01 異世界
視界全体が白く発光し、床から輝いていた光を直視してしまった何名かのクラスメイトが目を焼かれ絶叫している中で、徐々に光が晴れていきいつもの見慣れた教室と景色が変わっていることに気づいた界人は周囲を見回した。
白亜の大理石で出来た床とその床から普通の建物じゃありえない高さまで伸白い柱がその空間には何本も建ち並び天井を支えていた。しかも天井には左右のステンドグラスからうまく陽光を取り入れ、部屋全体を明るくし様々な見慣れない画が所狭しと描かれているのが見えた。芸術分野に詳しくないものでも、神秘的に思えるこの天井壁画を見ると心を奪われ誰しもが吸い寄せらるように見つめていた。
空間的な広さは学校の体育館より少し広いくらいだと思い、さらに周囲を見回していた界人は自分達以外にもここに見慣れない格好をした人々がこちらを見ていることに気づいた。
すると向こうもこちら側が見ていることに気づき豪奢なドレスを着た少女と侍女らしき者、法衣のようなものを着た老人、何名かの中世の鎧騎士然とした格好の者が近づいてきた。
天井壁画を見ていたクラスメイト達も誰かが近づいてくる足音に気づき、視線を上から離した。
鎧騎士の腰の辺りには納刀状態であるとはいえ剣を佩いていたため、それを見たクラスメイトが表情を硬くし、緊張の孕んだ表情になった。
生徒達の一番前にいた瑠璃はあまりにも現実離れした出来事に硬直していたが、近づいてきた少女に声を掛けられ我に返った。
「ようこそお越しくださいました勇者様並びに賢人様。私はセレスティア=ゼントリア=アバンダンスと申します。どうぞよろしくお願い致します。」
そう言ってきたのは、コバルトブルーの瞳に緩くウェーブの掛かった薄紫色の髪を綺麗に伸ばし、髪色と同じ色の豪奢なドレスに身を包み界人達と同じ年頃に見える少女だった。
「あっ・・・えっと、私は吉田瑠璃といいます。失礼ですが、ここは何処であなたたちは一体・・・」
瑠璃は突然自分達が見知らぬ場所にいて、目の前の明らかに日本人ではない顔立ちの人達から理解できる言語で話しかけられたため、反射的に日本語で尋ねた。
「そうですよね。異世界から突然、召喚されて驚かれてるのも無理はありません。」
「・・・異世界?」
「はい。その通りでございます」
「・・・何を仰ってるのか分かりません。突然、異世界から召喚されたと言われても」
「それをご説明するために場所を移してもよろしいでしょうか?移動中でも簡単にご説明しますので」
瑠璃は提案された内容に、目の前の人物にこのままついて行っても大丈夫なのか少し逡巡したが、訳も分からずこの場にとどまり続けるよりはついていったほうがいいと考えた。
「その前に一つだけ確認させてください。剣を持った方がいらっしゃるようですが、私達に危害を加えるつもりはないのですよね?」
「ええ、そんなまさか。主が御遣わしになられた勇者様方に危害を加えるなんて滅相もございません。この者たちは、私の護衛に連れている者どもですのでどうかお許しください」
「そうですか。分かりました。生徒達に少し説明するので待ってもらってもいいでしょうか?」
「勿論です」
そう言って、瑠璃とセレスティアと名乗った少女の会話を見守っていた生徒達は瑠璃が次に話す言葉を待った。
(とりあえず、油断は出来ないけど言葉が通じて現状は危険でない事が分かってよかったわ。高校生といってもこの子たちはまだ子供。今は、私が先生なんだからしっかりしなくちゃ)
瑠璃は内心でまだ少し不安になりながらも、弱みを見せないように気丈に振る舞って生徒達にセレスティアからの提案に乗るか聞くべく語りかけた。
「みんな、突然こんなことになって訳が分からなくなっていると思うけど、誰も居なくなっていたりしないかしら?」
生徒達が周囲を確認し、全員自分の席順に並んでここに現れていたため欠員が居ないことを確認すると代表して小夜が瑠璃に伝えた。
「そう・・・。ねぇみんな、さっきセレスティアさんから言われたこと聞こえてた?ここから場所を移して詳しく状況を説明してくれるそうよ。現状、何が起こってるのか分からない私達よりも事情を把握してそうな彼女の提案に乗っても構わないと思うのだけどどうかしら?」
「「「「「「「「・・・・・・・・・・」」」」」」」」
特に反対意見も出なく、生徒達は瑠璃の考えに賛同するように静かに頷いていた。
「では、セレスティアさん案内をお願いしてもいいですか?」
「はい、承りました。外に馬車を複数待機させておりますので、どうぞそちらにお乗りください。カルロス枢機卿、勇者様方のご来訪を知らせてくださりありがとうございました」
「ええ、セレスティア様。また日を改めまして、そちらの方に伺わせていただきます。」
