表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/83

第三話 瞳と賭けと冒険者

 午前の捜査を終えて、いつものように酒場「星降るグラス亭」の階段を上り、俺は探偵事務所の扉を開けた。

 中から聞こえてきたのは、やけに明るい笑い声。

「それでね、イリスちゃん、四つ角の赤い看板のお菓子屋さんのクッキー、知ってる?」

「んー……噂だけ。おいしそうだよね」

 来客用のテーブルにはシュロットが用意した香り良い紅茶と、これもシュロットが作ったサンドイッチ。

 それを挟んでイリスとギルドの受付嬢ティナが女子トークに花を咲かせていた。

「やれやれ……」

 俺はジャケットを脱ぎ、壁に掛けてあった中折れ帽を置く。

 自分の席に座ると、俺もサンドイッチをひと口齧りながら、机に午前の捜査資料を広げた。

 この街の冒険者ギルドは、俺の事務所の隣の建物だ。

 探偵稼業を営む身として、正直ありがたくもあり、面倒でもある。

 冒険者と探偵は、似て非なる仕事だ。

 が、この異世界ではその境界線が曖昧だ。遺失物捜索や人探しは俺の仕事であり、冒険者の仕事でもある。

 結果として、冒険者ギルドからしてみれば、縄張りに踏み込んでると見なされてるわけだ。

「……おい、ティナ。おまえ昨日も来てなかったか?」

「うふふ、冴島さん。たまには私にも癒しが必要なんです~」

「俺は構わんが……あんまり遅くなると、ギルドマスターがお冠になるぜ」

 地図にポイントや情報を書き込みながら、ティナに言う。

「――えっ、もう、こんな時間? うーん……確かにヤバイかも」

 ティナが照れたように頬をかく。笑ってるが、どこか吹っ切れたような感じもあった。そうか、こいつもあの筋肉オヤジにうんざりしてるんだな。

 ――と、まるでタイミングを見計らったかのように、事務所の扉が乱暴に開け放たれた。

「ティナ、昼休みはもうとっくに終わってるぞ! カウンターに列ができてる!」

 入ってきたのは案の定、ギルドマスター・バルド。

 筋骨隆々の体格に、武器と防具さえ持てば今からでも戦場に行けそうな実戦的な格好。顔は見事なハゲで濃い口ひげをたくわえている。

「だいたい、なんでこんなもぐりの事務所に――」

「なんじゃクソおやじ! たまには私にも息抜きくらい!」

「おまえなぁ……!」

 親子喧嘩のような口論が始まる。実際、二人は親子だ。

 俺は眉ひとつ動かさず、資料をめくる手を止めない。

 ティナは肩を怒らせながら立ち上がり、出て行く間際、俺に笑いかけた。ていねいに手を振って。

「冴島さん! 私、お子さんがいても――イリスちゃんとも仲良くやっていけます!」

「……ちげえ!」

 俺は声を大にして否定したが、イリスはくすくす笑っていた。


  *  *  *


 午後になり、俺は街へと再び足を運んだ。

 捜索対象は、ある貴族の邸から盗まれた宝石「スレフィアの瞳」。青い霧がかった希少石で、魔力の蓄積効果があるとかなんとか……貴族どもの見栄と欲が詰まったガラクタにしか思えんが、依頼は依頼だ。

 情報屋のライラや、故買屋のローディンなどを巡っているうちに、何度か同じ顔と鉢合わせた。

「……リィゼ、なんか捜索のクエストか?」

「あん? もしかして同じ〈瞳〉かい?」

 口元を吊り上げたのは、A級冒険者・リィゼ。赤く長いポニーテールを揺らしながら、こちらを見下ろしてくる。

 この街でもソロの女冒険者は珍しい。そのうえA級。彼女は野生動物を思わせるように、いつも隙が無い。

「こりゃ、競争だね」

「たかが盗難だぜ。A級冒険者が乗り出す仕事か?」

「何分、ご指名でね。上の方から」

 つまり、貴族のツテか。面白くなってきた。

 軽口を叩き合ってから、俺たちはそれぞれ街へと散った。

 そこから二日。足を使って地道に調べた結果、盗賊団のアジトが郊外の廃教会であると割り出した。どうせ一筋縄ではいかないだろうと踏んで、今回はシュロットも同行させることにした。

「イリス、留守番頼む。モーリのエサも忘れんなよ」

「うん。気をつけて、冴島さん」

 事務所を後にして、廃教会の裏手に差しかかった時だった。風に紛れて、草を踏む軽やかな足音。

「……やっぱりね。あんたも仕事が早い」

「おまえもな、リィゼ」

 まさか、同じタイミングで突き止めるとはな。これは完全にライバル認定だ。

「ああそうだ、シュロット……忘れてた」

 小声でシュロットに言った。

「ギルドマスターがリィゼに小言があるらしい。悪いが、リィゼを冒険者ギルドまで連れてってくれ」

「ja」

「は?」

 シュロットがリィゼに向かう。

「おい、こら冴島、それって――」

「du」

 あっさりと、シュロットはリィゼを肩に担ぎ上げた。

 ほぼ物理、魔法攻撃を受け付けないシュロットに、リィゼの抵抗は効かない。

「ちょ、おい! 卑怯だぞ、コラあああ!」

 遠ざかる声を背中に手を振りながら、俺はアジトの中へと足を踏み入れた。

 盗賊共は、六人。隠れるつもりもないのか、焚き火を囲んで賭け事に興じていた。

 俺はひとつ、深く息を吐いた。

 ――さあ、おっぱじめるか。

 中指の魔導リングが淡く光を放ち、拳に魔力が集束する。

 やっと気づいた盗賊たちが、俺を見る。

「……すまないが野暮用だ。預かってもらってた物を回収に来た」

 --マグナムパンチ!

 その一撃で、焚き火もろとも連中を吹き飛ばし、中央の木箱から目的の「スレフィアの瞳」を回収した。


   *  *  *


 依頼者である貴族の屋敷に到着した時には、日はとっぷりと暮れていた。

 俺は豪華で分厚いテーブルの上に、回収した宝石を無造作に置いた。

「これは……間違いありません。有難うございます、冴島さん。完璧だ」

「そうか」

 次の瞬間、拳を握り、テーブルの中央を狙って――

 ――ドンッ!

 <マグナムパンチ>。分厚い木材が真っ二つに割れ、貴族の目が見開かれた。

「最後に一言。今後、探偵や冒険者を賭けの対象にするな」

「……!」

 そう、こいつは盗難事件をダシに、他の貴族たちと『どっちが先に見つけるか』なんて賭けをしてやがった。

「報酬は倍額だな。……賭け金、儲かったんだろ」


 事務所に戻った頃には、シュロットとリィゼが腕を組んで仁王立ちしていた。

「おい、冴島!」「nein!」

 リィゼはともかく、シュロットが怒っている。珍しい。

 俺は右手に持っていたものをシュロットに渡した。

「ほら、新しいブラシ。もうあのボロはダメになってただろ」

「ja」

 渡すと、シュロットはとたんに機嫌を直したのか、ブラシをチェックして掃除を開始する。口笛を吹きそうな勢いだ。

「無視するな冴島、あれは卑怯だぞ!」

「わかってるって。だから、今夜は奢る。祝杯だ。賭けは――俺たちの勝ちだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