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第十話 探偵は死なない(2)

 アルザスの死から、半時間もしないうちに、警備隊のラッパが遠くから響いた。人混みをかき分けて駆けつけたのは、いつもの顔ぶれだ。隊員たちが現場を封鎖し現場検証を始めた頃、俺は警備隊からいったん解放され、人垣の外でひと息ついていた。

「……お前さん、ちょっと付き合え」

 背後からかけられた低い声。振り向くと、おやっさん――警備隊第一隊の隊長ガロが鋭い目つきで俺を見ていた。分厚い肩当てに金の徽章。街でも名の知れた強面の隊長様だ。

「また聴取か? もう、おやっさんの部下に話したよ」

「まぁな。だが、それだけじゃない。少し話がある」

 彼は人目を避けるように手で合図し、俺を近くの路地裏へと連れて行った。ごみ捨て場の横を抜け、古びた倉庫の裏手に出ると、そこでようやく立ち止まった。

「……アルザスの死因はおそらく魔力枯渇だ」

「魔力枯渇? 魔法使いでもないのに? だいたい、気絶はともかく魔力枯渇で死亡は聞いたことがない」

 魔力枯渇は、魔法の発動量が術者のキャパを超えたときに起きる。普通は魔力が無くなったことにより魔法自体が継続できず術が不発になるため、死ぬような事はない。気絶するだけだ。

 ガロは、意味ありげにうなづいた。

「こいつはただの事件じゃねぇ気がしてる」

 俺も黙って頷いた。

「お前も現場にいた。……何か気づいた事はあるか?」

「おやっさんも人が悪いな。――ああ、見たよ。胸元に魔石。張り付いていた……」

 仕事柄かアルザスの死亡を確認したときに、簡単に身体検査をさせてもらった。彼の胸に黒い符の様なもの。その中央に魔石らしきものがあった。

 ガロは苦笑しながら息をついて言った。

「それが、“黒ノ記章”だ」

 ガロは眉をひそめた。

「実はな、あの魔法商だけじゃねぇ。ここ数日、似たような死に方をした奴が五人いる。貴族に聖職者、それに魔導師。どいつもこいつも、”黒ノ記章”を身に付けていた」

 “黒ノ記章”。その言葉に、背中に冷たい汗が伝った。

「都市伝説だと思ってたが、現実だったらしいな」

 ガロは低くうなずいた。

「警備隊でも捜査はしてる。だが、何か裏がある。あまりにも情報が表に出てこねぇ。……お前に、極秘で調べてほしい」

 そう言って、ガロは懐から一枚の紙片を差し出した。封筒に入った、それだけで胸騒ぎのするような調査メモ。それが、俺にとっての“依頼状”となった。

「そこに俺らの知った情報は書いてある。何か分かったら教えてほしい」

「まあ、おやっさんの頼みならしょうがねぇ。ほかの依頼のついでに調べるよ」

「頼む。あと、気を付けて、な」

 難しい顔のまま、ガロは言った。

 その声を背中に俺は手を挙げて答えた。


 事務所に戻ると、イリスが心配そうな顔をして待っていた。

「冴島さん、首元……血がにじんでる!」

「ああ、大したことはねぇ。ただの擦り傷だ。だが、それよりも――」

 肝心な時にシュロットはいない。ああ、定期報告書の束を依頼者に持っていくお使いだ。

 俺はイリスを座らせ、ガロからの話をかいつまんで伝えた。彼女は真剣な表情で頷きながら聞いていた。

「……黒ノ記章。やっぱり関係あるのですね。昼間のはなし、気になってました」

「これがただの噂じゃなかったってことだ。俺たちで動く。準備はいいか?」

「もちろんです」

 こうして、俺とイリスの“裏捜査”が始まった。


  *  *  *


 聞き込みは難航した。

 亡くなった五名。いずれも身元は確かで、街でも名のある存在だった。その死はそれぞれ別の場所で起こり、しかも一週間以内。しかも、どの死体も死因が特定できていない。

 いや、アルザスと同じ死に方……魔力枯渇だ。

 俺たちは、遺族や関係者に話を聞くことにした。

 一人目の貴族、ロスベル家の執事は慎重な口ぶりだった。

「……ご主人様は、亡くなる前日、謎の使いから封書を受け取られました。開けた瞬間、顔色が変わり……そして翌朝には……」

 同じような証言が続いた。神殿で死んだ神官、学院で亡くなった魔導士。それぞれの共通点は“黒い封筒”と“不可解な死”。そして何より奇妙だったのは、彼らのいずれもが“過去に邪教団と対立していた”という事実だ。

 俺は、イリスと出会う少し前の前の記憶を思い返していた。”歴史書にも書かれることのない古の神”を崇める邪教団〈深淵の子ら〉とぶつかった事件。地下で魔法陣が発見され、多数の信者が処刑された。俺とシュロットで乗り込んだ、あの事件——

「まさかとは思うが……奴らが復活した可能性……?」

「……十分にありえると思います。教団の使徒はそれだけではなく、地下で活動していたのかも」

「だとすると、この“記章”は、奴らが“粛清対象”に送る宣告状ってわけだな」

 イリスは唇をかみしめた。

「冴島さん、もしそうなら、次は……」

 イリスが、言葉を止めて俺を見た。

 その視線に、少し悪い予感がした。


  *  *  *


 街の裏路地で、ひとりの男が謎の死を遂げたという情報が入った。現場に急行した俺たちは、そこでとんでもないものを目にした。

 死体の胸元には、またしても“黒ノ記章”が。

 しかも、その男はかつて、教団に物資を横流ししていた男だった。

「なるほどな……“裏切り者”も粛清の対象ってわけか」

 俺は男の懐あったという封筒を慎重に拾い上げた。そこには黒インクで印された、奇妙な紋章。蛇が輪を描くように自らの尾を噛んだ、終わりなき呪いの印。

 自分も“選ばれる”のか?

 事務所に戻り、俺たちは地図を広げていた。

 どうしても調べておきたい場所がある。

「……ここだ。かつて教団の拠点だった市街の地下遺跡」

「封鎖されたはずじゃ……」

「ああ。だが、見落としがあったとすれば?」

 静かに、イリスがうなずく。

「手がかりが有るかもしれません」

 そう。前に黒衣の影に襲われたときに、以前の相棒――神林がそこに来ていたとの情報も得ていた。

 記章は宣告だ。ならば、俺たちは“異議あり”を突きつけなきゃならねぇ。


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