実は監視されていたらしい
結構有名な話なのです
知る人ぞ知る話なのです
島根県にあります出雲大社のことなのです
大国主命が主祭神なのですが、日本書紀やら古事記に登場して天孫(後の大和)側に国譲りをしたという話で有名な神様ですね
また、遠方より海を渡って出雲に現れたらしい小さい体の少彦名命と日本国中に文化を伝えて回ったとうことでも有名です
その為か、全国には大国主命をお祀りする神社が多いのです
天孫側から武御雷神が派遣されて、大国主命に国譲りを迫ったところ、息子達が承諾したら私はそれに従うと言ったそうです
事情は解りませんが、これを知った時に責任者やのに責任転嫁か?と私は思ったのですね(笑)
あくまでも事情は解りませんよ
それで長男の事代主神に武御雷神が聞いたら「お譲りします」と返事をして、呪いをかけてすぐに隠れてしまった(多分残念な想いを胸に自分であの世へ旅立ったと言うことでしょう)
次に次男の武御名方神に聞いたら、武御雷神に対して「力比べをしよう!」と申し出たのです(相撲の原型とか・・・)
でも、武御名方神はボロ負けして、信州つまり長野の諏訪まで逃げて「今後この場所から一切外へは出ません」と誓い降参して武御雷神に許しを乞うたのです
それ以降武御名方神は諏訪大社上社に祀られています
一般に10月は神無月ですが、出雲では神在月と言いまして全国の神様が一堂に出雲に集まる月なのですね
だから出雲以外は神無月なのですね
ところが諏訪大社の武御名方神だけは約束通り諏訪から出られないので、出雲には行かれないそうなのです
さて、こうして大国主命は名実ともに国譲りを承諾することになるのですが、条件として「私のために立派な宮殿を創建してほしい、その中で私は常世の国に隠れます」と言いました
そして出来たのが最初の本殿とのことです
今の本殿は高さが24メートルらしいのですが、当初の本殿は48メートル(あるいは96メートルという説も)もあったそうでまさに高層宮殿ですよね
それで何故そんなにも高いのか?
一説ではこの宮殿は大国主命の幽閉所だったらしいとのことです
監禁するために外部と完全に遮断した環境にしたとか
ここで興味をそそられるのが本殿内の大国主命の鎮座している場所なのです
南に開口した本殿入口を入ると正面には木の壁があり真っすぐ進めない
左(西)向いて次に右回りでぐるっと回る(北へ向く)と、その正面の壁際には別天津神と言う、国産みをした伊弉諾神、伊弉冉神より古い天孫の元祖神とも言われる5神が客座と言われる席に並んでこちらを向くつまり南向きに鎮座しておられる
そしてさらにそこから右(東)を向くと、大国主命が三方を囲まれた部屋で西向きに鎮座しておられる
これって、別天津神に監視されているような位置関係ですよね
さらに、参拝者は本殿に対して北向きで参拝するのです
つまり参拝者に対して大国主命は正面を向いていないことになります
とても不思議な位置関係ですよね?
この位置関係から見ても大国主命は監禁されていたのではないの?
と思ってしまうのです。
余談ですが、古来から天皇であろうとも出雲大社の本殿内には入ることができないしきたりがあるそうです
出雲大社の注連縄って他の神社とは左右を逆に取り付けてあるそうですしね
何かこれって出雲と大和朝廷に物凄く根深い確執があるような感じがするのです
そしてこれまた謎なのが大和一の宮であるまさに大和の氏神様である大神神社のご神体である三輪山・・・御諸山とも言って神が鎮まる山という意味らしい・・・に祀られているのが大国主命という出雲の神様であることなのです
何故?
ほんと古代史好きの私には空想と妄想の案件です