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第六十九話 死者の街に花束を(23)

 部屋に、重苦しい空気が満ちる。皆、この圧倒的な魔力と、伯爵の言葉が持つ意味を理解し、顔を青ざめさせている。俺もだ。リングは戻った。力も戻った。それでも伯爵夫人の魔力は、伯爵のそれとは桁が違う。屋敷の内外に満ちる、「死者」たちの膨大な気配。あの倉庫で見た数が、この屋敷中、いや、この街中にいるのかもしれねぇ。俺たち五人だけでは、勝ち目がない。少なくとも、正面から突っ込んで、儀式を止め、フローリアを助け出すなんて、不可能だ。

「……すぐに儀式が始まる……フローリアさんが……!」

 ティナの声が震えている。その通りだ。時間はねぇ。フローリアの危機が最優先だ。しかし……。

 冷静さを欠きそうになる心を、無理やり押さえつける。探偵だ。絶望的な状況でも、活路を見出すのが仕事だろう。

 頭の中で、現状の問題点を整理する。

 ひとつめの問題点。フローリアの即時救出が最優先だが、儀式場は伯爵夫人の本拠地。おそらく、最も厳重に守られている。俺たち五人だけで強行突破すれば、全員が返り討ちに遭う可能性が高い。

 ふたつめの問題。屋敷の内外に「死者」が満ちている。しかも、あの倉庫の書類にあったように、街の上層部や要人たちも「死者」に置換されている。街全体が内側から腐敗しつつある。このままだと、街にも救いの手が差し伸べられず、全国規模の計画が実行されてしまう。

 この二つの問題を、限られた時間の中で、どうにか解決する必要がある。

 両方同時に、俺たちだけで対処するのは無理だ。

 解決策は……。

「……二手に分かれる」

 俺は重い口を開いた。皆の視線が、俺に集まる。驚きと、疑問の色が浮かんでいる。

「儀式場へ向かう部隊と、外部支援を要請する部隊だ」

 俺は続けた。

「俺とイリス、シュロットは、このまま儀式場を目指す。フローリアの救出と、儀式の阻止を試みる」

 これは、最も危険な役割だ。伯爵夫人と直接対峙することになる。

 しかし、魔力による探知・突破、物理的な力、リングを持った俺。この三人以外に、儀式場までたどり着き、相手と戦える可能性のある組み合わせはねぇ。

「リィゼとティナには……街へ戻ってほしい」

 次の言葉で、ティナの顔色が変わった。リィゼも、僅かに目を見開く。

「街へ……? どうしてですか? 私も、冴島さんと一緒に……!」

 ティナが、真っ直ぐな目で俺を見る。その瞳に、不安と、――俺と共にいたいという強い思いが宿っている。分かってる。ティナは臆病なだけじゃねぇ。芯の強い娘だ。危険を恐れずに、俺たちの力になりたいと思ってくれている。

 でも、ダメなんだ。儀式場は、想像を絶する危険な場所だ。あの伯爵夫人の力。そこに集められているであろう、最強の「死者」たち。生半可な覚悟で踏み込める場所じゃねぇ。ティナを、そこに連れて行くわけにはいかない。俺の信条に反する。

「ティナ」

 俺は、ティナの眼を真っ直ぐに見つめ返した。その眼に、俺の決意と、彼女に対する信頼を込める。

「お前には、お前にしかできない、もっと重要な任務がある」

「私にしか……?」

 ティナは、戸惑った表情だ。

「この屋敷の外、そして街に満ちている『死者』の数を考えろ。俺たち三人だけで、儀式場を突破できたとしても、街の安全まで確保することはできない。街には、あの伯爵の計画が浸食している。上層部にも『死者』が入り込んでいるんだ。この真実を、外部に伝え、街全体の危機に対応できる部隊を編成する必要がある」

「でも、どうやって……」ティナは、言葉に詰まる。誰が、こんな信じがたい話を信じるだろう? 伯爵が黒幕で、街の偉い人たちが皆「死者」に入れ替わってるなんて話。

「そこで、お前の力が必要なんだ」

 俺は続けた。

「お前は、グラン=ヴァレルギルドマスターの娘だ。たとえ、他の街のギルドの出身でも、ギルドという組織との繋がりがある。お前自身の、嘘偽りのない真っ直ぐな言葉は、人の心を動かす力がある」

 リィゼが、横で静かに頷いている。リィゼも、俺の言いたいところを理解しているんだろう。

「そして……証拠だ」

 俺は、あの倉庫で手に入れた、裏帳簿や計画書、全国の都市名が記された地図のこと。

「俺たちは、あの倉庫で、伯爵の計画に関する資料を得た。全国規模の計画、死者の配送リスト、街の上層部の名前、……フローリアがあの伯爵夫人の『器』であること。証拠となる台帳や資料だ」

 俺は、ティナとリィゼを見て、うなづいた。

「リィゼが、街へ戻るルートを確保できる。お前は、その資料を、ギルドや、信頼できる警備隊の人間……まだ『死者』に替わっていない人間に届け、この事件の真実を訴えるんだ。街に迫る危機を。伯爵夫人の計画を」

それは、儀式場への突入と同じくらい、困難で、重要な任務だ。信じてもらうには、命がけの説得が必要だろう。下手すれば、狂人扱いされるか、伯爵側に気づかれて消される可能性だってある。

「それにリィゼ。警備隊やギルドにも死者が紛れている可能性がある……」

「ああ。逆に、それは荒っぽいが証拠だって事だろ。何かあればあたしがティナを守れる」

「この任務は、お前と、それを護衛できるリィゼにしかできない」

 俺は、ティナの眼を真っ直ぐに見て、言い切った。これは、お前の力が必要なんだ、という、最大限の信頼の言葉だった。

 ティナは、俺の言葉を聞いて、震えが止まらない。でも、その瞳の中に、迷いが生まれているのが分かった。俺と離れるのは怖い。でも、自分にしかできない任務だと言われ、街の危機を救うという、大きな使命を前に、どうすべきか葛藤している。

 リィゼが、静かにティナの肩に手を置いた。

「大丈夫だ、ティナ。あたしがついてる。それに、あんたにしかできないことだよ、これは」

 リィゼの言葉に、ティナは顔を上げる。

 しばらくの沈黙の後、ティナは震える声で、しかし、決意を込めて言った。

「……分かりました。私、行きます。街へ戻って……ギルドと警備隊に、話します。皆に、このこと、伝えます!」

 その言葉に、安堵する。ティナは、強くなった。恐怖に打ち克ち、自分の役割を見出したんだ。

「リィゼ、ティナを頼む」

 俺はリィゼに言った。

「任せとけ。あんたたちこそ、無茶はするなよ」

 リィゼは、真剣な顔で頷いた。

 二つのチームが、ここに編成された。儀式場へ向かう俺たちと、街を救うために走る二人。どちらの任務も、成功しなければ、全ては水の泡だ。失敗は許されない。

「イリス、シュロット。行くぞ」

 俺は声を張り上げた。イリスとシュロットが、俺の隣に立つ。

「ティナ、リィゼ。無事でな」

 最後に、二人にもう一度声をかけた。

「冴島さんも……イリスちゃんも、シュロット君も、無事で!」

 ティナの声が、背後から聞こえる。


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