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14話 父への戒め

 その男は、天才と呼ばれることに慣れていた。小さな工房から始めて、町のすべての機械の仕組みを知り尽くし、名だたる企業の新技術にも関わるようになった。

 大田は自分の手から生まれるものに誇りを持ち、同時に限界を知ることを忘れていた。


 息子の翼が生まれた時、大田は「この子には自分以上のものを見せてやろう」と決意した。学校の勉強よりも、現場で学ぶ技術、古い設計図や新しいマニュアルを、遊びのように教えた。

 翼は驚くほど吸収が早く、父の手伝いをしながらどんどん自信をつけていった。

 大田の工房には、翼が初めて組み立てたラジオや、自作の模型飛行機がいくつも並んでいた。


 ある日、翼が訊いた。「父さん、人間は本当に空を飛べるの?」

 大田は笑って答えた。「昔は神話の中の話だったが、いまは努力次第で本当に飛べる時代だ」

 それから親子の“飛行機計画”が始まった。


 二人は何ヶ月もかけて、設計図を引き、軽量素材を集め、組み立てを繰り返した。

 大田は翼にだけは細かく安全について教え、「絶対に調子に乗るな」と繰り返した。

 「高さを求めるほど危険は増える。機械を信じすぎるな。もし何か異変を感じたら、すぐ降りろ」


 ついに完成の日が来た。河川敷に持ち込んだグライダーは、ふたりが見ても完璧な出来だった。

 「今日は父さんが先に飛ぶ。後ろをついてきなさい」

 大田は慎重に機体を操作し、無事に空を滑空してみせた。

 翼もそのあとを追い、父の指示どおりに低空をゆっくり旋回する。


 だが、何度も成功すると、翼は調子に乗りはじめた。

 「もっと高く飛べるよ!」

 父の声も届かない。翼はコースを外れ、日差しの強い上空へ舞い上がった。


 グライダーのモーターが異音を発し、制御不能となった。

 父が叫ぶ。「戻れ、翼! 下がれ!」

 だが、もうどうしようもなかった。


 数秒後、翼の機体はバランスを崩し、遠くの工場屋根に激突した。


 病院のベッドで、翼はかすかに笑って言った。「父さん、俺……本当に飛べたんだな」

 それが最後の言葉になった。


 葬儀の後、大田は工房の棚に残された息子の設計図やノートを繰り返し読んだ。

 そこには「もっと高く、もっと遠く」と夢を綴る文字が、無邪気に並んでいた。


 大田はその夜から、工具箱を閉じ、設計図に手を触れなくなった。

 「本当に伝えるべきは、知識でも技術でもなかったかもしれない」

 後悔と悲しみが、胸の奥で静かに反響する。


 工房には、もう誰もいない。

 ただ静かな夜だけが、時折「父さん、見ててくれよ」とつぶやく声を運んでくる。


 ――技術も、夢も、愛も。

 本当に大切なものが何かを知るのは、すべてを失ってからなのかもしれない。

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