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第七十二話 死者の街に花束を(26)

 私はリィゼさんと一緒に、伯爵の屋敷から街へ向かって走りました。

 夜の森は怖かったけれど、冴島さんとフローリアさんのこと、「すぐに儀式が始まる」っていう伯爵さんの言葉を思うと、立ち止まっている暇なんてありませんでした。私にできること……冴島さんが私に託してくれた任務。街へ行って、ギルドや警備隊に、この大変な状況を知らせること。

 街の灯りが見えてきた時、少しだけホッとしました。でも、街の中にも、「死者」が潜んでいるかもしれないと思うと、怖くてたまりませんでした。リィゼさんが、私の手を引いて、一番近くにあった警備隊の詰所まで、迷いなく走ってくれました。

 詰所のドアを勢いよく開ける。中には、5、6人の警備隊員さんがいました。皆、夜勤の疲れからか、少し弛緩した雰囲気です。

「大変です! お願いします! 話を聞いてください!」

 私は、息を切らせて叫びました。不安と焦りで、声が上ずってしまいます。

 対応に出てくれた、少し恰幅のいい、年配の警備隊員さんが、私を見ました。

「なんだ嬢ちゃん。こんな夜中に騒ぎ立てて。何かあったのかい?」

 声に、気だるさと、少しの苛立ちが混じっています。

「伯爵の屋敷で! 大変なことが! 死んだはずの人たちが歩いてて! 要人の方々が、それにすり替えられてて! 街全体を巻き込む恐ろしい儀式が始まろうとしてるんです!」

 私は、頭の中で整理しきれていない情報を、言葉にならないくらい必死に伝えようとしました。声は震え、涙が滲んできます。

 警備隊員さんたちは、私の言葉を聞いて、顔を見合わせました。……クスクス、と笑い声が漏れました。

「死んだ人間が歩いてる? 要人がすり替えられてる? 嬢ちゃん、変な夢でも見たんじゃないのか? それとも、どこかの冒険譚の読みすぎか?」

「伯爵様がそんな恐ろしいことを? 馬鹿馬鹿しい」

「早く家に帰りな。こんな夜中に一人でうろついてると危ないぞ」

 私の言葉は、全く信じてもらえませんでした。それどころか、頭がおかしいとでも思われているようです。屈辱と、どうしようもない焦りが私を襲います。時間が、ないのに……!

「本当なんです! お願いします! 冴島探偵さんも捕まってて! フローリアさんも!」

 私は、さらに必死に訴えますが、彼らは聞く耳を持ちません。もう一度、「家に帰りな」と冷たく言われました。「これ以上は、冗談で終わらない」

 その間、リィゼさんは黙って、警備隊員さんたちの様子を見ていました。特に、奥の席に座って、私たちを面白がるように見ていた一人の隊員さんを、じっと見つめているようでした。

 私が絶望的な気持ちになったその時です。

 リィゼさんが、突然、動き出しました。音もなく、その奥に座っていた警備隊員さんの傍へ歩み寄る。誰も予想していなかった行動に出ました。

 彼女は、腰に差していた剣を抜き、一瞬の躊躇いもなく、座っていた警備隊員さんの胸を、真っ直ぐに、深く貫いたのです。

「っ?!」

 その場の全員が、息を呑みました。

 他の警備隊員さんたちが騒然とし、「 何をする!」と叫びながら、一斉に武器を抜きます。私も、何が起きたのか分からず、ただリィゼさんを見ていました。

 しかし、リィゼさんに胸を貫かれた警備隊員さんは、倒れませんでした。

 それどころか、その顔が、人間とは思えないほどおぞましく歪み、喉から奇妙な、金属が擦れるような音を発しました。その虚ろな瞳に、血のような赤い光が宿り……

 彼のリィゼさんに向けられた手は、明らかに人間のものではありませんでした。顔つきが変わり、リィゼさんに爪を立てようとします。それをかわし、リィゼさんはそのまま、剣に力を籠め、壁に縫い付けます。

