第二十一話 探偵は死なない(13)
少し前のことだ。俺は教団の使徒に変装し、この施設に忍び込んでいた。イリスとシュロットが騒ぎを起こしていた裏で、魔導装置に細工を施した。爆薬の設置と、魔石の一部すり替え。すべては“御使い”の召喚を偽装するため。
「冴島さん……お帰りなさい」
「ただいま。手間かけたな」
「貴様、! この私を愚弄して……!」
ドロクレスの魔力が頂点に達する。
だが、その瞬間。
「――マグナムパンチ!」
渾身の一撃が、俺の拳からドロクレスの顔面へと炸裂した。彼の身体は空中に浮かび、奥の柱へと叩きつけられた。くぐもった音を立てて崩れ落ちたその体は、微動だにしない。
……静寂が訪れる。
「……まったく、お騒がせな依頼だったぜ」
俺は背広を整えながら、あたりを見回した。
リィゼ、バルド、ガロがようやく動き出す。立ち上がり、こちらへと歩み寄ってきた。三者三様に、怒り、安堵、呆れといった表情を浮かべている。
「イリスに助太刀、ありがとうな。……てか、おやっさん、依頼人自ら出張っちゃ、意味ないじゃないか」
「冴島ぁっ!」
「このアホ探偵が!」
「お前ってやつはァァァ!」
三人の怒号が、見事にハモった。
「ははっ……悪い悪い。ちょっとだけ、予定が狂っただけさ」
「ふざけんな!」
バルドが俺の胸ぐらを掴んできた。鼻息が荒い。横からリィゼがそれを引き剥がし、さらにガロが苦笑を浮かべる。
「冴島。……生きててくれて、良かったけどさ」
「全く……この探偵って奴は!」
リィゼがぼやく。
俺は肩を竦め、イリスの頭を軽く撫でた。彼女は顔を紅くして、視線を逸らす。
「イリス、シュロット。二人とも……本当に、よくやったな」
「冴島さんこそ……っ、もう、無茶ばっかりなんですから……!」
「ja」
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あの時、俺が死にかけた時のことだった。
「動かないでください……!すぐに治癒を……!」
「……無理だ、イリス」
俺は彼女の手を制して、指から指輪を抜いた。
「お前が、これを持って……。これが……こいつが、鍵になる」
「え……?」
イリスの表情が曇った。
「このリングは、……魔力、を集中するものだ。お前、なら分かるだろう?この状態の……俺じゃ、記章に魔力を吸われて身動きすらできねぇ。だが……この魔石、を……ピンポイントで破壊できれば……」
「ま、待ってください!そんな、冴島さんの身体に埋め込まれてる魔石を、わたしが撃つなんて……失敗したら――」
「失敗なんて、考えるな」
俺は彼女の手を強く握った。
「俺は、お前を信じてる。だから信じろ。……相棒」
言い終えた瞬間、視界が暗くなりかけた。意識が途切れかける。そのぎりぎりの縁で、イリスの震える唇がかすかに動いたのが見えた。
「……はい」
彼女は指輪を手に取り、光を帯びさせる。掌に魔力が集まっていくのが、皮膚越しに伝わってきた。彼女の拳が、確かに震えていた。それでも――躊躇わず、振りかぶった。
「冴島さん……っ、いきます!」
《マグナムパンチ》。彼女の必殺の一撃が、俺の胸にある記章を撃ち抜いた。
痛みはなかった。ただ、胸の奥に渦巻いていた異質な存在が、一瞬にして霧散したのを感じた。魔石が砕け、黒い文様が焼き切れたように消えていく。すぐに、あたたかな光が全身を包み込んだ。イリスの治癒魔法だった。
俺はゆっくりと身体を起こし、己の手を見つめる。しびれも、痛みもない。完全に癒えている。さあ、ここからが本番だった。
「やつらは、俺が死んだと思い込んでる。なら、利用しない手はない。その指輪は俺が死んだ証に、イリスが持っていてくれ」
「……え?」
「死んだことにして、俺は姿を消す。単独で動いた方が、かえって尻尾を掴みやすい。表立ってると、奴らは警戒して出てこねぇ」
イリスは黙っていた。だが、その瞳は理解していた。俺が何をしようとしているのか。そして――自分がどう動くべきかを。
「俺がいなくなっても、頼れる奴がいるだろ。シュロットを呼べ」




