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父との再会

 宇木努の墓は、他県の山間部に広がる霊園の一角にあった。

 咲倉市の駅から何度目か分からないぐらいに電車を乗り継いだ後にタクシーも使い、かれこれ四時間掛けて到着したそこは、身も凍る程の冷たさに満ちていた。

 山を背に抱き、拓けた大地に整然と幾百もの墓石が並んでいる。そのどれにも、つい最近降った雪が笠のように積もっていた。

 森閑とする空気の中、友和は墓石と墓石の間の道を歩いて行く。幸い、道にまでは雪が積もっている事はなく、履いてきたジョギングシューズを雪でぐしゃぐしゃにする事はなかった。

 花も水桶も持たない友和は、自分一人しかいない墓地を白い息をはきながら歩いて行く。

 片手に霊園の管理人に書いてもらった地図を見ながら歩く事十数分後、友和は父の墓の前に立った。

 墓石には「宇木努之墓」と彫られており、淡い冬の日の光を受けて黒い大理石が厳かに鎮座していた。

 友和は、一度もここを訪れた事はない。

 努は元々宇木家とは疎遠であり、先祖代々の墓に入る事を良しとしなかったらしい。その事を()んで、亜紀子は努のために墓を用意したのだが、それが宇木の親族の不興を買ったりもしたそうだ。

 しかし、父の墓は亜紀子が納骨して以来数ヶ月間誰も訪れていない筈だったが、荒れた様子もなくただ静に深い黒の色合いを称えているように見えた。

 友和は墓石に一歩歩み寄ると、手で墓石の上に積もっている雪を退けた。布巾か何かあれば良かったと思うが、構うものかと素手で焼香台に積もっていた雪もどける。

 あっという間に手が冷たさで悴み、真っ赤になったが友和は気にしなかった。

 そうしてから、友和は父親の正面に立った。

 黒い大理石に、友和自身の姿が映っている。そこに友和は、努の姿が見えるような気がした。

「……父さん、俺、やっと会いに来れたよ」

 墓石に語りかける友和。

 霊園に、友和の声がしんと染みてゆくようだった。

「待たせて、ごめん。俺、どうしても謝りたい事があったんだ。父さんに」

 その時、遥か上空にある太陽の光が強さを増したように思えた。コートを羽織っている友和の背中に、温かい熱が宿る。それがまるで父の手の平のように思えた友和は言葉を続ける。

「亜紀子さんとの再婚、俺、子どもみたいに反対して本当にごめん。本当は、父さんが死んだ母さんを置いて一人幸せになるのが許せなかったんだ。……でも、誰だって幸せになる権利はあるのに、俺、変に突っ張って父さんを困らせて……」

 友和は墓石の両側に手を置くと、父の名が刻印されている墓石に額を付けた。

 風雪に晒されて芯まで冷たい筈の墓石が、真冬の陽だまりの中でまるで人の熱を持っているかのように温かかった事に、友和は自然と涙していた。

 友和は、物言わぬがじっとこちらを見守ってくれている父を抱きながら、我を忘れて慟哭(どうこく)した――。


 一頻り泣いた友和は、鼻を啜り上げてばつが悪そうに笑った。

「今度は、母さんと由季奈の三人で会いに来るよ。またね、父さん」

 友和がそう言って歩き出そうとした時、不意に何か言うべき事を思い出したように振り返り、

「父さんに貰った右の眼、大切にするよ。それと俺、――強く生きるから」

 そう言った。

 墓石に映る自分の姿の後ろで努がゆっくりと頷いているように見えたのは、決して気のせいではないと、友和は胸の奥に刻んで歩き出した。

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