05 現るジェシカ団長
「はぁーっ!!」
「甘いっ!太刀筋が素直すぎます。それでは、モンスターにも躱されてしまいますよ!」
王城内にある騎士団練兵場からいくつもの剣戟の音がなる中、特に注目されているのは勇者である有本小夜と騎士団副団長のメディナである。
二人の手には訓練用の木剣が握られ、小夜が右足を踏み出し右肩に持ち上げた剣をメディナに向けて左下に斜めに斬り下す。だが、メディナはその軌道を直ぐに読み小夜の右側に回り込んだ。
メディナは避けると同時に右足を踏み出していた小夜に足掛けをする。すると―――
「わっ!ちょっ、きゃっ!」
小夜は地面とキスをするハメになった。
「大丈夫ですか?小夜様」
「いてて、はい。ありがとうございます」
転んだ小夜を助け起こそうとメディナが手を差し向けたので小夜はそれをとる。立ち上がった小夜はそのまま訓練を再開した。
訓練でありながらもどちらも美人であるため、華があり戦闘訓練に参加している者たちの大半は男なので常に注目されていた。
もう一方、少し離れた同じ場所でも小夜たちと同じように注目されている組み合わせがあった。
「ほむら!攻撃を受け止めて足止めしてくれっ!」
「オウっ!」
正面から打ち下ろされる木製の大剣をほむらが古代ローマ時代に使われたスクトゥムに似た大盾で防ぐ。
ガンッ!木の剣と鉄の盾がぶつかった音とは思えない音がした。
「ぐっ!相変わらずなんて怪力だっ!」
「あーら!あたしの攻撃を防ぐなんてやるじゃなーい♪でも、いつまで耐えられるかしらーん♪」
目の前の人物はほむらが持つ大盾にさらに大剣を打ち込む。
「ホラホラホラッ!そろそろ限界ねっ!これで―――」
大剣使いが勝負を決めようと今まで以上の力で打ち下ろすため構えた。だが、左右の横合いから邪魔をするようにロングソードと槍の切っ先が大剣使いの首と心臓を狙っていたのですぐさま距離をとった。
「んもーっ!危ないわねぇ。もうちょっとであたしの柔肌が傷付くとこだったじゃなーい♪」
「チッ、これもダメか」
「やれやれ困りましたね」
ロングソードを持った翼と槍を持った信次郎がタイミングを合わせて奇襲したのに掠りもせずに避けられたことを嘆く。
「ホムラきゅんが段々あたしの攻撃を受けられるようになっていることにカ・ン・ゲ・キ♡」
大剣使いがほむらに向けてウィンクしながら言う。ウィンクを受けたほむらの背筋に寒気という名の怖気が走りぶるぶると震えている。
「それにデコイのスキルを使ってあたしの注意を引き付けてるうちにツバサきゅんとシンジロウきゅんが回り込んでの奇襲!貴方たち連携が上手くなってきてるじゃなーい♪おねーさん、成長の速い男の子はスキよ♡」
翼と信次郎は連携を褒められて嬉しくなったが、目の前人物からスキと言われげんなりした。
「でも、レイきゅんが見当たらないわね・・・」
ヒュンッ!風を切るように一本の矢が後方から大剣使いに向かって飛んでいく。
だが、大剣使いは後ろを振り返らずに飛んできた矢を後ろ手に空中でキャッチした。
「オイオイっ!マジか!」
「ホント、とんでもない事を平然とするよなこの人は」
「ええ、同じ人間なのか怪しく思っているところです」
ほむらと翼と信次郎が三者三様に驚いていた。
「なるほどね、ホムラきゅんが注意を引き付けてる間にレイきゅんも後方の離れた位置に移動して奇襲する構えだったって所かしら」
翼たちの作戦を理解した大剣使いは矢が飛んできた方向に顔を向けた。
「あら、随分離れたところから放っていたのね」
怜がいるのは大剣使いから100メートルほど離れた場所だった。だが、大剣使いの足が地面に軽くめり込み離れた瞬間砲弾が発射されるかのように怜に向かって飛んでいった。
「捕まえたわよー♡あんなに離れた位置からあたしを狙い撃ちするなんてそんなにあたしに気づいて欲しかったのーん♡もうイ・ケ・ず♡」
「違う!とにかく僕たちの負けでいいから離せっ!」
自分が放った矢が見もせずにキャッチされ、啞然としている間にあっという間に距離を詰められた怜は丸太のように太い筋肉の腕でベアハッグされていた。
翼たちの職業は聖騎士である。四人それぞれが違う武器を扱い、それに特化するようにステータスにもバラツキが出始めていた。だが、聖騎士は元からステータス値が高く基礎訓練をこなしてさらにステータスが上がっているのに大剣使いとは像と蟻ほど地力が違った。
それもそのはず、大剣使いはこの国の騎士団団長ジェシカである。訓練を始めてから一ヶ月そこらで剣の握り方を覚え、振り始めた赤子に遅れをとる訳がない。
午前の訓練が終わり、食堂に来た小夜たちは先に食べ終え本を読んでいた界人の席に集まりいつものように訓練の愚痴をこぼしていた。
「ったくあの団長マジで何なんだ?」
「見た目や言動だけでなくステータスまでバケモンだよねー」
ほむらと怜は午前の訓練内容を思い出し語った。界人もその内容を聞いてホントに人間か疑わしくなった。
「つっきーは午前中どんな訓練だったの?」
