第十八話 探偵は死なない(10)
視点が色々変わってすみません。リィゼ視点です。
あたしは、イリスの小さな背中を見つめていた。
金色の髪を編み込み、まっすぐな瞳でこちらを見返す 少女――信じられないくらい幼いその顔に、誰よりも覚悟が宿っていた。
「イリス。あたしも行くよ。冴島の敵討ちなら、尚更ね」
「ああ、俺もだ。女の子ふたりに任せておけるかってんだ」
バルドとガロが、あたしの声に続くように声を上げる。まったく、気が合うのか合わないのか、分からないふたりだ。
イリスは静かに首を振った。
「私とシュロットだけで充分です。冴島さんと、そう決めました」
イリスの声は静かだったが、断固としていた。
その横に立つシュロットは、機械仕掛けの身体を軋ませながら無言で立ち尽くしている。いや、彼にとってはこれが“イリスに同意”の意思表示だ。
「――って、あんた、それ本気で言ってんの?」
あたしは眉をひそめた。こっちは仲間をひとり失って怒りが収まらない状態だってのに。
「冴島さんの敵を討ちに行くのよね? だったら、あたし達の力が必要でしょう?」
「冴島がいねぇからって、てめえらで突っ走るのは、ガキのやることだ。イリス、お前は頭はいいが、判断が冷たすぎる」
バルドの咆哮にイリスの肩がわずかに震えた。
だが、それでも彼女は視線を逸らさなかった。
「それでも……冴島さんとの約束なんです」
かすかな声が、呟きのように漏れる。
その横で、シュロットが小さく――だがはっきりと声を発した。
「du……ja」
イリスがシュロットに何かを小声で告げる。その内容は聞き取れなかったが、彼のくすんだレンズの光が、わずかに揺れた。
「なにブツブツやってんだか知らねぇが、もう決めたことだ。俺も行く。邪魔するならお前ごと殴り倒す」
「お前、脳筋にもほどがあるぞ。リィゼもだが、まずは頭を冷やせ」
「はあ? お前にだけは言われたくねえさ、ガロ!」
「……はあ。ほんとに、あんたらってやつは……」
あたしは嘆息しながら、イリスの肩に手を置いた。彼女の身体がぴくりと震える。
「イリス。……冴島のこと、あたし達だって大事なんだよ。だから、置いていかないで」
しばらくの沈黙の後、イリスは小さく息を吐いた。
「……分かりました。では、皆さんも一緒に」
それは、渋々ではあったが、妥協の言葉だった。けれど、それで充分だった。
あたし達は、共に戦う覚悟を持っていた。
イリスの案内で辿り着いたのは、街の裏手にある山肌の陰――誰も寄りつかない湿った崖地だった。見た目にはただの岩場。しかし、イリスの指が空間をなぞると、そこに歪みが現れた。
「……幻影魔法。よく隠したもんだな」
バルドがうなる。
隠された扉の奥に広がっていたのは、まるで廃坑のようなじめじめした通路。空気が重く、魔力の澱んだ匂いが鼻を突く。
「おそらく、この先です。しばらく行けば、神堂に通じるはずです」
イリスの言葉に、皆が頷いた。
奥へ進むと、光が差し込むようにして、人工的な壁、扉が見えた。
「行くぞ!」
バルドが吼え、蹴りで扉をこじ開ける。
次の瞬間、あたしの魔法が火花を散らした。
「《爆炎奔流》!」
紅蓮の奔流が扉の向こうへと流れ込み、向こう側にいた何人かの邪教徒が炎に包まれる悲鳴が聞こえる。
「突入!」
叫ぶ間もなく、全員が駆け込む。
数は、ざっと二十人。
剣を構えた使徒たちに混じって、四足の影――ヘルハウンドだ。目の前で、牙を剥いて火炎を吐いた。
「うわっと、危ない……ッ!」
反射的に飛び退き、真横にいたイリスが詠唱もなく光を生む。
「《聖盾障壁》!」
光の盾がブレスを遮る。ブレスが止んだ瞬間、ガロが斧を振りかざして突っ込んでいった。
「おらあああッ!!」
返す刀でバルドがフォローに入る。
「てめぇは突っ込みすぎなんだよ、ガロ!」
「うるさい! おまえが遅いだけだろうが!」
お互い罵声を飛ばしながらも、動きはまるで長年のコンビのようだった。
背中合わせに敵を払っていく様子には、思わず感嘆してしまう。
一方、イリスとシュロットの動きも異様だった。
まるで、事前に打ち合わせたかのように――いや、もしかすると本当にそうだったのかもしれない。イリスが後方から冷静に指示し魔法で援護し、シュロットがそれを実行する。斧を持った男が飛びかかると、彼の拳が鈍い音を立てて炸裂した。
「ich」
鉄拳ひとつで、魔獣を床に叩き伏せる。まるで、あの巨体が舞うようにすら見える。
あたしも負けてはいられない。
「……《疾火連刃》!」
炎の刃を纏い、敵の間を駆ける。刃の輝きが残像を残すたびに、敵の数が減っていく。
炎の魔法と剣術を組み合わせた、あたしの十八番――どこぞの神官も逃げ出す威力だ。
「くっ、強い……!」
誰かがそう漏らした。そりゃそうだ、こっちは即席とはいえ、エース級の連中ばかりだ。
「リィゼさん、右にヘルハウンドが!」
イリスの声に反応して、瞬時に反転、火炎をかわしながら剣を突き出す。
「悪いけど、吠えすぎる犬は嫌いだ!」
剣先が火花を散らし、ヘルハウンドが崩れ落ちた。
ふと視線を上げると、バルドとガロが、教団の魔導師相手に前線を維持していた。互いに罵り合いながらも、背中を預け合うその姿は、まるで長年の戦友のようだ。
「誰が援護しろっつった! そこどけ、てめえが邪魔だ!」
「そっちこそ目ぇ開けろ! 鈍ってるんじゃねぇか!」
「……あんたら、最高にうるさいけど、最高に頼もしいわ」
あたしは微笑んだ。
冴島、あんたのいない戦いだけど――あんたの友だち、すごいよ。誰もが命を懸けて、あんたの敵を倒しに来てる。
そして――この先に、あんたが残した“鍵”がある。
あたしは剣を握り直し、奥の神殿の扉を見据えた。
「さあ、行こう。終わらせるために」




