表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/83

第八話 リィゼ救出作戦(後編)

 イリスはすぐさま部屋の端に倒れていたリィゼに駆け寄った。痩せ細った顔に土気色の肌。それでも、その眉がぴくりと動いた。

「……ん、さ……じま?」

「おい、リィゼ。お前、こんな所で死ぬような玉じゃねぇだろ」

「……来てくれた、の……?」

「おい、リィゼ! しっかりしろ!」

「……おいおい、……お前の、仕事じゃないだろ……?」

「マスターからの依頼だ。冴島探偵事務所の仕事だよ」

 意識はある。だが、魔力の枯渇と衰弱が激しい。

「――大丈夫、連れて帰ってやる」

「……まだ、だ……来る……やつが……来る……!」

 その瞬間、足元が震えた。地響き。天井から砂が落ちてくる。奥の通路から、いななきが響く。

 イリスにリィゼを任せ、俺は通路へ確認に行く。

 暗闇の通路の向こう、なんとか灯りが届く距離に巨大な影が姿を現した。

「なんだ……?」

「まさか……フロアボス!?」

 現れたのは、異形の獣人。雄牛の頭に、全身を覆う筋肉。巨大な斧を持つミノタウロスだった。

「おいおい……嘘だろ……」

 背後では、イリスが治癒魔法をリィゼにかけている。まだ動けない。

 奴は、咆哮とともに斧を振りかぶり、俺たちに突進してきた――。

 ミノタウロス――階層守護者。その名に違わぬ威容が、瓦礫の先に現れた。

「冴島さん!」

 イリスの叫びとともに俺は飛び退く。奴の大斧が振り下ろされ、石床を砕いた。粉塵が舞う中、咄嗟に体勢を立て直す。足が震えているのが分かった。

「くそっ、洒落にならねぇな……!」

「Ja」

 シュロットが同意したのか、ゆっくりと戦闘準備に入る。

 いつもの調子が、安心感をくれた。

「イリス、リィゼを頼む!」

 俺が叫び、右手のリングの感触を確かめた。

「こりゃ、命がけだ。報酬、割り増しで請求してやるからな」

 ミノタウロスが再び咆哮を上げた。耳を裂くような音。怒り狂った巨獣が斧を引きずりながら突進してくる。

「シュロット、右から!」

「Ja」

 俺とシュロットは左右から挟み撃ちを仕掛ける。シュロットの鉄拳がミノタウロスの脇腹をとらえるが、鈍い音がしただけ。

「Nein」

「なら、足元だ!」

 膝裏に一撃、体勢が崩れた。

 リィゼを背にしたイリスの風魔法が俺の動きを軽くし、俺は奴の背中を取って、首筋目がけて借り物の短剣を突き立てた。

 バルド自慢の短剣は確かに刺さったが、深くまでは届かない。ミノタウロスが咆哮し、俺の身体を振り払おうと暴れだす。

 そのときだった。

「こいつに一発……借りを返さないと、気が済まない……!」

 女の声。それも、凛とした、リィゼのそれ。

「……どけ、冴島!」

 驚いて身を引くと、そこに、ふらつきながらも立ち上がったリィゼがいた。血の気が引いた顔に、だが確かな闘志の炎が宿っている。

 彼女の手には、魔剣〈カグナ〉。瓦礫の中から手にしたのだろう。まだ全身が震えているのに、それでも魔剣は力強く輝いていた。

 リィゼが魔力を込めて、渾身の一撃を放つ。

「《魔閃・空牙》――!」

 閃光が走り、ミノタウロスの胸に深い裂け目が刻まれる。奴が大きくよろめき、膝をついた。

「今だ、冴島!」

「喰らいやがれ……!」

 俺は、奴に走り寄り、右手に力を込めた。

「マグナムパンチ!」

 刺さったままの短剣を押し込む! ミノタウロスの絶叫がこだまし、その巨体がゆっくりと崩れ落ちる。石床が軋み、埃が舞い上がる。

「……終わったか」

 俺は膝をついた。イリスがリィゼを支え、彼女はその肩にもたれかかるようにして笑った。

「……はは、今の見たかよ。あたし、かっこよかったろ……?」

「ああ、最高だ」

 サムズアップして答えると、リィゼは蒼い貌で、でもよい笑顔で返してくれた。

 全員、生きてる、それだけで十分だった。


 ダンジョンからの帰還は、ゆっくりとしたものだった。シュロットがリィゼを担ぎ、傷を癒しつつ、慎重に階層を戻る。俺たちの足取りは、確かなものだった。

 地上へ出た時、まだ陽は昇っていなかった。だが空がわずかに白んでいる。刻印のダンジョンの入口に、二つの影が立っていた。

「……バルドと、ティナか」

 俺たちの姿を見るや、ティナが駆け寄ってきた。

「リィゼさん、冴島さん……イリス! 良かった……っ!」

 シュロットの背中で眠るリィゼを見て、ティナは涙を流した。

 バルドも、無言で歩み寄ってくる。やつの顔は相変わらず強張っていたが、その目は微かに安堵していた。

「生きて……いるのか」

「おかげさまでな。リィゼも無事だ」

「……そうか」

 短く応えたその声に、かすかに震えがあった。

「冴島。借りができたな」

「たっぷり返してくれ。依頼金にも上乗せでな」

「ふん、やっぱり嫌な奴だ。だが……感謝はしている」

 やつがそう言った瞬間、ティナがにっこりと微笑んだ。

「ありがとう、冴島さん!」

「いや、こっちは仕事しただけさ」

 そう答えながら、リィゼを見下ろす。眠った彼女の顔は、安らかだった。

 帰り道、空には朝日が昇っていた。イリスがぽつりと呟く。

「冴島さん。最初からこの依頼、断る気なかったでしょう?」

「さあな。……まあ、ただの人探しってわけでもないしな」

「……少し、羨ましいです」

 イリスの声に苦笑しつつ、俺は空を見上げた。

 徹夜明けになるが、良い朝だ。

 探偵ってやつは、事件だけじゃなく、人の想いにも関わる職業だ――そんなことを、この異世界で少しずつ学んでいる気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