そうとしか思えない存在が、テーブルの前に立っていた。身長は僕と同じくらい。大きな黒い目が、なぜか人懐こい。


 「地球代表の方ですね。お忙しい朝に失礼します」

 「え? 代表……?」

 「本日より、あなたが“地球代表”に正式任命されました」


 現実なのか夢なのか、僕はコップを持ったまま固まるしかなかった。


 「なぜ僕なんですか」

 宇宙人は納税証明でも見せるように、小さな端末を掲げて言った。

 「あなたは“最も地球的な地球人”と、我々の全銀河的倫理審査で判定されました。目立たず、突出せず、熱狂もせず、流行にも反発もせず、平均的な毎日を、平均的な街で、平均的な人間関係で暮らしている――全統計値が“地球らしさ”の中央値に収束した、唯一無二の存在です」


 「そんな馬鹿な……」

 だが、思い返せば確かに、僕は学生時代から社会人になっても、目立たないように生きてきた。大きな失敗も、輝かしい成功もない。悪目立ちしない服装、平均点を狙う発言、熱烈な趣味もない。どんな話題にも「そうですね」と相槌を欠かしたことがない。会社の自己評価シートにも「可もなく不可もなし」としか書いたことがない。


 「代表といっても、特別なことをするわけではありません。ただ、あなたの日常行動が“地球の公式見解”として銀河連盟に報告され、それが認められれば、すべて“地球の基準”となります」

 宇宙人はそう言い、僕の耳たぶに「超能力発信機」と書かれたクリップをつけた。


 「じゃあ、普段通りに生活していればいいんですか」

 「はい。ただし全銀河的倫理審査が、あなたの行動・発言・食事・睡眠・服装・趣味嗜好をリアルタイムで審査します」


 不安を覚えつつも、とりあえず朝食のトーストにマーガリンを塗って食べる。宇宙人はじっと僕を観察し、時々「なるほど」とだけメモを取った。

 その日は何も起きなかった。会社に行き、メールを確認し、先輩のどうでもいいギャグに「それ、おもしろいですね」と笑ってみせる。ランチはコンビニの新商品弁当とペットボトルのお茶。まるでいつもと同じ、何も変わらない一日だった。


 翌朝、テレビのニュースが騒然としていた。「地球代表、“あいさつ”で二度うなずく」。職場ではみんなが出勤時、僕と同じように二度うなずいて入ってきた。昼休みには全員が同じお茶を飲んでいる。


 夜、いつも通りの納豆卵かけご飯。

 翌日スーパーに行くと、納豆と卵が軒並み品切れ。SNSでは「地球代表飯」がトレンド入り。YouTuberたちが納豆卵かけご飯を爆食いする動画を投稿し、「食べない人は“反地球代表”」とまで言われていた。


 「これ、もしかして僕のせいですか?」

 宇宙人はうれしそうに微笑んだ。「あなたの常識が地球の常識。全銀河が注目しています」


 それから、おかしなことがさらに続く。

 週末に家で体育座りをしていたら、翌週の国会が全議員“体育座り討論”に変更されていた。ラジオ体操をさぼったら、小学生の登校前習慣が「寝転び体操」になった。

 無意識にくしゃみをすれば、それが「グローバルお辞儀」に認定。スーパーコンピューターの学習アルゴリズムが「地球代表モデル」として大真面目に模倣を始める。


 とうとう国連から公式に呼び出しが来る。「代表、朝食はどうしますか?」

 「えー、特に……」

 「地球の進路に関わります。じっくりお選びください」

 その日の朝、迷いに迷った末に“梅干しおにぎり”を食べた。即日「全地球的梅干し大増産運動」が発動、海外で梅干し味のコーラが発売される騒動に。

 僕が気まぐれで「カラオケに行こう」とつぶやけば、街中のバーも役所もカラオケ営業義務化。「地球人は誰でも歌好き」が公式設定に追加される。


 やがて、世界中の首脳や有名人が「代表の真似」を競い始めた。ニュースは「本日、代表が会社で昼寝!」と大騒ぎ。翌日から全国一斉“昼寝推奨法”が施行される始末。

 僕はついに耐えきれず、「やめてくれ」と叫んだ。

 その声が配信された夜、全人類が一斉に「やめてくれ」とSNSでつぶやいた。気づけば街には、僕とそっくりな服装、髪型、笑い方の人々があふれている。


 「これ、どうしたら元に戻るんですか?」

 宇宙人は淡々と言った。「それは、私にもわかりません」とそっけない。

 僕は考えた。ずっと“ふつう”を選び続けた人生。

 「僕は、これからは“僕の好きなように”生きます」

 その瞬間、世界中の人々が一斉に悩み、迷い、好きなものを手に取って元の世界に戻った。


 宇宙人は不思議そうな顔をしながら、最後に言った。

 「あなたは、自分が基準であることを拒まれた、宇宙で初めての代表の方です」


 そして僕は、誰よりふつうで、誰より普通の顔で、すがすがしい朝を迎えた。

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