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友和の決意

 友和が咲倉高校に着いた頃には、調度四時限目の終了を告げるチャイムが鳴り響いていた。

 友和は校舎に入ると、早足で自分の教室へと向かった。途中、ぞろぞろと食堂へと向かう他教室の生徒達と行き違う。

 その中に、江藤、崎山、千倉の三人組がいた。

 三人の視線が友和の顔から、額の右側に張られている湿布薬へと集約される。

「病院に行っていたそうだな。どうだった?」

 友和にライナーを打ち当てた張本人である江藤が、心配そうに訊ねて来た。

「いや、特にどうって事もなかったから、大丈夫だ」

 友和は素っ気無く応えると、三人の脇を通って自分の教室に向かって行く。

「宇木、今日は昼飯どうするんだ?」

 崎山の声が背中に掛かった。

 そして、漸く友和は今朝起きてから、何も食べていない事に気が付いた。

 腹の虫が今にも暴動を起こしかねなかったが、それよりも優先させなければならない事があった。

「……そうだな。少し経って俺が来なければ、食べ始めてくれて構わない」

(館林、いるのか?)

 崎山に応えてから、友和が教室の引き戸を開けて中を見回すと、既に自分の家から弁当を持ち寄った生徒達が机を寄せ合ってグループを作り、昼食を始めていた。

 それら幾つかのグループに友和は目を走らせるが、館林の姿はなかった。

 舌打ちが友和の口から発せられる。

その時、いきなり肩に腕を回された。驚いて振り返ると、そこには千倉の銀縁眼鏡が、レンズをきらんと反射させていた。

「残念。お目当ての転校生は、ここにはいないぜ」

 千倉の言う転校生が館林さゆである事は当然だったが、何故そんな事を言われなければならないのかと友和が戸惑っていると、

「これでようやく数が揃ったんだ。あちらさんを待たせるのも何だしな。さっさと行くぞ」

 崎山がのしのしと友和に歩み寄ると、千倉がぱっと離れ、代わりにごつい手にがっしりと片方の肩を掴まれた。

「な、何だよ。どういう事だ?」

 訳が分からない友和は、半ば引っ張られるようにして、食堂へと連れて行かれた。

 

 昨日と同じ、細長いテーブルを前にして友和と江藤、崎山、千倉の計四名と、それと相対するように女子生徒が四人いた。

 そして、その四人目の女子生徒で、友和の目の前の席に座っているのが館林さゆだった。

 彼女は、これも昨日の昼食時と同じように少し緊張した面持ちで俯いている。

 時折、こちらをちらりと見る仕草が今の友和に何とも言えない気持ちを抱かせ、今すぐにでもアーケードのファミリーレストランであった事を言ってやりたくて仕方が無かった。

(館林、あの銀髪の女は何なんだよ? 悲迦留って言ってたけど、お前を追っているんだろう? それに、お前の事を人心を惑わす悪魔とか言ってたけど本当なのかよ?)

