第五十九話 死者の街に花束を(13)
薄暗くなった宿の部屋に、街の明かりがわずかに差し込んでいた。重い空気が部屋に満ちていて、さっきまで外で動いていた連中の、微かな疲れと緊張感が混じり合っている。俺とイリス、シュロット、それにティナとリィゼの五人。それぞれの調査を終えて、ここに集まった。
口火を切ったのは、ティナとリィゼだ。少し顔色が悪いのは、嫌なものを見たせいだろう。
「……あの、港の近くの裏通りとか、本当に空気が重いんです。人がいるのに、いないみたいっていうか……」
ティナが、言葉を選びながら報告する。リィゼが、それに付け加えた。
「ああいう淀んだ空気は慣れてるはずなんだが、ちょっと質が違ったね。妙に静かで、生気がねぇ。教会や墓地も見たんだが、古い記録が不自然に消えてたり、特定の時期の墓がやたら多かったりして、どう考えても隠蔽だ」
リィゼは、フン、と鼻を鳴らす。
「特に港湾関係者の死者が妙に集中してたな。しかも、病気とか事故とか原因が曖昧な奴が多い。街そのものが、何かを隠してるって感じだった」
港に集中する異常か。俺が昼間、街に着いた時も感じた違和感だ。奴らの感じた「静かで、生気がねぇ」ってのは、あの「生きた死体」に通じるもんだろう。
次に、イリスが口を開いた。彼女の報告はいつも通り、感情を排した事実の羅列だ。それが余計に、俺たちの心に重く響いた。
「南海輸送統括官邸への潜入は成功しました。エドワルド・アデラルド氏の執務室にある帳簿を確認しました」
イリスは淡々と言う。シュロットは、その隣で静かに立っている。
「公式の入港記録はありましたが、それに対応する出港記録や、陸路での輸送記録が極端に少なかったです。まるで、入ってきた大量の貨物が、街のどこかに消えているかのようでした」
そこでイリスは、少しだけ間を置いた。
「ですが、壁の隠し場所から、別の帳簿を発見しました。それは公式の記録とは異なり、手書きで詳細が記されていました」
裏帳簿、というやつか。やっぱりな。
「その帳簿には、公式記録にない、大量の貨物の搬入記録が記載されていました。特に注目すべきは、貨物の種類を示す記述です」
イリスの声が、わずかに低くなる。
「『処理体』『生体』……といった、およそ通常の貿易品とは思えない言葉が使われています。そして、それらの貨物は全て、港湾地区内の特定の倉庫や施設に運び込まれたことになっています」
処理体? 生体? なんて物騒な言葉だ。嫌な予感が、背筋を這い上がってきた。入港記録はあるのに、出港記録がない「消えた貨物」。それが「処理体」だの「生体」だのって……。
「……なるほどな」
俺は、組んでいた腕を解いた。ティナやリィゼの報告、イリスのデータ、そして俺がフローリアと話した内容。点と点が、一本の線で繋がった。
「ティナたちの話とイリスのデータが繋がったな。この街は、というか、この事件の核にあるのは、『境』だ」
皆の視線が俺に集まる。俺は、フローリアから聞いた話を皆に聞かせた。
「フローリアは言ってたんだ。この街は昔から『境』の土地と呼ばれてる、と。港って場所は、海と陸、異国とこの国、――『生と死』の間にある。そして、この街を開いた奴ら……異邦人は、港を『通路』として使っていたらしい」
過去の街の成り立ちが、今の異常とどう関係する? 皆の顔に、疑問の色が浮かぶ。俺は、続ける。
「イリスが見つけた裏帳簿の記述……『処理体』だの『生体』だのって不気味な貨物と、街の成り立ちに関わる『生と死の境』の話。俺たちが遭遇した『生きた死体』や、あの異常な追跡者……奴らの動きは、生きた人間じゃねぇ。死んでるはずなのに、まるでプログラムされた機械みたいに動いてた」
思い出すのは、あの路地裏で遭遇した追跡者だ。――昨夜、街で見た無表情な影たち。
「これは、単なる幽霊騒ぎや、ゾンビみてぇな単純なアンデッドの話じゃねぇらしい。この街の持つ『境』の性質を利用して、意図的に何かを『運び込み』、『操作』してる奴がいる」
俺は、確信に近い推測を口にした。
「裏帳簿にある大量の貨物……『処理体』や『生体』ってのは、恐らくその『何か』を構成するもの、あるいは、その『何か』を呼び寄せるために必要なものだ。その記録から見て、それはこの街の外から、港の『通路』を通って、意図的に連れてこられてる」
つまり、この事件の核にいるのは、この「境」の性質に深く関わる、何らかの強力なアンデッド、それとも、それを操る存在だ。港は、そいつらの「供給源」として利用されている。
「その、裏帳簿に記されていた不明貨物の搬入先、つまりその『処理体』や『生体』が運び込まれている倉庫や施設の所有者は……誰だった?」
俺の問いに、イリスが答える。
「所有者、オズワルド・エルネスト」
その名を聞いて、部屋に重い沈黙が降りる。オズワルド・エルネスト。この街を治める、伯爵の名前だ。
パズルの最後のピースが、カチリと嵌まった音がした。街の支配者、伯爵。「生と死の境」である港。そこを通過する、「処理体」や「生体」と記された大量の不明貨物。そして、街に紛れる「生きた死体」。
この街は、港を起点に、伯爵によって「死者」が管理・利用されている……。
想像していたよりも、はるかに大規模で、街の権力構造の最深部に根差した、悍ましい計画だ。単なる探偵の依頼じゃ、済まなくなってきた。俺たちの顔に、驚愕の色と共に、これから立ち向かわなければならない、巨大で不条理な闇への決意が浮かぶ。ハードボイルドになりきれねぇ探偵稼業だが、こうなったら、もう後戻りはできねぇ。




