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第七十話 死者の街に花束を(24)

 ティナとリィゼの足音が遠ざかっていく。屋敷の廊下に、再び静寂が戻った。

 さっきまでの戦闘の余韻と、伯爵夫人の魔力の残滓だけが、冷たい空気の中に漂っている。

 まさか、こんな展開になるとはな。伯爵を倒したと思ったら、真の黒幕は桁違いの力を持つ伯爵夫人。しかも、街にも敵が潜んでる。

 ティナとリィゼ……無事に戻れるか。街へたどり着いて、ギルドや警備隊の奴らを説得して、本当に協力させられるか。あの話が、どれだけ信じがたいか。あの資料だけで、短時間で人数を集められるのか。

 ティナを、あんな危険な任務に行かせてしまった。儀式場に連れて行くわけにはいかないと判断したとはいえ、街に戻る道中だって危険は多い。

 それに、説得に失敗すれば、彼女自身の身だって危うくなる。あの娘を、こんな事件に巻き込んでしまったのは、俺だ。俺だ。バルドやマルダの手前、ティナにはこれ以上、危険な目に遭わせたくない。結果的に、困難で、重要な任務を、彼女に背負わせてしまった。リィゼがついてる。あいつは強いし、頼りになる。ティナを守ってくれるだろう。そう信じるしかない。

 それから……もし、全てが終わったら、男爵にはどういった報告書を書けば良いんだ? 「ご子息のエドワルド氏は、生きた死体と入れ替わっていました。その黒幕は伯爵夫人で、街の支配者です。今、全国民を生きた死体と入れ替える儀式を阻止しようとしています」とでも書くか?

 そんな、現実離れした思考を、無意識に巡らせていたらしい。それだけ、今の状況が、俺の常識からかけ離れているってことか。

 ふと、横に立つ気配を感じた。イリスだ。彼女は、いつものように静かに、俺の傍らに立っていた。その金の瞳が、真っ直ぐに俺を見上げている。

「冴島さん……」

 イリスが、静かに声をかけた。

 俺は、大丈夫だ、とでも言おうとした。だが、イリスは、俺の言葉を待たずに、続けた。

「ティナさんは、きっと、大丈夫です。リィゼさんも一緒ですから」

 彼女の言葉は、俺の不安を、わずかに和らげてくれた。

 イリスは、さらに続けた。その声は、今度は少し、控えめだが、確かな感情が宿っている。

「……私は残れて……良かったです」

 その言葉に、内心、驚いた。良かった、だと? こんな、命がけの、絶望的な状況で。

 彼女の真剣なまなざしに、俺は思わず笑顔を返した。

 シュロットが、俺たちの背後に立つ。

 真鍮色の巨体は、静かだが、圧倒的な存在感を放っている。

 彼の丸いレンズが、俺たちの顔を見ているのが分かった。

「Ja」

 シュロットが、短い言葉を発した。いつもの返事。その言葉に、微かに、何か別の感情が宿っているように感じた。「問題ない」「任せろ」……そんな意味合いが込められている気がした。

 彼の瞳のレンズが、どこか誇らしげに輝いたように見えた。

 シュロットは、俺とイリスのシュロットの組み合わせに、絶対的な信頼を置いている。

 この三人さえいれば、どんな困難も乗り越えられる。事件は解決したようなものだ。

 彼の揺るぎない信頼の言葉が、俺の背中を押した。

 そうだ。俺には、イリスがいる。シュロットがいる。

 ティナとリィゼは、外で、街を救うための任務に当たってくれている。一人じゃない。

 立ち止まっているわけにはいかない。彼女に託した任務を、無駄にするわけにはいかない。

 フローリアを助け出さないと。今、この瞬間にも、あの悍ましい儀式が進んでいる。あの子の身体が、伯爵夫人に乗っ取られてしまうかもしれない。

 この街の未来のために。アンデッドの侵食を、ここで食い止めなければならない。この事件を、俺自身の探偵としての「ケジメ」として、終わらせなければならない。

 俺たちの目標は、明確だ。フローリア救出。伯爵夫人の打倒。もちろん、儀式の阻止。

「よし」

 俺は、リングを握りしめ、息を整えた。イリスとシュロットに向き直る。

「儀式場へ向かうぞ」

 俺の声に、迷いはない。

「はい、冴島さん」

 イリスが、静かに頷く。その瞳は、揺るぎない決意に満ちている。

「Ja!」

 シュロットが、力強い返事をする。

 俺たちは、この部屋を出た。向かう先は、屋敷の最も危険な場所。儀式場があるであろう、地下深部だ。

 さあ、行こう。

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