挿話 探偵の休日
窓から差し込む陽の光が、事務所の埃を金色に浮かび上がらせていた。
表の通りから聞こえる鳥たちの声だけが、妙によく聞こえる午後。こんな日に限って、電話……じゃなかった、呼び鈴のひとつも鳴りゃしない。
「……まあ、男は暇でも慌てないもんだ」
口に出してみたが、虚しく響くだけだ。
俺はくたびれたソファに身を預け、足を投げ出した。いつものように、イリスにベッドを譲ったままだから、もうソファの形が俺の体に沿って沈んでやがる。
キィ……と扉が軋んだ音がした。小さな影がそろりと顔を出す。
「冴島さん……おやつ、食べる?」
イリスが、皿に乗ったクッキーを差し出してきた。焼き加減は上々、香ばしい香り。たぶん、シュロットのやつが焼いたんだろう……いや、イリスが習っていたな。
「ああ、ありがとな」
俺がクッキーを一枚取ると、イリスはにこりと笑って、俺の隣にちょこんと座った。子どものくせに、妙に静かで落ち着いてるんだよな、こいつは。
「今日は依頼、ないのね」
「ああ。たまには、こういう日もあるさ。――シュロットは?」
「裏庭で、干してた洗濯物にアイロンかけてる。あと、モーリのブラッシング」
冴えた金色の目が、いたずらっぽく笑う。
「この前、シュロットに“探偵は昼寝も仕事のうち”って教えてたよね?」
……げ。どこで聞いてたんだ、あれ。
「言ったっけか?」
「うん。だから、寝てていいよ」
イリスはそう言って、俺の上にふわりと毛布をかけた。……いつの間に用意してたんだ、まったく。
しょうがねぇな。
男はやせ我慢するもんだ――が、今日は特別ってことで。
「……じゃあ少しだけ、目ぇ閉じさせてもらうか」
目をつぶると、イリスの鼻歌が微かに聞こえてきた。
事件もなく、誰も傷つかず、平穏無事な午後。
俺は、眠りに落ちるギリギリのところで、こう思っていた。
(――たまには、こういうのも悪くない)




