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第五十八話 死者の街に花束を(12)

 私とシュロットは昨日訪れた南海輸送統括官邸に来ました。

 気のせいか、建物全体から人工的な美しさと、どこか冷たい空気が漂っています。夜になるとその印象はさらに強くなり、まるで大きな氷の塊が静かに建っているように見えました。

 建物の裏手、使用人用の入口に近い場所を選んで近づきます。

 警備のかたが時折巡回していますが、彼らの動きは定型的で、あまり周囲を警戒している様子はありませんでした。それは、この建物のセキュリティが物理的な強固さよりも、内部にいる「見えないもの」に頼っているからかもしれない、と直感的に感じました。

 私はまず、入口の扉にかかっている簡単な鍵に触れました。ほんの少しだけ魔力を流し込み、内部の構造を感知します。複雑な仕掛けはありません。静かに、そして物理的な力を使わずに鍵を開ける魔法を起動させました。カチリ、とごく小さな金属音を立てて、扉の閂が外れます。

「シュロット、静かにいきましょう」

 私は振り返らずにシュロットに声をかけました。

「Ja」

 大きな体が、物音一つ立てずに私の背後に立ちます。彼はこういう時、本当に頼りになります。無駄な動きも、余計な音も立てません。

 扉をゆっくりと開け、中へ滑り込みます。すぐに遮音の魔法を展開し、私たちが立てるかもしれない音や、外部にもれる音を遮断します。同時に、私の姿とシュロットの姿を周囲の光景に溶け込ませる、ごく弱い不可視化の魔法も重ねました。これは完全に姿を消すものではなく、薄暗い場所や注意散漫な相手をごまかす程度のものですが、気配を消す補助にはなります。

 屋敷の中は、外観と同じように冷ややかで整然としていました。廊下には埃一つ落ちておらず、飾り付けられた美術品も、全てが決められた場所に完璧に収まっています。

 目的は、エドワルド氏の執務室、あるいは貨物の記録が保管されている場所です。事前に冴島さんから得た情報と、昨日に訪問した際の建物の構造図を思い浮かべながら、最も可能性の高い場所を目指します。シュロットは私のすぐ後ろを、まるで影のようについてきます。彼の足音は、魔法で消しているとはいえ、その巨体を考えれば驚くほど静かです。もし途中で誰かと遭遇した場合、彼はその体躯を活かして物理的に対処するでしょうが、今回は気づかれずに任務を遂行するのが最優先です。

 いくつかの曲がり角を曲がり、短い階段を上ると、それらしい扉の前にたどり着きました。扉の前には見張りはいませんでしたが、扉自体に弱い検知の魔法がかかっているのが分かります。慎重にその魔法を解除し、再び鍵を開ける魔法を使います。

 部屋の中は広く、重厚な家具が置かれていました。壁際には天井まで届く書架が並び、机の上には書類の山があります。これが、エドワルド・アデラルドの執務室でしょう。空気が、昼間に彼と会った時と同じ、無機質な感じがします。

 早速、机の上の書類や書架の帳簿を確認し始めました。目当ては、港の貨物の出入に関する記録です。膨大な量の書類を、一つ一つ丁寧に、しかし素早く確認していきます。シュロットは部屋の入口近くに立ち、静かに周囲を警戒しています。

 作業を進めるうちに、私はある違和感に気づき始めました。入港記録です。特定の船名や、特定の種類の貨物の入港が、かなりの頻度で記載されています。ですが、それらの貨物が、陸路で街の外へ運び出された記録や、再び海路で他の港へ輸送された記録が、極端に少ないのです。ほとんど、と言っていいほど見当たりません。

 これはおかしい。入ってきた荷物が、どこにも出て行っていない。まるで、この街のどこかに大量の物資が溜め込まれているかのようです。しかも、記録が不自然に抜けているのは、全てではないにしろ、ある特定の時期以降のものです。冴島さんが言っていた、最近の彼の行動が不審になった時期と重なるように思えます。

 私はさらに詳しく帳簿を調べました。物理的な改ざんの跡はありません。ですが、ある古い帳簿のページを触れたとき、ごくかすかな魔法的な残滓のようなものを感じました。まるで、何らかの魔法的な処理が施された、強い意志をもって隠された痕跡のような…私の魔法的な感覚が、そこから何か重要なものが隠されている可能性を示唆しています。