「グアアアッ!」

 壁に串刺しになり奇声を発するその隊員さんは、リィゼさんに、そして武器を抜いて自分を取り囲んだ他の警備隊員さんたちに、襲いかかろうとし、動けずにいます。

「これが、死者だ」

「まさか! 本当なのか!?」

 警備隊員さんたちは、突然の出来事と、目の前で起きた信じがたい光景に混乱しながらも、反射的にその「死者」となった同僚を取り押さえようとしました。狭い詰所の中で、人間と「死者」になった元人間との、凄惨な格闘が始まります。

リィゼさんは、一歩下がってその様子を見つめていましたが、静かに、しかし明確な声で言いました。

「……そいつが、証拠だよ」

 その言葉が、混乱する詰所の中に響き渡ります。

「彼らは、人間になりすましている。街の上層部にも、入り込んでいる可能性がある」

 リィゼさんの言葉に、警備隊員さんたちの顔色が変わります。目の前の光景は、ティナという少女の荒唐無稽な訴えが、真実であったことを、嫌というほど証明していました。

「……ここに、それを裏付ける情報があります!」

 私は、リィゼさんの言葉に続いて、必死に叫びました。書類の束を出しました。

「冴島さんが、伯爵の屋敷の倉庫で、伯爵が街の要人を『死者』にすり替えている証拠を見つけたんです! 全国に『死者』を送る計画書も! 伯爵夫人が真の黒幕で、今、屋敷の地下で、フローリアさんを使って、街全体を『死者』に変える恐ろしい儀式を始めようとしています!」

 私は、震える声で、それでも必死に、冴島さんが教えてくれた真実を伝えました。あの台帳の内容、要人の名前、送付先リスト……。思いつく限りの具体的な情報を、矢継ぎ早に叫びます。

 警備隊員さんたちは、目の前で「死者」となった同僚を取り押さえながら、私の言葉を聞いています。顔は恐怖に引き攣っていますが、疑いの色は消えています。

「伯爵様が……儀式……要人が……」

「そんな馬鹿な……」

 彼らは、信じたくないという顔をしていますが、目の前の「死者」の存在が、私の言葉が真実であることを証明しています。

 リィゼさんが、冷静に、しかし強い口調で言いました。

「今は信じられないだろうが、時間は本当にない。あの儀式が完了すれば、この街は終わりだ。あんたたちの街も、大切な人も、皆……。一刻も早く、信頼できる指揮官に連絡を取れ! まだすり替えられていない、信頼できる人間にだ!」

 リィゼさんの言葉と、目の前の危機に、警備隊員さんたちはようやく事態の深刻さを認識しました。一人が血相を変えて、奥の通信機へ走ります。

 警備隊に、なんとか危機を伝えることができました。でも、まだギルドが残っています。ギルドへ行って、レクスヴィントのギルドマスターさんにも、このことを伝えなきゃ。全て話して、信じてもらうしかありません。

 私たちは、詰所を後にし、冒険者ギルドへ向かって走り出しました。街の通りは、夜闇に沈んで静かです。でも、私は知っています。この静寂の下に、どれほど恐ろしいものが潜んでいるか。

 結局、ギルドでも同じようなことが有りました。ギルドマスターさんは、すぐにギルドに非常招集をかけました。街にいる全ての冒険者に、ギルドに集まるよう命令が出ます。同時に、警備隊からの連絡を受けた指揮官と連携を取り、合同で部隊を編成する準備が進められます。

 ギルドの冒険者さんたち、そして警備隊の皆さん。街の危機を知り、続々と集まってきます。それは、伯爵邸の地下へ向かった冴島さんたちを、地上から援護するための、巨大な力となります。

 私たちの別行動は、成功しました。街全体の組織を動かすことができたんです。でも、これは始まりにすぎません。本当の戦いは、これからです。冴島さん、フローリアさん……皆、無事でいてください。

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