11話 引退宣言
スマホのホーム画面で、ガチャゲームのアイコンを長押しする。
アンインストールの表示が出るが、親指がどうしても「削除」に滑らない。
「今度こそ、本当にやめよう」
心の中で何度も繰り返し、深く息を吐く。
もう三年、ガチャの光る演出やSNSの自慢投稿、グループチャットの盛り上がりが、いつの間にか日常になった。
最初は無課金で遊んでいた。初めて課金したのは、三百円のお得パックだった。
「これくらいなら」と軽い気持ちで引いたガチャが、“当たり”の快感を覚えさせた。
その日から「次こそ本命キャラ」「限定コラボが来た」「天井分まで」と理由を重ね、
給料日ごとに「自分へのご褒美」と自分に言い訳しながら、課金が増えていった。
毎月、銀行明細の数字が伸びていく。
「来月こそ控えめに」と決めるのに、また新イベントの通知に指が動く。
気づけば「やめたい」と「続けたい」が同居し、「次こそ最後」の引退宣言も毎月の恒例行事になった。
その日も、グループチャットに「引退します」と書き込む。
「おつかれ!」「最後に10連だけ引こうぜ」
仲間たちが決まり文句を返してくる。
スマホを握りしめて、最後のガチャを回す。
ド派手な演出、きらめく虹色の光、画面いっぱいに踊るエフェクト――
出てきたのは、三年間ずっと追い求めてきた超限定キャラだった。
「うそ……」
手が震えた。
チャットは「神引き!」「おめでとう!」と祝福で溢れる。
うれしいはずなのに、胸の奥で妙な静けさが広がる。
これまでの課金履歴を遡ってみる。
「やっと出た……でも、今さらどうすればいい?」
そんなことを考えているうちに、「育成パック販売中!」「今だけ限定イベント」などの通知が次々届く。
「せっかく当てたんだし、少しくらい育ててみようかな」
また課金画面に指が伸びる。
結局、引退宣言は来月に持ち越された。
グループの仲間も「今度こそ卒業」と言いながら、次のイベントでまたガチャを引いている。
同じことの繰り返し。
いつの間にか「課金をやめたい」こと自体が生活の一部になっていた。
「やめたくて続けてるのか、続けたくてやめたいのか」
はっきりしないまま、また銀行の明細を見てため息をつく。
スマホには新イベント開始の通知が表示される。
「今度こそ最後」とつぶやいて、また“引退ガチャ”を引いている自分がいる。