手短にやり取りを終え、セレスティアは出口の方に足を向け歩き出した。その背中を瑠璃を先頭にいまだ困惑したり、不安そうに怯えている生徒達がいる中、界人はずっと黙ってついて行った。
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生徒達が十人前後に分かれそれぞれに案内役の騎士が付き、二頭立ての大きく豪華な装飾が施された馬車に乗り込んだ。界人は一緒に馬車に乗ることになった瑠璃・小夜・月石・H4と案内役にセレスティアと侍女の女性から簡単に説明を受けていた。
「まずは、改めましてセレスティア=ゼントリア=アバンダンスと申します。ここアバンダンス王国の第二王女でございます。そして隣には居るのが私の専属侍女のエミリアです」
馬車に揺られてすぐにセレスティアは微笑みながら再び自己紹介をしてきた。そして、彼女が王女であることに乗り合わせていた者たちは、侍女と界人以外驚いていた。
「ええええ!!!!????王女様だったんですか!?大変失礼な態度をとってしまい誠に申し訳ございません!!!」
一番驚いていたのは瑠璃であった。最初に話した時から話し方や仕草に気品があると感じ、身につけているドレスや装飾品から相当なお金持ちのお嬢様だと思っていた瑠璃は、先ほどまでの自分の態度に思い至り青ざめていた。
普段の学校でクールな彼女しか見ない小夜達は、珍しくも慌てふためいている瑠璃を見て少し落ち着いてきた。
「どうか、御頭をお上げください」
「そんなわけには!」
「いえ、異世界から召喚された勇者様方には私の肩書なんて大した意味を持ちませんし、へりくだらないでください」
「いや、しかし・・・」
瑠璃は自分とは圧倒的に身分の違うセレスティアになお言いつのろうとする。
「勇者様方はこの世界では王族と同格に扱われます。さらに勇者様本人に至っては、国家元首である王と立場は同格です。ですので、あまりへりくだられると風聞がよろしくないのです」
そこまで言われ、瑠璃は渋々納得した。
「よろしければ、皆様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
セレスティアが尋ねると順番に近い順から―――
「この子たちの仮ではあるけれど、教師の吉田瑠璃です。あ、もしかして名前の方を先に言えばいいのかしら?」
「ルリ様がお名前で、家名がヨシダ様ですか?」
「ふふ、そんな家名なんて立派な家ではないですよ。苗字はありますけど、一般市民です」
「そうなんですか。市井の民が名とは別に苗字というものを持っているのですね。もしかして勇者様方の世界ではそれが普通なのですか?」
自分の知らない世界に関する常識に興味をそそられたのか不思議がりながらも嬉しそうに笑うセレスティアに場が少し和んできたことで、テンポよく続こうと小夜も自己紹介した。
「私は、小夜有本といいます。このクラスのリーダー的な学級委員長をやらせてもらっています。セレスティアさんよろしくお願いします」
「わ、わた、ワタシは月石牧野です。よろしくお願いします」
小夜に続き月石も緊張気味に自己紹介して、H4も流れるように続いて界人の番が回ってきた。
「俺は、界人四津谷君です。王女様早速で申し訳ないんですが、色々聞きたいことがありすぎるのでまず最初に仰っていたこの世界のことについて説明してもらってもいいでしょうか!」
早口でハキハキとした口調に好奇心を滲ませる顔でセレスティアを見つめて界人が聞いてきた。
その様子を見た周りのクラスメイト達が今日、何度目ともしれない驚きで口をぽかんと開けていた。それも普段の界人の学校生活を知る者からすれば仕方のない反応である。
なにせ、普段の界人は読書ばかりして誰とも会話しようとせず周りには興味を全く示さないのだから。
「・・・え、ええよろしくお願いします。カイト様。では、もう少し皆様の世界についてお聞きしたかったのですけど、私の我儘ばかり言ってもしょうがないですから。自己紹介も済ませたので本題に移りましょうか」
セレスティアもいままで一言も発さず、大人しかった少年が急に元気よく話し出したことに驚いていた。しかし、界人が元々の本題を口にしたためすぐに話は再開された。
「まず、皆様が召喚されたこの世界はアルメヒティヒと呼ばれています。そして、先ほども少し口にしましたが、ここアバンダンス王国は南大陸に属する国家でございます。他にこの大陸には三ヵ国ございますが詳しくは後ほどに。皆様を召喚したのは私共ではございません。神託の導きに従い、お迎えに上がった次第です」
それからも馬車内ではセレスティアからのこれから向かう場所についてやこの世界の説明が続いていき、瑠璃や小夜、界人が質問するなど目的地に着くまで会話は途切れることはなかった。
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界人達が案内されたのは、この国の権力の象徴でもある王宮の謁見の間であった。
