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第二十二話 探偵は死なない(14)

 俺たちの前に、瓦礫と崩壊した魔石のかけらが広がっている。だが、それは“終わった”という証でもあった。

 ようやく、終わったのだ。この事件が。

 そして――。

「……これで、“黒ノ記章”の呪いも終わったってわけか」

 残った魔石の欠片が、風に乗って音もなく砕けた。

 探偵の仕事に、派手な演出はいらない。けれど、たまにはこんなフィナーレも悪くない。

「さて……あとは、後始末だな」

 俺は立ち上がり、歩き出した。振り返ると、イリスとシュロットがしっかりと後をついてくる。バルドとリィゼ、ガロも並び立ち、地下の薄明かりの中、出口へと向かっていく。

終わってみれば、俺の身体にはまだいくつかの傷がうずいていた。だが、どうやら生きて帰ってこれたらしい。それが何よりの成果だ。

 まあ、誰に感謝するかと問われれば、迷わず答える。命がけで庇ってくれたイリスと、黙って背を預けられるシュロットに――だ。


 にもかかわらず。

「バカヤロウ!!」

「貴様ァ、死にてえのか!!」

「冴島さんの――ばかっ!!」

「うう……ほんっとにもう、心配したのよっ!」

 事務所に戻って最初に浴びたのは、拍手でも歓声でもなく、怒号と泣き声のミックスだった。

 バルドとガロの拳が机を割る勢いで振り下ろされ、ティナとマルダがわんわん泣きながら、俺の胸ぐらを掴んで揺らす。こういうとき、立場的に「黙ってるしかない」ってのは辛いもんだな……。

 バルドの声は腹の底から響いていた。

「お前な、てめえ一人で全部抱えて、いつかは勝手に死ぬつもりか!? 俺はな、そういう無茶をした奴を何人も見送ってきたんだよ!」

 ガロは静かに、それでも厳しい口調で続けた。

「貴様の死体が上がれば、警備隊として責任を問われるんだ。お前がいなくなって誰があの瘴気に抗う? 法と秩序は、愚か者の蛮勇では守れんぞ」

 イリスが俺の背後で小さく息を飲んだ気配があった。気まずそうにしていた俺に代わって、彼女がそっと言葉を差し挟んだ。

「すみません。あの時、本当のことをお話しできず……でも、冴島さんのために、そうしたのです」

「わかってるさ!」

 怒鳴ったのはバルドだったが、その顔には涙が滲んでいた。

「だがな、わかってても許せねぇんだよ……一人で全部背負おうとするヤツってのはな!」

……どうにも、こっちはやり切ったつもりでも、そう簡単に許してはもらえないらしい。結局のところ、命ってのは、俺だけのもんじゃないってことだ。痛いほど、わかった。


  *  *  *


 その翌日。冴島探偵事務所は、例外的に一日だけの“臨時休業”を取った。

 うちが休みを取るのは珍しい。珍しすぎて、噂好きの奴らが玄関前に集まってきたぐらいだ。

 だが――今日という朝は、何もなかったかのように、また訪れる。

 邪神教団の残党たちは、ガロたち警備隊により拘束された。だが翌朝、そのほとんどが狂ったように壁を掻きむしり、意味不明の言葉を口走った末に……息絶えた。

 魔術でも毒でもない。まるで、魂の奥底から何かを喰われたかのように。

 記章は封じたはずだった。だが、教団の背後にある“何か”は、まだこの世界に爪を残しているのかもしれない。

 そのとき、俺の胸に広がったのは勝利の高揚じゃない。ただ、冷えた石を呑み込んだような、重たい不安だった。

 もう一つ、イリスが話したことが気にかかる。彼女が言うには衝撃の指輪〜最近はマグナムリングと呼んでいる〜の使い方は本来の使い方では無いのではないか、とのことだ。武器ではなく増幅器や起動スイッチのような……。

「……まだ終わってない」

 そんな言葉が、知らず口を突いていた。


 カン、カン、と。

 金属が食器に当たる乾いた音で、俺は目を覚ました。

 寝台の横で、シュロットが朝食の支度をしている。人間のように眠る必要がない彼は、いつも朝の支度を完璧に済ませている。顔を拭く布まで、俺の枕元に丁寧に折られていた。

「……おはよう、シュロット」

「ja」

 イリスの小さな足音が廊下から聞こえる。今日も金色の髪はきちんと編まれていて、スカートの裾がふわりと揺れていた。

「おはようございます、冴島さん。今日は……パンと、野菜スープです。昨日、マルダさんから野菜をいただいて」

「いいね。胃に優しそうだ」

「はい。それに美味しいです」

 イリスが笑って言う。膝の上では三毛猫のモーリが丸くなり、しっぽを揺らしていた。

 俺は依頼書を取り、表紙をめくる。平穏な朝だった。教団騒ぎの件は伏せられ、ただ『警備隊が深夜に不審者を一斉検挙』とだけあった。

 まったく、ガロは“やり手”すぎて怖い。

「イリス、シュロット。出るぞ。今日から働かにゃ、パン代も稼げん」

「はい!」

「ja」

 冴島探偵事務所。本日もそろそろ開店だ。

長い話、お付き合いありがとうございます。

次回から短編に戻ります

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