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第六十七話 死者の街に花束を(21)

 冷たい空気の中を、音もなく進む。

 伯爵の屋敷は、夜闇の中で巨大な迷宮だ。

 リングを失った今、俺はいつもの力任せな突破はできねぇ。頼れるのは、探偵稼業で培った観察力と、研ぎ澄ませた五感だけだ。

 壁の装飾の影、曲がり角、家具の配置……全てを視界に入れ、わずかな物音や気配に耳を澄ませる。

 奴ら、「死者」は、この屋敷の使用人に化けている可能性が高い。奴らに見つかれば、多勢に無勢だ。

 目的はリングの捜索。そして、フローリアと儀式の場所を探すことだ。まずは、奴らが俺のリングをどこにやったか。研究室か、伯爵の執務室か、あるいは金庫の類か……。推測を立てながら、屋敷の奥へと進む。

 長い廊下に出た時、嫌な気配を感じた。複数の気配だ。数にして……三人か、四人か。音はしない。しかし、確かに近づいてくる。奴らだ。

 瞬時に判断。この廊下は隠れる場所が少ない。近くにある背の高い花瓶の陰に滑り込む。息を殺し、気配を完全に消す。頼む、気づかないでくれ。

 足音のない気配が、ゆっくりと近づいてくる。緊張で、心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。奴らに、俺の心音が聞こえてないだろうか。冷たい汗が背中を伝う。

 気配は、花瓶の陰のすぐ手前で止まった。まずい。気づかれたか。身体が強張り、いつでも動けるように構える。拳を握る。リングはねぇ。だが、素手でも戦えねぇわけじゃねぇ。せめて、一体だけでも突破口を……。

 その時。

「……冴島さん?」

 か細い、しかし聞き慣れた声が、すぐ近くから聞こえた。イリスの声だ。

 驚きに、一瞬息が止まる。イリス? なんでここに? いや、彼女の声だってことは……

「え……? なんで、冴島さんがここに……?」

 ティナの声だ! 間違いない。

「ティナ……リィゼもか?」

 俺は声を潜めて尋ねた。

「あんたか! 無事だったのか!」

 リィゼの声に、安堵が滲む。続いて、ドン、という重く、しかし響かない音。シュロットの足音だ。

 間違いない。仲間だ。

 俺は花瓶の陰から飛び出した。目の前にいたのは、間違いなくイリス、ティナ、リィゼ、そしてシュロットだった。皆、俺の姿を見て、驚いた表情をしている。

「あんた、どうやってここに……!」

 リィゼが小声で言う。

「後だ! まずは隠れるぞ!」

 俺は、さっき安全を確認した、すぐ近くの空き部屋の扉を指差した。皆、頷き、音もなくその部屋に滑り込む。扉を閉める。これで、少しは時間が稼げる。

 部屋の中で、息を整える。まさか、こんな場所で仲間と再会できるなんてな。安堵が込み上げる。と同時に、疑問も。どうやって、こいつら、あの伯爵の屋敷に……。

「あんた、どうやって脱出したんだ? 捕まって……」

 リィゼが焦れたように聞く。

「色々あってな」

 俺は簡単に説明した。あの研究室に捕らえられてたが、脱出してきたこと。

 次に、俺が研究室で掴んだ情報を話した。あの全国規模の計画。死者を各地の重要人物と「置換」する、悍ましいインフラのこと。そして、フローリアがその儀式のための「最高の器」として狙われていること。

「あの野郎、俺のリングを没収しやがった」

 最後に、俺のリングがないことを告げた。リィゼの顔に、険しい色が走る。イリスも、心配そうな顔をした。

 今度は、仲間たちの番だ。リィゼが、俺とフローリアを助けるために、この屋敷に潜入したことを話してくれた。

「どうやって、この要塞みてぇな場所に?」

 俺が尋ねる。

「イリスの魔法だ」

 リィゼは、イリスを見た。イリスは頷き、静かに話し始めた。

「伯爵の屋敷の魔力を、感知しました。物理的な防御とは別に、魔力的な防壁がありました。でも、その中に、隠された経路を……魔力的に感知できる、特殊な通路を見つけました」

 驚きだ。イリスの魔法は、俺が思っていた以上に高度だったらしい。要塞の物理的な壁を迂回する、魔法の隠し通路か。

「その探知魔法で、屋敷全体の魔法的な配置も掴んだんだ」

 とリィゼが続ける。

「死者がどこに固まってるか、伯爵たちの強い魔力がどこにあるか……大体分かったぜ。特に、地下深くに、とんでもない魔力の塊がある。おそらく、儀式場だろうな」

 イリスの魔法探知。奴らが、この屋敷に潜入するための突破口と、内部の情報をもたらしてくれた。。

「リングなしで、この屋敷で戦うのはきついな……。お前の手札の大半だろう」

 その通りだ。この屋敷には「死者」がたくさんいる。伯爵に伯爵夫人。あの伯爵の術も厄介だ。リングがなけりゃ、突破力も、防御力も、格段に落ちる。

 その時、イリスが静かに言った。

「冴島さんのリング……探せます。私の探知魔法で」

 皆の視線が、イリスに集まる。

 イリスは、まっすぐに俺を見た。その瞳に、強い意志が宿っている。

 よし。希望が見えた。

「頼む、イリス。リングを探してくれ」

「はい」

 イリスは頷き、静かに目を閉じた。魔力を集中させ、探知魔法を起動する。おそらく、伯爵がリングをしまいそうな場所……研究室、執務室、金庫の類を重点的に探るのだろう。

 部屋に、張り詰めた空気が流れる。イリスの魔法が、見えない網のように屋敷中を駆け巡っているのを感じる。

 数秒後。

 イリスが、静かに目を開けた。

「見つけました」

 その言葉に、皆の顔に安堵の色が浮かぶ。

「どこだ?」

 リィゼが尋ねる。

「この階の、少し離れた場所です。……書斎、もしくはのような場所から、冴島さんと似た魔力を感じます。そこに、リングがあります」

 イリスは、正確な方角と距離を示した。

 よし。これで、やるべきことが決まった。

「やるべきことは二つ。まずはリングの回収だ。そのあと、イリスの探知を頼りに、フローリアと儀式場を目指す」

 リィゼが頷く。ティナは、不安ながらも決意を秘めた顔。シュロットは、いつでも指示に従えるように、じっと立っている。

 作戦、再開だ。今度こそ、失敗するわけにはいかねぇ。

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