第十五話 探偵は死なない(7)
ギルドの扉を開けると、目に飛び込んできたのは、いつもと変わらない風景だった。受付カウンターに立つティナの姿、依頼書をめくる冒険者たちのざわめき。だが、あたしの胸の中は、荒れ狂う嵐だった。
「ティナ、話がある」
カウンター越しに声をかけると、ティナが顔を上げた。その瞳が、あたしの隣に立つシュロットを見て、不安げに揺れる。
「リィゼさん……その、シュロットさん……冴島さんは……?」
その問いに答える言葉が見つからず、ただ唇を噛みしめる。無言のあたしたちの様子から何かを察したのか、ティナの顔が見る見るうちに青ざめていった。
「まさか……何かあったんですか……冴島さんに……っ」
「まだ、わかんない。けど――まずい状況なのは間違いない。情報が欲しい。何か、“奴ら”に関する手がかりでもいい」
「“奴ら”? まさか、黒ノ記章……」
その時だった。
「なんだなんだ、朝っぱらから騒がしいな」
バルドの豪快な声が、ギルドの奥から響いた。見るからに古びた鎧を着た筋骨隆々の大男。ギルドマスター、バルド・グレンツ。
あたしの表情を見た彼の目がすぐに険しくなった。
「リィゼ……ただごとじゃなさそうだな。話せ」
端的に、状況を伝える。シュロットの混乱、冴島が追っていた“黒ノ記章”の存在、そして、奴の痕跡が突如途絶えたこと。
バルドは一度、唇を噛みしめるようにして黙りこくると、ひと言。
「ちょっと待ってろ」
そう言って、奥の部屋へと姿を消した。
数分後――
ガチャッと音を立てて扉が開き、現れたバルドはすっかり武装していた。肩まで覆う鋼の肩当てに、腰の剣、そして背には大斧まで背負っている。
「奴には借りがある。それに……ギルドの財布もきつい。前回のツケ、負けてもらわんといかんしな」
口ではそう言いながらも、その眼差しには、明らかにそれ以上の理由が宿っていた。あいつのことを、冴島のことを、仲間だと認めてるからだ。
「ありがとう、マスター」
あたしが小さく礼を言うと、彼はふんと鼻を鳴らして顔をそらした。
と、次は背後から声がした。
「リィゼ、バルド。ちょいといいか?」
ギルドの扉を押し開けて現れたのは、見るからに軍務に身を置いた男――提督府警備隊の第一隊長、ガロ・ダイン。
「冴島の噂を聞いたんだが、誰か奴の居所、知らんか?」
「……やれやれ、まったく」
ため息が漏れる。
今この場で、あんたまで来るなんてね。冴島ってやつは、ほんとに妙な魅力があるらしい。
でもあたしの目の前で唐突に始まったのは――
「なんでお前が、こんなところに顔を出す!」
「職務だ。じゃなきゃ、こんなむさくるしい場所に誰が来るか!」
「あぁん? 相変わらずだな、お前はよ!」
「そっちこそ、ちっとは頭を冷やしたらどうだ!」
おいおい、とあたしは頭を抱える。
「二人とも、いい加減にしなよ。いまは冴島のことで動いてるんだ。ケンカは後にしな」
「違う!」
「違う!」
ぴたりと声が揃って、次の瞬間にはお互いに顔を背け合っていた。……まったく、扱いづらいおじさんたちだ。
そんな三人を尻目に、シュロットが軽く手を上げた。
「ich……du……」
どうやら、イリスの居所を気にしているらしい。冴島がいない今、彼はイリスを最優先する。それが、あいつの“命令”だ。
「……あたしたちで探そう。街の中だ、あんたたちの知識も貸して。ガロ、邪神教団について、なにか知ってる?」
「連中のいくつかの隠れ家は潰したが……奴らは根が深い。地下教会、旧神の遺跡、封印区画。怪しい噂はいくつもある」
「バルド、潜伏しそうな場所に心当たりは?」
「そうだな……“東区画の廃倉庫”。十数年前、魔術師連中が秘密会合をしてたって話があった。今は誰も近寄らねえ」
「決まりだね。そこに行こう」
おまたせしてすみません。交通事故で入院してます。身体は大丈夫ですが、PCなど持ち込めないため、少しペースを落とします。
この中編は大方書いているので、安心して下さい。




