表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/83

第十四話 探偵は死なない(6)

 意識が、すぐに遠のいていく。熱いはずの血が、氷のように冷たく感じた。俺はイリスに肩を貸してもらい、物置同然の石造りの小屋へと足を踏み入れた。元冒険者の隠れアジト──今は誰にも忘れられたような場所。

 膝をついた瞬間、喉の奥から鉄の味が上がってくる。吐き出されたのは鮮血だった。限界は、近そうだ。

「冴島さん……」

 イリスの声は震えていたが、泣いてはいなかった。金色の瞳が細く揺れ、彼女の顔には戸惑いと決意が同居していた。

 小さな手が俺の胸に触れ、淡く光が広がる。癒しの魔法。だが、その光はすぐに胸元にある“黒ノ記章”へと吸い込まれていった。

「……魔力が……冴島さんに注いだ魔力が、全部、記章に吸われてしまいます……」

 イリスが呟くように言った。表情は静かだった。だが、その頬には汗とも涙ともつかない雫が一筋、伝っていた。

「やれやれ……本当に、ろくでもねえお土産だな……」

 声が掠れる。冗談のつもりだったが、喉の奥から出たのはかすれた吐息にすぎなかった。

 呼吸が浅い。身体が重い。目の奥がじんじんと痛む。死という感覚が、背中に張り付いて離れない。

 その瞬間、扉が叩かれた。重い衝撃音。壁の埃が舞い上がる。

「……私が、守ります」

 静かに、だがはっきりと、イリスは言った。その横顔に迷いはなかった。金の瞳は真っ直ぐ前を見ていた。

「……来やがったか」

 刺客たち。あの邪神教の追っ手だ。奴じゃねぇ。下っ端か。四つの気配が外にいる。全員が、明確な殺意を抱いている。

「イリス、逃げ──」

 言い終わる前に、扉が爆ぜた。黒い火球が石壁を抉る。

 黒衣の刺客が影のように現れる。イリスは無言で一歩前に出た。目だけが鋭く光る。

「指一本、触れさせません」

 その言葉に、感情の起伏はなかった。だが、その背中は何より雄弁だった。

 魔法陣が床に走り、金の光が周囲を染める。

「〈フレイム・クラスタ〉」

 炎の柱が天井を突き破る。爆風に巻かれながらも、刺客は次々と突進してくる。

 イリスは詠唱を重ねる。〈アイスバレット〉、〈サンダージャベリン〉──だが、その動きに陰りが見えてきた。

「……おい……イリス、無理を……」

 かすかに眉が歪む。肩が上下に揺れている。俺のせいだ。俺がいるせいで、こいつは無理をしている。

 ──動け。

 かろうじて膝をつき、体を起こす。腹に力がはいらねぇ。

「マグナム……パ……」

 命令するように、自分の身体に声をかけた。だが、魔力を練ろうとした瞬間、また胸の奥に魔石が軋む音が走った。

 力が吸われている。

「ぐっ……!」

 動けない。マグナムパンチも、もう使えない。俺はただの足手まといだ。

「もう……限界……」

 イリスの唇が震える。その視線が、一瞬だけ俺に向いた。

 そして、すぐに行動に移る。分身魔法で敵の視線を錯乱し、俺を引きずるようにして小屋を飛び出す。

 石畳を駆ける音が響く。イリスの細い肩に、俺の全体重がのしかかっている。

「……もう、いい。ここで──」

「……黙っていてください」

 乾いた声だった。強がりでもなく、悲しみでもなく。まるで自分に言い聞かせるような、そんな声音。

 そして、彼女の手が震えながら、俺のほほに触れる。

「いいか、イリス……もう、時間がない。……よく聞け」

 イリスはだだをこねるように首を振り、壊れそうな貌で俺を見た。

「冴島さん……」

「探偵は死なねぇよ」

 俺は思い右手をあげ、その中指にある指輪を見た。

 俺の武器。魔力を集中させるための装備。それを、俺は外してイリスに渡した。

「お前が、これを持って……。これが……こいつが、鍵になる」

 イリスは何も言わずに頷く。その瞳は、涙を浮かべながらも、揺れてはいなかった。

 そのとき、背後に気配。最後の刺客が、刃を構えて迫る。

 イリスが、俺の前に立った。静かに手を上げ、呟くように言う。〈ブラスト・ノヴァ〉。短い詠唱とともに、爆風が周囲を薙ぎ払う。

 刺客の影が燃え尽き、瓦礫と煙があたりを覆う。


* * *


 ──彼の姿は、もうそこにはなかった。

 私は、ただ静かに立ち尽くしていた。手のひらの中には、冴島さんの指輪。

 胸の奥が、空洞になったようだった。けれど、涙は出なかった。もう、流しきってしまったのかもしれない。

 風が頬を撫でる。煙の中に、誰かがいた気がした。帽子の影。あの人の横顔。

 幻かもしれない。けれど──確かに、微笑んでいた気がした。

「……行きます」

 私は、静かに背を伸ばす。拳を握る。泣き声は飲み込んだ。震える脚に力を込め、前へと踏み出す。

「私も……探偵ですから」

 そう呟いて、走り出した。まだ見ぬ真実へ。あの人の残した意思とともに。

すみませんが、少しの、間更新止まります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