第十六話 探偵は死なない(8)
ギルドを出て、あたしたちは駆け出した。
濡れた石畳、薄曇りの空、ざわつく風。街の空気が、何かを知らせようとしているようだった。数ブロック先――その時だった。
――ドォン!!
爆炎が、街の一角を赤く染めた。轟音と共に吹き上がる煙。あたしたちは顔を見合わせ、叫ぶ間もなく走り出した。
現場にたどり着いた時――そこにいたのは。
「イリス……!」
爆炎の余韻の中、全身が煤けて、衣の一部が焦げている。だが、それ以上に、その目が、心が、空虚だった。
放心したようにうずくまり、肩を震わせるイリス。彼女はあたしを見ると、何かを探すように視線を巡らせ、そして――
「シュロット……」
機械の身体に、少女がしがみつく。震える声が、絞り出されるように漏れる。
「冴島さんが……冴島さんが、刺されて……」
「……du……?」
その電子音声は無機質だったが、そこに感じたのは確かに“問い”だった。
イリスは唇を噛みしめ、首を振る。
沈黙。機械のボディがわずかに震え、赤い光のレンズが揺れる。
「……ich……du……ich……」
意味をなさない繰り返し。
思考回路が暴走している――そう感じた。シュロットの手が宙をまさぐるように揺れ、内部から微かな火花が散る。
「ich……nein……ich……du……ich……nein……」
否定の言葉が混じった瞬間、イリスの胸に痛みが走る。シュロットの発話は、それ以上にはならなかった。だが確かに彼は、“拒絶”していた。何かを、認めたくないと。
イリスは彼の腕に手を添え、ぎゅっと握った。涙を滲ませながら、言葉を紡ぐ。
「シュロット」
イリスはシュロットに小さくつぶやいた。
静寂が落ちた。
しばらくの後、ぎい、と軋んだ動作音と共に、シュロットが首を縦に振った。
「ja……du……ich」
その音声は、無感情なはずなのに、どこか優しく響いた。
イリスはシュロットから離れると、静かな顔でうなづいた。
「それで、……冴島は?」
あたしの問いには答えず、彼女は懐から取り出したのは――冴島が常に嵌めていたリングだった。
その指輪を見た瞬間、誰もが言葉を失った。
バルドが拳を震わせ、ガロが歯を食いしばる。あたしも、胸を押しつぶされるような感覚に襲われた。
「……まさか、あいつが死ぬわけないだろ……っ」
声を漏らしたのは、ガロだった。
続けて、バルドが低くうなるように言った。
「冴島……あの野郎が、そう簡単にやられるもんか……! だが……!」
冴島が、いなくなった――
その現実が、音もなく、けれど確実に、あたしたちの世界を変えた。
だが。
終わりなんかじゃない。冴島がいなくなっても、あいつの“やり残したもの”は、ここに残っている。
「……やるよ、あたしは」
あたしは小さく呟いた。
「冴島のぶんまで、あんたの敵、ぶっ潰すよ。必ず」
イリスが、少しだけ顔を上げた。嫌々をするように首を振った。
それでいい。今はそれで。
あたしたちは、冴島の“意志”を受け継いだ。
この指輪が、その証だ。
たとえ冴島が倒れても、この物語は、終わらせない。
――冴島。あたしが、必ず、あんたの仇を取る。