「私は、魔法を連続で放つ練習だったよ。魔法を放つのに使う魔力は沢山使った方が増えやすいんだって」
「あっ!それ私も前にやった。一応勇者だから魔法も複数使えるし」
女子二人は魔法の話で盛り上がり、男たちはジェシカの暴力的な強さにどう対抗するか話し合っていた。
「そういえば、四津谷君は何読んでたの?」
小夜は食堂に入ったときに界人が本を読んでいたのを思い出して、質問した。
「これは魔法式の基礎と例題が書かれた本」
「魔法式?あれ、四津谷君って鍛冶師じゃなかったっけ?ってきり鍛冶に関するものだと」
「魔法が使えなくても魔術は使えるみたいだから勉強してるんだ」
「へぇー。ちなみにその魔法式ってのは何なの?」
魔法式とは、ある事象を起こすために何をどんな効果でどれ程の規模と範囲でどれくらいの時間作用するなどを規定した魔術の設計図である。魔法式に使われる言語はこの国の文字であったり、他国のものであったり果ては別の大陸の文字もあったりする。しかし共通点しているのが、大雑把な魔法式は穴が多く威力精度共に低くなりがちで複雑なものは威力精度が魔法と遜色ないレベルにまでなると言われている。魔法式単体でも魔術の発動は出来るが、出力が不安定になりやすいため魔方陣として使うことが一般的。
―――と界人は小夜に説明した。
「うーん、なんか難しいわね」
「私も全然わかんないよー」
小夜と月石は界人が読んでいた本にある魔法式の例題を見てもさっぱり理解出来なかったようだ。翼たちも覗き見るようにして見ていたがチンプンカンプンの様子である。
「テキトーに文字を並べても発動しなかったりするからね。まずはちゃんと起動するものを覚えてる最中なんだ」
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界人は書庫に来ていた。
今日はサルバスの講義があるわけではないが別の目的のためサルバスのもとに訪れた。
「こんにちは、サルバスさん」
「おやカイト様、どうされましたかな?」
「この国の騎士団団長について少し伺いたくて」
「ジェシカ団長ですな。かの御仁と何かありましたかな?」
「いや、会ったことはないんですけど、俺のクラスメイトが訓練で散々しごかれてるみたいなんでそんなに強いのかと気になって・・・」
「なるほど、それでこの書庫に来たわけですか。私が知り得ていることで宜しければ、お聞かせします」
「はい、お願いします」
それからサルバスはジェシカ団長について語った。
アバンダンス王国騎士団ジェシカ団長。本名ジェスタ=ウォーレン=シルトクレーテ。ウォーレン伯爵家の次男で46歳。性格に難があるが、団員達からの信頼は非常に厚い。2メートルを超す巨漢で王国の守護者や最終防壁とまで言われている。
ウォーレン家は数多の騎士を輩出してきた名門で歴代にも騎士団長を務めた者もいる。その武名は国内外問わず、広く知られている。中でも、ジェシカ団長は王国がある南大陸において五指に入ると噂されるほど武名が轟いている。
そのきっかけとなったのが、今から15年前に起こった『ケレス戦役』と呼ばれる西大陸の巨大軍事国家である帝国が領土侵略を目的として起こった武力衝突だ。
アバンダンス王国は南大陸の中央から西部にかけて広い国土を有する国であり、農作物の生産と輸出は世界有数である。王国東部にはダンジョンも有しそこから取れる鉱物資源やモンスターの素材でも莫大な財を築き、大国として知られている。
しかし15年前にダンジョンでモンスターの大量発生及び地表進出でダンジョンがある都市は半壊するほどの被害を受けた。王国政府は直ちにモンスターに対処するため大規模な軍を編成し東部へ派遣した。都市が壊滅するより早く軍が到着し、モンスターは掃討されていった。だが、大規模な軍の派遣で手薄になった西部を帝国が侵略し、最も栄えていたケレスの街を占拠されてしまったのだ。
そこでケレスを解放するため動いたのが、当時中隊長だったジェシカだった。東部への派遣で自分の元には二個小隊ほどの戦力しか残っていなかったにも関わらず、一騎当千とも言われるほどの武勇で帝国兵3000名を撃退したことから有名になった。
以来、帝国は王国への領土侵略に難色を示し和平交渉を申し込もうとする穏健派と武力による領土侵略を目的とする強硬派に別れた。皇帝が代替わりし、現皇帝が穏健派の者になったため軍事的な衝突は15年前から一度も起きていない。
しかし和平交渉を結べていない現状、王国側は仮想敵国として帝国を現在も警戒している。
とサルバスがジェシカ団長にまつわる話を語ってくれた。
「マジで、何者なんですかそのヒト・・・」
界人の第一声はそれだった。
一人の人間に対して帝国側が指針を転換せざるを得ないほどの武を有する人物。同じ男としていや、オタク脳である界人からして圧倒的主人公な活躍をしたジェシカにとても惹かれた。同時に同じ人間とは思えなかったが。
