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第七話 リィゼ救出作戦(前編)

 昼下がりの探偵事務所。磨り減った机に冷めかけたコーヒー、外では街の喧騒がのどかに響いている。平和と呼ぶにはちと物足りないが、俺には丁度いい時間だった。

 そんな静けさをぶち壊したのは、あいつだ。

「冴島、いるかッ!」

 ドアが怒鳴り声と一緒に開かれる。中に転がり込んできたのは、冒険者ギルドのマスター、バルド。武骨で、短気で、そして俺を毛嫌いしている筋金入りの男が、どういう風の吹き回しか、こっちに足を運んできやがった。

「おやおや、ギルドマスター様のお出ましとは珍しい。ティナの尾行でもしてて迷い込んだか?」

「ふざけるな!」

 蒼い顔をしていた。酔っ払って転がり込んできたわけじゃないとすぐに分かった。

 奴にしては珍しく、焦りを隠そうとしている様子がありありと見える。

 普段は「胡散臭いモグリ」だの「ギルドの仕事を横取りする野良犬」だのと俺を毛嫌いしている男が、こんな顔でやってくるとは、ただ事じゃない。

「……用件を聞こうか、ギルドマスターさんよ」

 バルドは苦虫を噛み潰したような顔で椅子に腰を下ろす。渋々って態度が、かえって深刻さを際立たせる。

「リィゼが……戻ってこない」

 言葉の意味を理解するのに、数秒かかった。

「あのリィゼか? A級の」

「そうだ。五日前、刻印のダンジョンに潜ったきり、帰ってきていない。他のパーティーからの目撃の報告もない。恐らく、何かが起きた」

 刻印のダンジョン。街の西で最近発見された、まだ謎多き地下迷宮。

「……で? 俺にどうしろと?」

「救出だ。今、動ける高ランクのパーティがいない。俺の知っている中でお前たちだけだ。――お前たちのチームなら、A級に匹敵する力を持っている」

「冗談じゃねえ。それは、探偵の仕事じゃない」

 俺が断りかけたところで、奴は小さく舌打ちした。

「……ティナが、お前に頼めと言ったんだ」

 俺は眉をひそめた。

 その名が出た瞬間、バルドはほんの一瞬だけ目を逸らした。どうやら、父親としては俺の存在が癪に障るらしい。それでも、娘に言われて俺の元へ頭を下げに来たというわけか。言っとくが、彼女が勝手に入り浸っているだけだ。

「冴島さん、お願いします」

 案の定、バルドを追いかけてティナもやってきた。

「――冴島さん」

 今度はイリスが顔を覗かせた。金髪碧眼のエルフの少女。うちの有望なる新人探偵助手だ。

「リィゼさんは、とても優れた冒険者です。あの方が消息を絶ったままというのは、尋常ではありません。私たちで、助けに行きましょう」

「だがな、……」

 三人。特にイリスの真っ直ぐな瞳でそう言われると、否とは言いづらい。

「まあ……分かった。リィゼには借りもある」

 俺は、咳ばらいをして、言った。

「人探しは探偵の仕事だからな。――ただし、これは特例だ。特別料金だぜ、マスターさんよ」

「冴島……」

「まずは、マスター権限で、刻印のダンジョンの構造やらモンスターやら判ることすべて教えろ」


 刻印のダンジョン。見上げるほど巨大な石造りの門。ギルドの調査では、現在五階層まで踏破されているが、六階層以降は未踏。リィゼが消息を絶ったのは、おそらくその先だ。

 俺たち三人は、最低限の装備を整えて突入した。

 シュロットの目がサーチライトのように暗いダンジョンを照らしている。

「空気が重い……魔力の流れが不自然です」

 イリスが言いながら、掌に魔力を集めて周囲の気配を探る。

「敵の気配は……薄い? いや、偏ってる……」

「油断すんなよ。罠のにおいがする」

 シュロットは黙々と先を歩く。いつも無口な奴だが、行動は的確。資料も頭に入っているのだろう前方の落とし穴の手前、手で俺を制止する。

「nein」

「イリス、罠だ避けて通る」

 そんな事が何回かあった。モンスターには何度か出くわしたが、戦闘は最小限で避ける。

 そして、未踏破の領域へ。

 慣れないな、本来の仕事ではない。それにイリスの緊張感は必要以上なレベルだ。

「大丈夫だ。俺たちはギルドマスターお墨付きらしい。とっととリィゼの尻を叩いて連れて帰るぞ」

「はいっ」

 良い笑顔だ。シュロットも「ja」と答えていた。こちらは、いつも通り。緊張感は感じないらしい。

 六階層から七階層への間はフロアボスが居なかった。

 が、降りる階段の途中では、ギギィ……と石が擦れる不穏な音。咄嗟に跳び退いた俺の足元に、鋭い杭が突き上がった。

「罠! 冴島さん、大丈夫ですか!」

「かすっただけだ。くそっ、いちいち性格の悪いダンジョンだな」

 先を進むほどに、罠とモンスターの密度が高まっていく。小型のゴーレムとの戦闘を繰り返しながら、七階層、そして八階層へ。

そこは、異様な静寂に包まれていた。


「……変だ。まるで生き物の息遣いが消えたようだ」

「Ich」

 シュロットが何かを見つけた。天井から崩れた石壁、その前に――一本の剣が落ちていた。

「これは……リィゼさんの剣。間違いありません!」

「ということは……この奥?」

 戦闘の壁や床に剣撃らしい跡がある。最近のものだ。戦闘中に壁が崩れたか……?

 イリスが小さく頷き、土魔法の詠唱に入る。

 彼女の横顔は、蒼く汗ばんでいた。

「《アース・リフト》!」

 魔力の波動が走り、石屑がゆっくりと動く。その奥に現れたのは、小さな空間。本来は部屋の入口が崩れたのか。

 人がやっと通り抜けられる隙間ができた直後、俺は慎重に中に入った。

 閉じられた部屋。背後からシュロットが灯りを照らす。

 いた。

 ボロボロの姿で倒れている女性――リィゼだった。

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