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第十三話 探偵は死なない(5)

今回はリィゼ視点です。

 ガキン、とブーツの爪先が石段に響いた。グラン=ヴァレルの裏通りにある、酒場の二階の探偵事務所。

 あたし――リィゼ・アストリアの所属する冒険者ギルドとは隣同士になる。

 あたしはその入り口に立ち、扉を軽く叩いて、ため息をついた。

 事務所の扉はふざけたもので、こぎれいな表札にはあたしには読めないがカクカクした奴の故郷の文字。その下に、あたしにも読める字で「冴島探偵事務所」と殴り書きの板切れがぶら下がっている。1字間違っているけど。

「やっぱ、留守か……」

 返事はない。扉は閉ざされたまま。仕方なくドアノブに手をかけると、鍵はかかってなかった。まったく、冴島の事務所ってやつはいつだって、誰かの駆け込みを拒まない作りだ。

「遠慮のいらないヤツだよ、ほんと」

 ため息まじりに扉をくぐると、事務所ではあるが、かすかな生活の匂いが残っていた。けど――肝心の主の姿は、どこにもない。

 ギルドからの依頼――黒ノ記章。それに冴島が絡んだらしい。

 ギルドのほうにも別口での依頼。そいつはあたしが受けた。これは、あいつに向いてる仕事じゃない、それに借りもある。だからこそ、こうして様子を見にきた。無茶してないか。危ない橋を、また独りで渡ろうとしてないか。

「ったく……気になってしょうがないってのに」

 踵を返しかけた、ちょうどその時だった。

 奥からギギギ、と軋む音。重い身体で歩く音だ。

 あたしは眉をひそめた。

「……誰かいるかい?」

 現れたのは、全身が金属で覆われた異形の――いや、人かどうかも分からない存在だった。機械仕掛けの体、くすんだレンズのような目、そしてごつごつした真鍮のボディ。見覚えがある。

「シュロット……冴島の相棒、だったか」

 そいつは応接の前に立つと、あたしをじっと見つめてきた。

「……冴島は?」

 問いかけに返ってきたのは、無表情な人工音声。

「ich……nein」

 意味は分からなかった。でも、その反応と、目の奥で微かに明滅するランプの様子が、何かを探してるんだってことは伝わってきた。

 あたしは肩をすくめて、苦笑いを浮かべた。

「どうやら、あんたも冴島を探してるってわけだ」

「ja」

 ぴたりと頷いたその仕草に、思わず笑いそうになった。言葉は通じなくても、通じ合える気がしたんだ。

「しょうがないね、あたしも付き合うよ。どこかで顔を見るかもしれないし」

 返事はない。でも、シュロットは玄関を抜けて、外へと歩き出す。

「ついてこいってことかい。ほんと、無口なヤツばっかりだ」

 そんなふうにぼやきながら、あたしは後を追った。

 石畳の通りに出ると、昼下がりの街には、騒がしい露天の声や子どもたちの笑いが溢れてた。

 けれど、そんな喧騒の中で、あたしたちはただ一人の男の痕跡を追っていた。


  *  *  *


 あたしは、シュロットと一緒にいくつかの場所を回った。ギルド、何件かの酒場、街外れの橋のたもと――冴島の足取りを知る者は、どこにもいなかった。

 その間、シュロットは無言のまま、時に立ち止まり、地面の細かな痕跡を確かめたり、犬みたいに風の流れを読んだりしていた。

「まるで猟犬だね、あんた」

「ich」

 妙に満足げな反応に、あたしはつい吹き出してしまった。

 ……でも、笑っていられたのも、そこまでだった。

 あたしたちが辿り着いたのは、街から少し外れた、人気のない裏路地。古い倉庫と石壁に囲まれたその一角――明らかに、何かがおかしい。

 地面に刻まれた焦げ跡。吹き飛ばされた石畳。斬り裂かれた壁面。そして、乾きかけた赤い血の跡。

「……これは」

 思わず、無意識に拳を握っていた。

 戦いの痕。それも、魔法と剣、両方が使われた激しい交戦の跡だ。斬撃の鋭さから察するに――これは冴島の戦いじゃない。けど、あいつはここにいた。そう思える確信があった。何かが、あったのだ。

「冴島……!」

 呼んだ声は、空しく空に溶けただけだった。

 その隣で、シュロットがぴたりと動きを止めていた。

「du……du……」

 彼は血の跡に手を伸ばし、レンズの奥で淡い光を揺らしていた。金属の指先が小刻みに震えてて、肩の関節から異音が漏れる。

「おい、どうしたんだい」

 声をかけると、ゆっくりとこちらに視線を向けてきた。表情なんてないはずなのに、なぜだか「混乱」って言葉が脳裏をよぎった。

「ich……du……nein……du……」

 ぶつぶつと繰り返される人工音声に、胸がざわついた。

 感情なんてあるはずがない。だけど今のシュロットには、確かに“迷い”があった。

「……あんた、まさか……冴島が、この血を?」

「nein……nein」

 即座に返ってきた否定の言葉。それはただの機械的な応答じゃない。まるで、自分自身に言い聞かせるような、必死の否定だった。

 シュロットは血痕をなぞり、中心部――誰かが倒れていたであろう場所に、そっと膝をついた。

「ich……」

 その声には、痛みが滲んでいた。

 あたしはそっと膝をついて、隣に座った。

「落ち着け。冴島は、こんなとこでやられるタマじゃないよ」

 ただの励ましかもしれない。でも、口にしなきゃいられなかった。冴島はきっと、どこかにいる。負けてない。そう信じることが、今は必要だった。

 ふいに、背中に寒気が走った。

――気配だ。強く、濃い闇の残滓。誰かが……いや、“何か”がここにいた。

 あたしは立ち上がり、剣を抜いた。

「……この場所、ただの戦闘跡じゃない。魔物か、あるいは……それ以上の存在が絡んでる」

 シュロットもまた、ゆっくりと立ち上がって頷いた。

「ja」

 あたしは空を見上げた。どこかで、冴島もこの空を見てる気がした。

「行こう。冴島を見つけるよ、あたし達で」

 シュロットは、今度は迷いなく頷いた。

「ja――du」

「いいよ、任せときな。あいつには借りがある。あんたのボス、いっしょに必ず連れ戻そう」

陽はもう傾きかけていた。けれど――探偵たちの捜索は、まだ始まったばかりだった。

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