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第四十話 冴島の弟子争い(前編)

たびたび、話者が変わってすみません。今回はイリスです。

 午後の陽差しが斜めに事務所の窓から射し込んで、埃の舞い上がる空間に金色の粒を散らしている。穏やかな午後……と呼びたいところだけれど、実際のところはほど遠い。

「師匠! 今日はどんな訓練をしますか!? 俺、昨日のジャブも完璧に仕上げてきましたから!」

 ソファに陣取った見習い冒険者のカイルさんが、まるで勝利宣言のように声を張り上げる。その口調はいつにも増して自信に満ちていて、事務所中にその勢いが響き渡る。

 最近、彼は冴島さんのボクシングに感化され、ピート君と一緒に練習をしている。

「……静かにしてほしいです……」

 思わずつぶやく声は、当然誰の耳にも届かない。私はカウンターの上に積まれた報告書や書類の束と格闘していた。依頼の記録、領収書の分類……いずれも地味だけれど、確実な仕事だ。誰かがやらなければならない。いや、私がやるべきなのだ。冴島さんの正式な助手として。

「……今日こそ、ボクシングの構えを教えてくれるって言ってたのに」

 隅の椅子で足をぶらぶらさせているのは、少年情報屋のピート君。相変わらず冴島さんの視線を追っては、何かのタイミングを狙っている。カイルさんが弟子としての座を主張するなら、ピート君は冴島さんに“弟子兼スパーリングパートナー”として気に入られたい一心らしい。

 ふたりとも、やたらと張り切っているけれど――。

「私は、書類を片付けないと……」

 小さく息を吐いて、ペンを走らせる。そんなときだった。

 カラン、と小さな音を立てて、事務所の扉が開いた。

 そこに立っていたのは、ひとりの若い女性。上質な布地のドレスを着ているけれど、姿勢はかすかに萎縮していて、視線も定まらない。おそらく、あまりこういう場所には慣れていないのだろう。

「す、すみません……こちら、冴島探偵事務所で……間違いないですよね?」

「ようこそ。話を聞きます。こちらへどうぞ」

 冴島さんが席を立ち、彼女を奥のテーブルへと案内する。私はペンを止め、さりげなく耳を澄ませた。……が、カイルさんとピート君のふたりも、明らかに聞き耳を立てているのが目に見えていた。

「私……街の東区で織物商を営んでいる家の娘で、ミレーヌといいます。最近……家の家宝だった首飾りが、忽然と姿を消して……。窓も鍵も壊されていなくて、でも確かに、誰かが持ち出したんです。家の中に、犯人がいるかもしれないなんて……父には、とても言えなくて」

 その話を聞いた瞬間、カイルさんがビクンと反応しました。

「家宝の盗難事件……! 師匠、任せてください。俺の観察眼と鋭い推理で、すぐに犯人を炙り出してみせます!」

 カイルさんの目が、まるで宝物を見つけた冒険者のように輝いていました。

「ふん、俺だってすごい情報仕入れてくるぜ。師匠が必要なこと、なんでも調べてくる! 犯人の隠れ場所だって割り出せるさ! 師匠の右腕になるのは、俺に決まってる!」

 ピート君までがそう言って胸を張りました。

 私の手が、ペンの上でぴたりと止まった。

「……正式な助手は、私なんだけど」

 誰に向けたわけでもない、独り言。けれど、胸の奥にじわりと広がる熱は、彼らの無邪気な自信と対照的だった。

 一番弟子。そんな言葉、くだらないと思っていた。子供の遊びみたいで、張り合う価値もないと、ずっと思っていた。でも……。

 (冴島さんの捜査を冷静に、正確に支える。それが私の役目。私が、この事務所の片腕なんだから)

 私は深く息を吸い、静かに立ち上がった。

「ミレーヌさん。ご依頼の件、冴島探偵が調査にあたります。詳細は私が記録に残しますので、まずは状況を整理させてください。現場の確認や、使用人の配置、盗まれた時刻の前後の動きなども……」

「おお、俺も同行しますよ! 現場百遍って言うしな!」

「俺は街の連中から話を聞いてくる! 犯人の噂がもう出回ってるかも!」

 カイルさんとピート君のふたりが元気よく名乗りを上げるたびに、私の頭が少しずつ痛くなる気がした。

 (落ち着いて。私は私の役目を果たすだけ。冷静に、正確に……)

 カイルさんは、ひたすら行動派です。動きは速いけど、考える前に突っ込んでいく。以前は大変な目に遭いました。

 ピート君は情報収集の腕は確かですが、その信頼性には波がある。街の浮浪児仲間の噂話が、いつも真実とは限らない。

 そして、私は――。

 冴島さんの隣に立ち、彼の捜査を補完するのが私の仕事。彼が持たない魔法の力を、正確に、適切に使う。それが、助手としての私の「矜持」。

「助手争い」なんて、軽い言葉に聞こえるかもしれない。でも……本当に誰かの役に立ちたいと思ったら、自分の立場を守ることもまた、戦いなんだと私は思う。

 冴島さんの傍にいるのは、誰でもいいわけじゃない。

 暴走するカイルさんとピート君に振り回されようとも、私は私の役目を、全うする。

 それが――私の誇りなのだから。

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