第三十四話 手作りお弁当大作戦
――きっかけは、ほんの些細なことだった。
「また冴島の野郎、昼飯抜きで仕事してたぞ」
父さん……じゃなかった、ギルド支部長のバルドがそう呟いたとき、わたしは受付カウンターの書類をまとめながら、ぴくりと反応した。
冴島さんは、わたしのことを「ティナ」と呼ぶ。父さんが「ティナ」より、少し柔らかく、けれど一線を引いたような響き。でも、その声がわたしは好きだった。無口で無愛想で、冗談を言っているのか本気なのかわからないときもあるけれど、困ったときには必ず来てくれる。ギルドの誰よりも冷静で、でも、誰よりも仲間を大事にしてくれる。
その冴島さんが、また昼食も取らずに働いている。きっと今日も、あの古ぼけた事務所で、書類やら証拠品やらと格闘してるんだろう。
気がついたときには、わたしは「お弁当、作って持っていこう」と心に決めていた。
「はあ? あんたが料理? 本気なのかい」
星降るグラス亭の厨房で、わたしの母さん――マルダが目を丸くして言った。そりゃそうだ。普段のわたしは、せいぜい野菜の皮むきくらいしかやらない。火加減も味付けもからっきし。
「お願い、母さん。ちょっとだけでいいから、台所貸して! ちゃんと練習するから!」
「……冴島にかい?」
「な、なんで分かるの!?」
母さんはニヤリと笑って、無言で鍋と包丁を取り出した。
「じゃあ、しっかり教えてやるよ。手を抜いたら承知しないよ」
まずはおにぎりと卵焼き、野菜の煮物に、鶏のから揚げ。これなら弁当箱に詰めやすいし、冷めても美味しい。母さんにそう言われて、わたしはエプロンを締め直した。
だけど、実際にやってみると……まあ、大変だった。
最初の難関は火加減。卵焼きを巻いているうちに焦げ目がついて、母さんに怒られる。
「ティナ! 巻くのが遅い! しかも強火でやるもんじゃないよ!」
それでもなんとか形になった……と思ったら、今度は唐揚げ。下味をつけようとして、つい好奇心で棚の奥にあった「ドラゴンペッパー(超激辛)」を使いそうになり、また叱られた。
「冒険者向けの味付けじゃないんだから!」
そして、厨房の片隅では、いつの間にかモーリ(冴島さんの三毛猫)が入り込んでいて、煮物のお皿を狙ってチョロチョロしている。
「コラーッ! モーリ、それはダメーッ!」
もうてんやわんやだった。
そこへ現れたのが、イリスちゃん。事務所での雑用が片付いたらしく、手伝いに来てくれた。
「ティナさん、こちらは私がやりますから、おにぎりを握ってください」
イリスちゃんの手際は見事だった。煮物の味を確かめる指先の動き、油の温度を確かめる目線、卵焼きの巻き方――どれも迷いがない。わたしは思わず、自分の握ったいびつなおにぎりを見下ろして、肩を落とした。
(やっぱり、わたしなんかじゃ……)
でも、すぐにイリスちゃんが、そっと笑いかけてくれた。
「でも、冴島さんは、ティナさんが作ったってだけで喜ぶと思いますよ」
……そうだ。うまくなくたって、失敗だって、気持ちはきっと伝わる。わたしは、もう一度おにぎりを握った。
完成したお弁当は、正直に言えば、見た目はちょっと……いや、かなり不格好だった。卵焼きは厚みがバラバラだし、煮物の色合いも不揃い。おにぎりなんて、三角形になってない。
でも、わたしの気持ちはちゃんと詰まってる――そう思いながら、事務所の前まで来たところで。
階段で、思いっきりつまずいた。
「わっ……危ない!」
弁当箱は、なんとか死守。膝を打ったけど、無事。
ドアノブに手をかけたとき、指が小刻みに震えていた。なんだろう、この緊張。まるで告白でもするみたい。
ゆっくりドアを開けると、冴島さんが机で書類を読んでいた。
「……ん? ティナ?」
顔を上げた冴島さんの視線に、わたしの心臓は跳ね上がった。
「こ、これっ……! あの……えと……ひ、昼ご飯、ちゃんと食べてないって、父さんが……」
「……ん?」
「ち、違う! そうじゃなくて、あの、わたしが……つ、作ったの! お弁当っ!」
声が裏返った。顔が真っ赤になった。
でも、冴島さんは特に驚いた風もなく、「ふぅん」と呟いて、お弁当を受け取ってくれた。
「ティナちゃんの弁当か。これはまた珍しいもんだな、ありがとう」
なんだか、嬉しいんだか、そうでもないんだか。わたしは赤面したまま、「じゃ、じゃあね!」と逃げるように事務所を飛び出した。
その数十分後。
事務所で弁当を開けた冴島は、一口食べて……しばらく固まった。
卵焼きは、外は焦げ気味、中はちょっと半熟すぎる。煮物は味が染みきってない。唐揚げには、どういうわけか、うっすらとドラゴンペッパーの風味が残っていた。
「……あいつ、マジか……?」。
ちょうどその頃、隣の冒険者ギルドからバルドがふらりと顔を出した。
「おい冴島、ティナが帰ってこねぇから見にきたんだが……なんだ、飯食ってんのか?」
「ああ。……差し入れだ」
「ふーん。なんかうまそうだな、その卵焼き一個くれ」
「やめとけ」
「いいって一個ぐらい……あぐっ! な、なんだこの味!? しょっぱいのに甘いっていうか……飲み物! 水!」
バルドは顔を真っ赤にして飛び出していった。
冴島は一人残って、空になった弁当箱を見下ろした。
口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
「……ま、悪くねえよな」
そのころ、わたしは星降るグラス亭の厨房で、ひとり頭を抱えていた。
「はあああ……美味しかったかな……まずかったかな……なんか変な顔してた気がする……」
思い出すたび、胸がきゅっとなった。
でも、もし、少しでも美味しいと思ってくれてたなら――
また作ってみても、いいかな……なんて。




