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第十一話 探偵は死なない(3)

 それがただの仮説でなくなったのは、その日の夕方だった。

 俺宛に届いた封筒は、何の変哲もない革紙だった。だが、開けた瞬間、吐き気にも似た不快な寒気が背筋を撫でた。

 中に入っていたのは、何の署名もない紙切れ――短い文章。

「お前もまた、罪人である。粛清の時は近い」

 黒ノ記章の予告——それが、ついに俺の元に届いた。

 少しの間、何も考えられなかった。ただ手の中にある紙を見つめていた。ただの紙がやけに冷たく感じる。

「冴島さん……?」

 イリスが俺の背後からそっと声をかけてきた。振り返ると、彼女の顔には不安の色が浮かんでいた。俺が何か隠していることに、すぐ気づいたのだろう。

「なんでもない。ただの変な手紙だ」

 そう言って封筒ごと机の引き出しにしまおうとしたが、イリスがすっと手を伸ばして止めた。

「冴島さん、それ……“黒ノ記章”の予告ではありませんか?」

 嘘が通じる相手じゃなかった。小さく溜息をつき、俺は封筒を机の上に置いた。

「どうやら、俺も粛清の対象にされたらしい。邪教団のやつら、今度は俺を狙ってきた」

「……やはり、冴島さんに怒っているのでしょうか」

「いや、どういうことにしろ。やつらにとっては、ただ排除すべき相手が目の前にいるだけだ」

 イリスは唇をきゅっと噛んだ。彼女の目には、恐怖と怒りが混ざり合っていた。

「イリス。これからの調査は俺ひとりでやる。お前はここに残ってろ。巻き込みたくない」

「いいえ。冴島さんがそれを言うと思っていました。でも、それは間違いです」

「間違い?」

 イリスは机の向かいに座り、まっすぐ俺を見据えて言った。

「わたしはあなたに依頼されてきました。そして、助手として共に歩むと決めたのです。危ないからって置いていかれるのは、もっと嫌です」

「だが、もしかするとイリスまで……」

「冴島さん。わたしの命は、あなたと共にあるのです。だから、あなたが危ない目に遭うなら、わたしも共に立ち向かいます」

 彼女の声は震えていたが、目は真剣だった。どれだけ危険でも、俺と歩む。それがイリスの覚悟。

 俺は黙ってコートに手を伸ばし、立ち上がった。窓の外には、薄闇が迫っていた。

「わかった。行こう、イリス。探偵として、真実の先にある敵を暴く」

「はい、冴島さん」

 そうして、俺たちは再び街へと足を踏み出した。不吉な思いを胸に、俺たちは一歩も引かず前に進む。

 手紙が届いてからというもの、街の空気は一層張り詰めていた。情報屋ライラの元を訪ねると、彼女は開口一番こう言った。

「アンタも来たのかい。そりゃまぁ、当然だよね。あんた、敵に回すにはうるさすぎる存在だ」

「俺の噂、広まってるのか?」

「当たり前じゃない。警備隊とギルドが裏で必死に隠してるけど、情報ってのは漏れるもんさ。記章の予告が届いたって話は、もう一部の冒険者の間じゃ有名だよ」

「……だが、それでも調べ続けるしかない。教団が何を狙っているのか突き止めるために」

「やれやれ、墓穴を掘らないようにね。冴島探偵さん」

 彼女から得た情報を元に、俺たちは死者六名の足取りをさらに洗った。その中には、表向きは聖職者でも裏では教団と衝突していた者もいた。粛清対象……この“黒ノ記章”は、ただの呪いではない。明確な意志を持った殺人だ。

 夜が更け、イリスと共に事務所へ戻った。たまっていたデスクワークをこなして、ふと、ため息をもらした。

 不思議と恐怖はなかった。ただ、心の奥で探偵としての本能が疼いていた。

 これは、逃げるべき事件ではない。踏み込むべき謎だ。

 イリスは眠りについて、シュロットもスリープモードだ。

「お前たちがいてくれてよかった。俺ひとりじゃ、ここまで腹を括れなかったかもしれない」

 静かな夜の帳が降りる中、俺たちは再び調査の地図を広げた。点と点が線になる瞬間を見逃すな。記章が意味する死の予告を、逆手に取って証拠へと変えてみせる。

 死を前にしたとき、人は本性をさらけ出す。そして俺は、決して屈しない。探偵という名の、もう一つの“記章”を胸に刻んで。


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