ここに来るまでの間に馬車から降りて入り口から廊下・壁・天井の煌びやかな造りに終始圧倒され、すれ違うたびに鎧を着た騎士や侍女のような格好の者から敬意に満ちた態度で傅かれた。ただの学生である界人達にそのような態度ばかりとるものだから、自分達が偉くなったのだと錯覚してしまいそうになったのだ。
両開きの扉の前に立つ二名の騎士が近づいてくるセレスティアと後ろに続く界人達を見て一人が扉を少し開け、中に向かって何事かつぶやくと少しして内側から扉が開いていった。
そのまま正面の一番奥まで延びた真紅のカーペットを歩き、部屋の中程まで進むとセレスティアは止まり界人達の前から横にずれて控えるようにして立った。
謁見の間には界人達の左右に鮮やかな色の布地に華やかな刺繡が施された服を着た者たちが二十人以上並び、正面の数段高い位置には初見でもそれが王が座る場所で玉座と呼ばれるものがありその前に立ってる人物がこの国の国王であることが誰にでもわかった。国王の隣にはセレスティアと同じ髪色で顔立ちが似た女性と青年、少年が同じようにして並んでいた。
「陛下、神託に従い異世界より召喚された勇者様方とお連れしてまいりました」
「うむ。ご苦労であったセレスティアよ。無事、余のもとまで勇者殿方をお連れしたこと褒めて遣わす」
「勿体なきお言葉でございます。陛下」
セレスティアとそんなやりとりを交わす目の前の人物が自分達を見回し、口を開くと―――
「勇者殿方よくぞ参られた。余は第十七代アバンダンス王国国王のアルバート=ゼントリア=アバンダンスである。この世界に来訪されたことを歓迎致そう」
この場の誰よりも仕立ての良い服に袖を通し、煌びやかに金糸で装飾されたマントと頭上には大小様々な宝石が嵌め込まれた王冠、手には王冠と同じようなデザインの王笏を持ったアルバートが威風堂々と名乗りを挙げた。
次に、アルバートの隣に居た者達から王妃のアイリーン、王太子で宰相のユークリウス、第二王子のジゼルと自己紹介していき、界人達の左右に居た者達は高位貴族で位の高い順から紹介されていった。
一通り自己紹介された後、歓迎と勇者との交友を深めるという名目で立食形式の簡易な晩餐会が開かれた。地球にある料理と似たものやこの世界独自と思われる食材を使った料理などが提供され会場は和やかな雰囲気に包まれた。不安な気持ちを抱いて暗くなっていた生徒達も含めて誰もがその美味しさに舌鼓を打ち僅かばかり気持ちを明るくさせたことだろう。
そう・・・。生徒達が不安で暗くなっていたのは突然、異世界に召喚されたことだけが原因じゃない。
この世界には地球では御伽噺によく出てくる魔法や魔術と呼ばれるものが存在する。それを用いて様々な現象を引き起こし、モンスターの討伐や人々の生活に役立てたりなど多様に発展してきた。だが、別の世界から人や物をこちらの世界に召喚する類の魔法や魔術は現代の人の技術では不可能とされている。
つまり、どういう事かと言えば元の世界に帰れないのである。
界人は晩餐後、個人一部屋で自分に引き渡された部屋のベッドで仰向けになり天井を見つめながら馬車内で話し合われた内容について考え整理していた。
(セレスティアさんから聞いた話をまとめると俺たちをこの世界に召喚したのは、この世界の神と呼ばれる光明神フェアラトによるものだという。フェアラトは近々起こるであろう厄災と呼ばれるものを退けるため、勇者とそれに近い資質を持つ者たちを呼び寄せるため周りにいた者たちも巻き込む召喚になったそうだ。その結果、力の大半を使い果たしたフェアラトは深い眠りにつく前にこの国に勇者達を託し厄災に備えさせるよう神託を残したみたいだ。)
そうまとめ、少ししてから界人はニヤリと口の端を吊上げ笑った。
「いよっしゃぁぁぁぁぁ!!!!!まさか、ラノベで読んできた展開に自分が遭遇することになるなんて思ってみなかった!今まで毎日学校に通っていた意味がちゃんとあったんだと理解する日が来るなんて」
さすがに他のクラスメイトが元の世界に帰れなくなり不安で絶望しているだろう中で大手を振って喜ぶわけにはいかず大人しくしていたが、今は自分一人しかいない状況なので我慢していた分よりいっそうはしゃいでいた。
もちろん界人にも元の世界に帰れなくった事への不安は少なからずある。だが、不安よりもアニメや漫画に出てくる世界に自分が居るのだと思うとたまらなく嬉しくなり、喜びの方が勝っているという心境であった。
「明日は個人のステータス測定と適正職を調べるんだったな。このテンプレ王道展開はやっぱり何度考えても素晴らしいなぁ」
そんなことを口にしながら美味しい食事で腹を満たしたこともあってウトウトと睡魔に誘われるように深い眠りにつくのであった。
次もなるべく早く上げます。