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第五十五話 死者の街に花束を(9)

 朝の空気には、昨日の疲れが微かに残っていた。

 結局、あのまま現場を後にしたが、警備隊が動いた様子はない。

 それとなく確認したが、死体自体が片付けられていた。

 海猫亭の一階。木の床を踏みしめる音と、宿の主の軽やかな鼻歌。それに、パンの焼ける匂い。イリスとシュロット、それに俺。三人で丸テーブルを囲んで、熱いスープをすすっていた。

 ちなみに、シュロットの前には形だけ、コップが置かれているだけだが。

「どうしますか、これから?」

 イリスがスプーンを口に運びながら言った。彼女の瞳には、いつもの好奇心とは違う、どこか張りつめた色が宿っている。無理もない。昨夜の出来事が、俺たちの中に残したものは大きかった。

「死者が歩いている。この街で、堂々と、誰にも気づかれずに」

 俺はそう呟いてから、パンをちぎってスープに浸した。

 エドワルド・アデラルド、あの男。蝋人形のような無機質な顔と、会話の不自然な間。あれは、人間のものじゃない。

 昨日、フローリアという少女と出会ったあの路地裏。追ってきた二人組の異常な動き。奴らも、間違いなく“生者”じゃなかった。

「この街、どこかが腐ってるな。表面だけきれいにして、奥の方では死人が動いてる」

「私もそう思います。異常な雰囲気がこの街にはあります。昨日からずっと、あちこちで感じています」

 イリスの声は静かだったが、確信に満ちていた。俺も頷いた。

「どう動くか、だな。――アデラルド男爵に、あなたの息子は、もう死んでいますと伝えるだけでも依頼は終わる」

「でも、冴島さんは、そういう気は無いんですよね」

「ja」

 二人には、俺の思考はお見通しか。

「やれやれ」

 と、店の音が扉を開けるして、「お、いたいた。あそこだ」と知った声がした。

 二日酔いの亡霊みたいな顔のティナ。そしてリィゼがティナの背中を押しながら、後ろから続いて現れた。リィゼは冴えた目をしていた。

「……ああ、頭が割れそう。あ、お水いただけます?」

 言いながら、俺たちの席に椅子を持ってくる。

「ふふ、なにか面白そうな話をしてるじゃないか。あんたたちだけで楽しんでるのずるいよ」

 リィゼは椅子に崩れ落ちるように座り、パンを手に取ったかと思えば、ぱくりと一口。

「それ、朝食頼んでないけど……まあいいか」

「で? 死人がどうしたって?」

 リィゼが、いたずらっぽく笑いながら言った。

「お前らな……どうやって店に入る前に聞き耳立てた」

「だてにA級冒険者じゃないよ」

 とリィゼがうそぶく。

「でも、私たちにも手伝えることあると思いますよ?」

 ティナがコップを置いて言った。さっきまで二日酔いでぐったりしてたのが嘘みたいだ。

「もう、ギルドに仕事は終わりましたから、冴島さんのお仕事手伝います」

 ――断る理由は、なかった。

「おいおい……」

 いや、本当はあったはずだ。危険だからとか、巻き込みたくないとか。でも、彼女たちの目を見て、それを口に出すのは無粋だと気づいた。

 正直な話、もう彼女らも目をつけられている可能性がある。

「わかった。協力してもらう。ただし、命の保証はない。死人相手に命がけの捜査だ」

 二人はうなずいた。やれやれ……こうなる予感はしていた。

 俺は今分かっていること、経緯を二人に説明し、今後調べるべき点をテーブルの上に並べた。

 一つ、昨日襲ってきた死人――“生きている死体”の正体と、それを操っている黒幕。

 二つ、エドワルド・アデラルド。男爵の息子として振る舞うあの青年は、もはや人間ではない可能性が高い。

 三つ、少女フローリア。彼女もまた、何らかの形で事件に関与している。昨日の逃走劇は、偶然じゃない。

 整理された項目に、皆が沈黙する。朝の食堂に、重たい空気が降りた。

「手分けして調べよう。情報が必要だ。俺たちは探偵だ、足と頭を使って答えを引きずり出す」

 俺はそう告げて、今後の方針を提案した。

「まず、ティナとリィゼ。お前たちには街の住人の様子を見てほしい。死人が多い地区、もしくは過去に大量の死者が出た場所を探ってくれ。死者は目立たずに混ざってる。見分けるには、目と耳と勘が必要だ。期待してる」

「了解。死んでる人間には慣れてるからね」

 リィゼが皮肉っぽく笑った。ティナは苦笑いしながら、スープをすすっていた。

「イリスとシュロットは、エドワルドの執務を探る。奴が何をしているのか、誰と繋がっているのか。死者を使って何かを隠しているはずだ。金か、物か……その両方か」

「わかりました」

「ja」

 イリスは自信満々に胸を張った。隣で、シュロットも軽く頷く。

「俺は……フローリアに会ってくる。あの子は、この街の真実に近い。昨日の様子からしても、何かを知ってる」

 五人の視線が集まった。

「気をつけましょう。相手は死人です」

「もちろんだ。それでも、あの子の瞳は……生きていた。だから、確かめてみたい」

 誰も言葉を返さなかったが、それぞれの目には決意が宿っていた。

 こうして、俺たちは動き出した。

 レクスヴィント。美しき港町。その奥底で、何かが腐っている。

 死人が歩き、生者が沈黙するこの街の闇に、探偵の灯をともすために。

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