 そのページには、他のページとは少し異なる紙質が使われている部分がありました。指でなぞると、わずかに厚みが違うように感じられます。そこに書かれている数字や船名の羅列は、他のページの記述と比べて、どこか無機質で、冷たい印象を受けました。これは…公式な記録ではあるものの、何か別の場所にある情報と連携している、もしくは隠蔽のための偽装が施されているのかもしれません。

 さらに詳しくその周辺のページを調べていると、帳簿の綴じ目の部分に、ごく小さな、見慣れないマークが隠されているのを見つけました。注意深く見ないと気づかないほど微細なマークです。これは、記録の通し番号でも、港の記号でもありません。何らかの、個人的な目印…あるいは、隠された記録への「鍵」ではないでしょうか。

 私は部屋全体を見回しました。このマークが指し示す場所は?

 壁の装飾、家具の配置、部屋にある物全てを、私の知覚魔法でスキャンするような感覚で確認していきます。すると、壁の一角にある大きな書架の一部に、そのマークと同じ、ごくかすかな魔法的な反応があることに気づきました。これは…隠し扉? 書架自体が動く仕掛けがあるのかもしれません。

 私はシュロットの方を振り返り、その書架を指差しました。

「シュロット、あの書架、怪しいです。動かせるか見てください」

「Ja」

 シュロットは無言で書架に近づき、その巨大な手を伸ばしました。彼は無理な力を加えたり、乱暴に扱ったりはしません。まず書架の縁や隙間を、彼の精密な指先で探ります。動かせそうな部分に気づいたのでしょう。そのまま、まるで豆腐でも持ち上げるかのように、慎重に、しかし圧倒的な力で、書架の一部をゆっくりと横にずらし始めました。ギィ…という、かすかに木材が擦れる音がしましたが、魔法で遮音しているため、外には聞こえません。

 書架がずれた先に現れたのは、壁に作られた狭い空間でした。そこには、公式の帳簿よりも小さく、簡素な装丁の帳簿や、束になった書類が何冊も積み重ねられていました。

 これだ。これこそが、エドワルド・アデラルドが隠していたものです。

 私は急いで隠しスペースに近づき、その帳簿の一つを手に取りました。開いてみると、そこには公式記録にはない船名、日付、そして大量の貨物の名前と、それが運び込まれた港湾地区の具体的な倉庫番号や場所が記されていました。

 特に目を引いたのは、貨物の種類です。ただの貿易品ではありません。「〇〇保管」「××用資材」といった、何かの目的のために集められていることを示唆する記述が多く、中には「処理体」「生体」といった、およそ通常の貨物とは思えないような不気味な言葉も見られます。それらの荷物が運び込まれた場所は、全て港湾地区の、人目につきにくい倉庫や、地図にも載っていないような地下施設を示す記述ばかりでした。

 間違いない。この港には、公式記録には存在しない「闇の物流」が存在し、大量の不明な貨物が運び込まれ、街のどこかに隠されているのです。その中心にいるのが、エドワルド・アデラルド。彼が隠していたのは、この異常な貨物の流れと、それが運び込まれている場所に関する情報でした。

 これらの貨物が、冴島さんが遭遇した「生きた死体」や、フローリアさんを追っていた異常な存在と無関係だとは思えません。むしろ、これこそが、この街の異常の根源、あるいはそれを維持するために必要な「何か」なのでしょう。

 私は必要な情報を素早く記録し、特に重要な帳簿や書類については、後で冴島さんに報告できるよう、内容を詳細に記憶しました。シュロットは隠しスペースの前で、静かに見張りを続けています。

 証拠は見つけました。これ以上の深追いは危険です。私たちは証拠品を物理的に持ち出すことはせず、全ての書類を元に戻しました。シュロットが再び書架を元の位置に戻すと、壁は再び完璧な姿に戻り、隠し場所があったことなど、誰にも分からないでしょう。

 使命は果たしました。静かに、来た時と同じように、痕跡を一切残さずに、この屋敷から脱出します。この街の闇は、私たちが思っていたよりもずっと具体的な形で、港の地下深くに根を張っているようです。


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