「私も昔、同じ戦場でかの御仁が戦う姿を見たことがありますがカイト様と同じ感想でしたよ」
そんなことを笑いながらサルバスは話していた。
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王宮内にある執務室の机で簡素なドレスを着た十代半ばの少女が椅子に座り筆を走らせていた。
「はぁ、毎日毎日同じような書類作業が続くと退屈ですね」
そんなため息をついたのはこの部屋で公務をしている第二王女セレスティアであった。
「セレスティア様。お言葉ですが、このような状況になった原因の一旦はセレスティア様にもあると思われます」
そう言ってセレスティアを窘めるのはセレスティアの背後でいつものように付き従っている専属侍女のエミリアだ。
「分かっています。勇者様方をお支えするため父上、国王陛下に私の裁量で好きにしていいと許可を貰ったのは私自身ですから」
セレスティアは幼少の頃より好奇心旺盛な少女であった。何に対しても興味を示し様々な知識を吸収していき特に政治手腕に関しては才女と言われるまでになった。そんな折、異世界から勇者が召喚されたのはセレスティアにとって予想外の出来事であったが幸運でもあった。
セレスティアに婚約者はいなかったが、現在16歳である彼女には毎日のように縁談の話が舞い込んでいた。それは彼女が才色兼備であり、大国とされるアバンダンス王国の第二王女でもあるからだ。
そんな彼女に婚約者がいないというのは、国内の貴族のみならず国外の王侯貴族がこぞって我こそが婚約者にと名乗りをあげ争っていた。縁談の申し入れが来るたびセレスティアはその全部を上手いこと断っていた。
しかし、界人達が召喚されたことによって勇者への案内と支援を理由に一々縁談を断る言い訳を考えずに済むようになった。そうした方が断るにも一番角が立ちにくいからだ。
もちろん界人達が元の世界に帰れるようにちゃんと支援するし、それまで界人達の世界について色々知りたいという趣味と実益を兼ねた考えもあった。
「よし、これで勇者様方がこの国において当分生活する上で必要な財源の確保と予算案がまとまりました」
「流石です、セレスティア様。」
「ふふん♪もっと褒めてくれてもいいんですよ。お茶にしましょうエミリアも一緒にね!」
「かしこまりました。ただいま準備致しますので少々お待ちください」
この部屋には二人しかいないため、主従の関係であっても主人と一緒の席でお茶したり、会話を楽しんだりと砕けた態度でエミリアも接していた。それはセレスティアがそうするようにお願いした結果でもある。
お茶と茶請けを楽しみ、小休憩を挟んだあと公務に戻ったセレスティアの執務室にノック音が響いた。
「誰ですか?」
セレスティアが問うと扉の方に移動していたエミリアが少し扉を開け、外にいた人物と要件を聞き出してセレスティアに伝えた。
「セレスティア様。騎士団長閣下がお見えになっております。勇者様方の戦闘訓練の報告だそうです」
「そうですか。お通して下さい」
扉が大きく開き、執務室に入ってきたのはツインテールの2メートルを超える筋骨隆々の巨漢だ。
「セレスティア様。勇者様方の戦闘訓練と成長具合について報告しに来ましたわ」
ジェシカ団長の見た目と言葉遣いを気にせずセレスティアは執務室に設えられた応接セットにジェシカを促した。
「ジェシカ団長。よく来てくれましたそこの席にお座り下さい」
「ええ、殿下失礼させていただきます」
ジェシカと自分が座り、エミリアが準備したお茶が出てくると報告を聞き始めた。
「では、報告をお願いします」
「まずは勇者様方の戦闘訓練ですが、全員がステータスの伸びがよく通常では考えられないほどの速度で成長していますわ。ですが、それはステータスのみで戦闘技術についてはまだまだ未熟者が多く総合的には初級冒険者以上中級冒険者以下の戦闘力と言ったところです」
「ええ、そのようですね」
セレスティアはジェシカの話を聞きながら、手元にある騎士団から上がってきた訓練の模擬戦内容とその結果について書かれた書類を見ていた。
「当分は、ステータスを向上させる基礎訓練と模擬戦による戦闘訓練で経験を積んでもらう内容になるかと思いますわ」
「分かりました。それで遠征はいつ頃になるとお考えですか?」
「そうですねぇ・・・このままの訓練内容で2ヶ月後には最初の遠征に行けると考えておりますわ」
それからセレスティアとジェシカの会話は遠征に向けての詳細な打ち合わせに移っていった。
「では、こちらで必要な物資と人員を準備しますので何か他に必要でしたら報告してください」
「ええ、殿下よろしくお願いいたしますわ。ではこれにて御前を失礼致しますわ」
ジェシカが去ったあとの執務室でセレスティアはまたため息をついた。
「厄災を退けるため勇者様方に強くなってもらうため戦いを強いることになるなんて辛い役回りですね」
東にあるダンジョンの方角を向きながら、セレスティアは着々と遠征の準備を進めていった。