3章 化け猫屋
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夏彦の屋敷は人里離れた森の中にひっそりと建っていて、塀で囲われているため外からは見えない造りになっていた。葛薬堂は妖が出入りするため、竹林で囲まれた屋敷は厳重に秘匿されている。そんな中をお千代に玄関先で見送られた夏彦と理子はのんびりと会話をしながら屋敷の中を連れ立って歩いていた。
「いい天気でよかった」
「そうですね。気温的にもちょうどよくて町散策日和ですね」
「そうだな」
夏彦が歩くたびに鈴が揺れ、理子の髪には紫陽花の簪が光っている。理子の隣を歩きながら夏彦がちらりと彼女を見ていると
「あ、でぇと日和といった方がよかったのでしょうか?」
夏彦が予想だにしていない言葉を口にする。夏彦は思わず「そ、そうだな!」上ずった声を上げた。
「きょ、今日行く町は港町で魚が美味しいんだ」
そしてすかさず夏彦は話題を変える。
「そうなのですね。私、海を見るの初めてです」
「そうか。なら、町へ着いたらまずは海を見に行こう」
「いいのですか!?」
「あぁ。そのあとは港町の市場で食べ歩きでもしよう」
「とても楽しみです!」
けれど、理子は話に夢中で夏彦の動揺に気が付いていないようだった。その様子に夏彦が胸をなでおろしていると
「あれ?」
と不思議そうな声を上げる理子。何事かと思い夏彦が理子を見やるときょろきょろと辺りを見渡していた。
「九尾様、門へは向かわれないのですか?」
屋敷の西側に夏彦の営んでいる薬屋、葛薬堂があり、その先に屋敷へ通じる門がある。
町へ行く、という夏彦の言葉にてっきり理子はその門をくぐって町へ向かうのだとばかり思っていたのだが、今向かっているのは門の方向とは違う方角だった。
けれど夏彦に連れられ、今まさに向かっている方角は葛薬堂ではなく、南側の場所。
理子の記憶が正しければそこには大きな赤い鳥居があるだけのはず。しかも、その赤い鳥居の先は塀の壁。
このままだと町どころか、屋敷の外へ出られない。
「この先は行き止まり、でしたよね?」
だからこその疑問だったが夏彦はいたずらっぽく笑って答えた。
「赤い鳥居の中をくぐって、町へ行くんだ」
夏彦の言葉の意味が分からず
「赤い、鳥居を?」
理子はただただ目を瞬かせた。
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屋敷の南側にある巨大な赤い鳥居。
10尺はある大きな鳥居は屋敷の塀よりも大きく、存在感を放っている。
その鳥居を理子は上から下まで眺めた。鳥居の額束には【心鏡】の二文字が刻まれているが、それ以外は至って変わらない普通の鳥居に見えた。
(ここからどうやって町へ行くのかしら?)
目の前にある鳥居の奥は塀の壁が見え、どう考えてもここから町へ行くことができるとは思えない。
そんな理子の心を見透かしてか、夏彦は一歩前に出て理子を振り返る。
「この鳥居と町を繋ぐんだ」
「この鳥居と、ですか?」
理子の問いかけに夏彦は「あぁ」と首を縦に振った。
「この鳥居は自分の心に思い浮かべた場所を映し出すことができる。俺は妖力を使って、この鳥居とその場所を繋がぐだけなんだ」
「そんなことができるのですか!?」
驚く理子に夏彦は手を出すように促した。理子は言われるまま、右手を差し出した。すると夏彦は懐から赤い紐で作られた腕輪を取り出し、理子が差し出した右手の上にそっと置いた。
「それを嵌めてくれ」
と言って夏彦は自らの右手首に同じ赤い紐の腕輪を嵌める。
「これは?」
夏彦と同じように右手首に腕輪を通した理子は夏彦を見上げた。
「俺とキミを繋ぐ楔だ」
「楔?」
「道に惑わされないように、な」
夏彦によると妖が繋げた道は妖道といい、妖力を持たない人間が立ち入ってしまえば人は狂ってしまうらしい。けれどこの腕輪には夏彦の妖力が込められている。この腕輪はそれを防ぐ魔除けのようなものだと、夏彦は語った。
理子がその腕輪を右手首ごとぎゅっと握りこむと夏彦は
「それがあれば安心だ」
と左目をつぶり理子に笑いかけた。理子が頷くと夏彦は踵を返し、背を向けた。
「そこに居てくれ」
そしてそのまま夏彦は人差し指と中指をぴったりと添え、それ以外の指を握りこんで自らの額に当て
「烏天狗の扇は風に息吹を与え 龍は天翔ける 映し出すは我の心なりて 縁を結んだ地へ我を導かん」
鳥居に語りかけるように、その言の葉を放つ。
「狐術三式 転移の術!!」
........___その瞬間、不思議なことが起こった。
「えっ?」
先ほどまで塀を映し出していた鳥居の奥に町の門が映し出されていた。




