第三話 瞳と賭けと冒険者
午前の捜査を終えて、いつものように酒場「星降るグラス亭」の階段を上り、俺は探偵事務所の扉を開けた。
中から聞こえてきたのは、やけに明るい笑い声。
「それでね、イリスちゃん、四つ角の赤い看板のお菓子屋さんのクッキー、知ってる?」
「んー……噂だけ。おいしそうだよね」
来客用のテーブルにはシュロットが用意した香り良い紅茶と、これもシュロットが作ったサンドイッチ。
それを挟んでイリスとギルドの受付嬢ティナが女子トークに花を咲かせていた。
「やれやれ……」
俺はジャケットを脱ぎ、壁に掛けてあった中折れ帽を置く。
自分の席に座ると、俺もサンドイッチをひと口齧りながら、机に午前の捜査資料を広げた。
この街の冒険者ギルドは、俺の事務所の隣の建物だ。
探偵稼業を営む身として、正直ありがたくもあり、面倒でもある。
冒険者と探偵は、似て非なる仕事だ。
が、この異世界ではその境界線が曖昧だ。遺失物捜索や人探しは俺の仕事であり、冒険者の仕事でもある。
結果として、冒険者ギルドからしてみれば、縄張りに踏み込んでると見なされてるわけだ。
「……おい、ティナ。おまえ昨日も来てなかったか?」
「うふふ、冴島さん。たまには私にも癒しが必要なんです~」
「俺は構わんが……あんまり遅くなると、ギルドマスターがお冠になるぜ」
地図にポイントや情報を書き込みながら、ティナに言う。
「――えっ、もう、こんな時間? うーん……確かにヤバイかも」
ティナが照れたように頬をかく。笑ってるが、どこか吹っ切れたような感じもあった。そうか、こいつもあの筋肉オヤジにうんざりしてるんだな。
――と、まるでタイミングを見計らったかのように、事務所の扉が乱暴に開け放たれた。
「ティナ、昼休みはもうとっくに終わってるぞ! カウンターに列ができてる!」
入ってきたのは案の定、ギルドマスター・バルド。
筋骨隆々の体格に、武器と防具さえ持てば今からでも戦場に行けそうな実戦的な格好。顔は見事なハゲで濃い口ひげをたくわえている。
「だいたい、なんでこんなもぐりの事務所に――」
「なんじゃクソおやじ! たまには私にも息抜きくらい!」
「おまえなぁ……!」
親子喧嘩のような口論が始まる。実際、二人は親子だ。
俺は眉ひとつ動かさず、資料をめくる手を止めない。
ティナは肩を怒らせながら立ち上がり、出て行く間際、俺に笑いかけた。ていねいに手を振って。
「冴島さん! 私、お子さんがいても――イリスちゃんとも仲良くやっていけます!」
「……ちげえ!」
俺は声を大にして否定したが、イリスはくすくす笑っていた。
* * *
午後になり、俺は街へと再び足を運んだ。
捜索対象は、ある貴族の邸から盗まれた宝石「スレフィアの瞳」。青い霧がかった希少石で、魔力の蓄積効果があるとかなんとか……貴族どもの見栄と欲が詰まったガラクタにしか思えんが、依頼は依頼だ。
情報屋のライラや、故買屋のローディンなどを巡っているうちに、何度か同じ顔と鉢合わせた。
「……リィゼ、なんか捜索のクエストか?」
「あん? もしかして同じ〈瞳〉かい?」
口元を吊り上げたのは、A級冒険者・リィゼ。赤く長いポニーテールを揺らしながら、こちらを見下ろしてくる。
この街でもソロの女冒険者は珍しい。そのうえA級。彼女は野生動物を思わせるように、いつも隙が無い。
「こりゃ、競争だね」
「たかが盗難だぜ。A級冒険者が乗り出す仕事か?」
「何分、ご指名でね。上の方から」
つまり、貴族のツテか。面白くなってきた。
軽口を叩き合ってから、俺たちはそれぞれ街へと散った。
そこから二日。足を使って地道に調べた結果、盗賊団のアジトが郊外の廃教会であると割り出した。どうせ一筋縄ではいかないだろうと踏んで、今回はシュロットも同行させることにした。
「イリス、留守番頼む。モーリのエサも忘れんなよ」
「うん。気をつけて、冴島さん」
事務所を後にして、廃教会の裏手に差しかかった時だった。風に紛れて、草を踏む軽やかな足音。
「……やっぱりね。あんたも仕事が早い」
「おまえもな、リィゼ」
まさか、同じタイミングで突き止めるとはな。これは完全にライバル認定だ。
「ああそうだ、シュロット……忘れてた」
小声でシュロットに言った。
「ギルドマスターがリィゼに小言があるらしい。悪いが、リィゼを冒険者ギルドまで連れてってくれ」
「ja」
「は?」
シュロットがリィゼに向かう。
「おい、こら冴島、それって――」
「du」
あっさりと、シュロットはリィゼを肩に担ぎ上げた。
ほぼ物理、魔法攻撃を受け付けないシュロットに、リィゼの抵抗は効かない。
「ちょ、おい! 卑怯だぞ、コラあああ!」
遠ざかる声を背中に手を振りながら、俺はアジトの中へと足を踏み入れた。
盗賊共は、六人。隠れるつもりもないのか、焚き火を囲んで賭け事に興じていた。
俺はひとつ、深く息を吐いた。
――さあ、おっぱじめるか。
中指の魔導リングが淡く光を放ち、拳に魔力が集束する。
やっと気づいた盗賊たちが、俺を見る。
「……すまないが野暮用だ。預かってもらってた物を回収に来た」
--マグナムパンチ!
その一撃で、焚き火もろとも連中を吹き飛ばし、中央の木箱から目的の「スレフィアの瞳」を回収した。
* * *
依頼者である貴族の屋敷に到着した時には、日はとっぷりと暮れていた。
俺は豪華で分厚いテーブルの上に、回収した宝石を無造作に置いた。
「これは……間違いありません。有難うございます、冴島さん。完璧だ」
「そうか」
次の瞬間、拳を握り、テーブルの中央を狙って――
――ドンッ!
<マグナムパンチ>。分厚い木材が真っ二つに割れ、貴族の目が見開かれた。
「最後に一言。今後、探偵や冒険者を賭けの対象にするな」
「……!」
そう、こいつは盗難事件をダシに、他の貴族たちと『どっちが先に見つけるか』なんて賭けをしてやがった。
「報酬は倍額だな。……賭け金、儲かったんだろ」
事務所に戻った頃には、シュロットとリィゼが腕を組んで仁王立ちしていた。
「おい、冴島!」「nein!」
リィゼはともかく、シュロットが怒っている。珍しい。
俺は右手に持っていたものをシュロットに渡した。
「ほら、新しいブラシ。もうあのボロはダメになってただろ」
「ja」
渡すと、シュロットはとたんに機嫌を直したのか、ブラシをチェックして掃除を開始する。口笛を吹きそうな勢いだ。
「無視するな冴島、あれは卑怯だぞ!」
「わかってるって。だから、今夜は奢る。祝杯だ。賭けは――俺たちの勝ちだ」