 焦燥や苛立ちや色々な物が友和の頭の中で渦を巻いていたが、それを口に出せないもどかしさに友和は訳もなくがりがりと首の後ろを掻く。

「おい、ちょっとは落ち着けよ。……まあ、緊張するのは分かるけどさ」

 友和の隣に座っている千倉が、妙な親切心を発揮している。因みに、席順は千倉の隣が崎山、その隣が江藤となっている。

 違う、と言ってやりたかったが、そうして昨日みたいに雰囲気を乱すのもどうなのだろうと思ったりもして、ともかく友和は黙る事にした。

 とにかく、今は何かを食べて落ち着く事だ。

 友和は、自分の目の前に置かれている特盛の掻揚(かきあ)げ丼をもりもりと食べ始めた。

 食べる程に食欲が湧いてくるかのようで、友和の箸は全く止まらずに、遂に物の数分で丼の中身全てを食べ切ってしまった。

 空になった丼から顔を上げると、江藤、崎山、千倉、それに館林とその他三人の女子生徒の視線を一身に浴びていた。

 体格の良い崎山さえ、まだ定食のおかずを一品食べ終えたばかりだった。

 友和は膨れた胃の辺りを押さえながら、一人赤面した。


 友和の食欲が炸裂した影響か、何故かその後の会話は盛り上がった。

 そして話の話題が咲倉市の郊外にあるテーマパーク、サクラジョイワールドになった。

 友和はまだ行った事はなかったが、それなりに有名との事で江藤達が如何にそこが面白いのかを力説する。

 館林も興味を引かれたようで、熱心に耳を傾けている。

 と、その事に気を良くしたのか、江藤は今度の週末にサクラジョイワールドに行こうと言い出した。

 これには驚いた友和だったが、賛成票が瞬く間に集まり、館林の転入祝いと遅れに遅れていた友和の転入祝いを一遍にサクラジョイワールドでやろうという事になった。

 遊園地で祝い事っておかしくないか? という友和の疑問はあっけ無く却下され、携帯電話のネット機能を使ってバスの運行時間とサクラジョイワールドの開園時間、そしてバス代や入園料といった諸々の諸経費までがあっという間に割り出された。

友和は、尋常ではない話の進み具合にたじろいだ。

「で、どうなんだよ宇木?」

 江藤が聞いて来た。

 江藤、崎山、それにも千倉も皆部活動は休みで、幸い女子生徒三人も暇との事。館林も、最初は戸惑ったようだったが、やがて空気を読むかのように参加の意思を伝えた。

 後は、友和の承諾を残すのみとなった。

 実際、その日は友和にはこれといった用事も予定もなかった。

 断る理由はない。

 だが、友和は心の隅で、大勢で騒ぐという事に対して抵抗を覚えた。

何かに対して裏切り行為をしているかのような、決して小さくはない罪悪感が友和の心に芽吹く。

顔の右半分を覆うようにしてテーブルに肩肘をついた友和は、

「ごめん。その日は、ちょっと行けそうにない」

 そう口にしていた。

 途端に、江藤達から非難の声が上がった。女子生徒達も一応に残念そうな顔をしている。

「悪い。でも、駄目なんだ」

 尚も江藤があれやこれやと言って来るが、友和は自分の口にした事を翻しはしなかった。

 その時、館林と眼があった。

 彼女の眼には、落胆の影が見えた。だが、もう一つ別に、感情を損ねたような苛立ちが垣間見えた。

 瞬間、友和は時が高速で逆戻りしたかのような感覚と共に、あの銀髪の女の事を思い出した。

 館林の事を、天魔だとか人心を惑わす悪魔だと言っていたではないか。

(天魔……悪魔……)

 心の中で、その言葉を恐る恐る呟く友和。途端に、背筋に冷たいものを覚えた。

悲迦留の前では声の限りに館林を守る側に立った友和だが、いざ彼女を目の前にすると疑念の黒雲が湧き上がってしまう。

そもそも、みんなでジョイワールドサクラに出掛けようとは、一体どういう事なのか。

 館林が転入してから僅か三日目で、八人という結構な数のメンバーと一緒に外出しようという流れは、ちょっと出来過ぎのような気がする。

 確かに、館林の転入日から今日も合わせて計三回、八人は一緒に昼食を食べている。それに、転入したばかりの館林はともかく他七人は、友和が転入して以来の昨年末からのクラスメートだから一応は面識もある。

 しかし、それまで(ろく)なお喋りもしてこなかった者同士が、いきなり仲良く外出しようという話になるのだろうか?

 友和の持ち合わせている常識では、普通はない。

 だが、もし本当に館林に夜の空を泳ぐだけではなく、漫画に出て来る催眠術師のような人心を惑わす力があるのなら……。

 それは可能だと言えるだろう。

(だが、どうやって?)

 友和の心の中では、疑念と疑念が激しくぶつかり合っている。

 館林は、本当は何者なのだろうか。

 一昨日前に、友和は館林に「異種族同士仲良くやろう」と言った。

 その気持ちは嘘ではなく、本心だ。

 だが、無遠慮に人の内側に入って来て良いとは一言も言っていない。

 違う者同士が触れ合うには、越えてはいけないルールがある。明確な力の差があるのならば当然の事だ。

(館林は、それを破ったのか? だから、あの銀髪の女に狙われているのか?)

 その事を問い質そうにも、今は回りに人が大勢いるので明らかに無理だ。

授業時間の合間や放課後の二人切りになった時に話し掛けるしかない。いや、そもそもその事を実行するために学校に来たのではなかったか。

 友和は、決心した。

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