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人と関わる事を嫌っているカーミラ公爵夫人。
彼女は聞いていた通りあまりにも美しかったが、氷のような冷たさを感じる女性だった。
ミレイアは夫人の存在感に少し慄くも、これから蹴落とす相手として対峙する覚悟を決める。
屋敷の大きな木製の扉がセルジオの手によって開かれる。
すると、室内から温かい空気が流れてきた。
「寒かっただろう、早く屋敷の中に入るといい」
公爵様に背中を押され、私は恐る恐る屋敷の中へと入った。
「まぁ……」
思わず声が漏れてしまった。
まず目に入ってきたのは吹き抜けになっているロビー。
天井には豪華なシャンデリアがあり、室内を明るく照らしている。
真っ赤な絨毯が床だけでなく、階段にも貼られていて、全体的に温かな印象を植え付けてくる。
壁には様々な景色の絵画と、公爵様とカーミラ夫人の全身が描かれた肖像画が飾られている。
先ほど見た無表情の夫人とは違い、絵の中の夫人は微笑んでいた。
ロビーのあちらこちらには花…ドライフラワー?
水の入っていないガラスの花瓶にドライフラワーが生けられているわ。
寒い土地だから、生花だと直ぐに枯れてしまうからかしら。
……と、ここで私は違和感を感じた。
「使用人は、セルジオさん以外いらっしゃらないのですか?」
屋敷の主人が帰ってきたと言うのに、屋敷からは誰も出迎えに来ていないのだ。
「いいや、この屋敷にはメイドが2人、厨房に料理長1人と下働きが1人、そして庭師が1人いる」
「この広い屋敷に、使用人が6人しかいないのですか!?」
「カーミラのためだよ、必要最低限の人間は雇わないようにしている、だから使用人達には自分の仕事を優先してもらってるんだ」
妻の為に使用人の人数を少なくしているなんて……愛妻家と言っていいのかしら。
「そんな事より、馬車での長距離移動で疲れただろう、部屋は用意してあるから、今日はもう休みなさい」
「え!?わ、私の部屋を、もう!?」
いくらなんでも準備が良すぎる、王都にいる時に屋敷の使用人へ文を出していたのかしら……。
「ああ……言っていなかったね、今日私は養子を見繕うために王都に出向いていたんだ、部屋は養子の子のために用意していたんだが、なかなかいい子が見つからなくてね…けど、ミレイアが来てくれたおかげで無駄にならずに済んだよ」
……外から見た限りだけど、カーミラ夫人はまだお若く妊娠も出産もできそうなのに……夫人の人間嫌いを考えてのことかしら。
それとも……夫人、もしくは公爵様の生殖機能に問題があるか、ね。
後者ならお気の毒だけど、前者ならこれ以上とない朗報だわ。
私が公爵様の子供を産めば、夫人の座は頂いたも当然!
「ふふ…ふふふふ……!」
「ミレイア様、お部屋へご案内したいのですが」
「!ああごめんなさい!少し眠くてボーッとしていましたわ!」
「ではこちらへ」
いつの間にか公爵様はいなくなっていた。
何か用事でもあるのかしら、まぁ、公爵邸に居る限りいつでも会えるでしょう。
私はセルジオの後を付いく。
ロビーの奥にある扉を開いてもらうとすぐに廊下が現れ、セルジオは西側の方へ真っ直ぐ進んでいくのだが、歩く足が速い。
私は廊下の装飾を眺めながら、セルジオに置いていかれないように歩いていた。
「とても広いお屋敷ですね」
「明日、改めて屋敷内のご案内をさせて頂きます」
角を曲がり、更に先へと進んで、1番端の部屋に案内された。
「ここがミレイア様のお部屋となります」
「まぁ…とても素晴らしいお部屋ですね!」
天蓋付きのベッド、シーツは真っ白で寒さ対策に毛布が付けられている。
ベッドの横には水差しとコップが置かれたサイドテーブル。
部屋には暖炉があり、その上に飾られているのはロビーにあったのと同じドライフラワー。
タンスとクローゼットといった収納の他にドレッサーもある、公爵様は女の子を養子に迎えようとしていたのかしら。
そして大きな窓が2つもあって、その先はベランダへと続いている。
「後ほどメイドを寄越しますので、何か用があればそちらにお申し付け下さい、私はこれにて…」
セルジオが扉を閉めたのを確認し、私はケープを脱がずにベッドに飛び乗った。
「あっははは!家を追い出された時はどうなるかと思ったけど、まさか公爵様の所に転がり込めるなんて!私の再起する場所として、この上なく最高の舞台だわ!」
ベッドを降りて、天井にぶら下がるシャンデリアを見ながらクルクル回る。
おっと、あんまりはしゃぎ過ぎてはダメね。
いつメイドが来るかも分からないし、椅子にでも座って待っていようかしら。
「でも少し暑くなってしまったわね…少し外の空気で涼もうかしら」
私はかけられていた鍵を開け、窓を少し開けた。
冷たい空気に熱った頬を冷やされ、浮かれていた気分も収まり、少し冷静になる。
(まずは公爵邸から追い出されるリスクを無くさなくては、公爵様と使用人達に私が有能で気の利く淑女という印象を植え付ける必要があるわ、その後に公爵様の心を私に向けさせて、子供が出来れば、公爵夫人の座は私のモノ!)
我ながら完璧な計画ね、可愛い赤ちゃんを抱えた私と隣に立つ公爵様の姿が目に浮かぶわぁ…。
「……うっ」
庭に向けていた視線を屋敷の正面玄関の方に移すと、あの3階の窓にカーミラ夫人が佇んでいた。
此処にやってきた時と同じ格好で、無表情のまま外を眺めている。
いや…外ではなく、この部屋を見ている?
(この部屋に通されたのは、夫人が監視しやすいからってこと?)
考え過ぎかもしれないけど、いつでも見張られている感じがして良い気はしない。
私は部屋に入って窓を閉め、カーミラ夫人の視線を感じないようカーテンを閉じた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
物語に組み込めていなかったのでここでミレイアの様相をざっくりと記載します。
ミレイアの髪はプラチナブランドで癖っ毛、フワフワの髪をツインテールにしており、瞳は赤色で、カーミラ夫人とは対照的にな様相になります。