東の刺客
大山脈より四つに分断された大陸。その東部の草原に位置する剣士の集う地・天都ヶ原。
天都ヶ原の剣士は最低限の衣食住を備えた集落に十数人ほど集まり、自分たちの受け継いできた剣技こそが最強であると証明するために鍛錬を続けてきた。
自らの剣技が極まったと感じた時点で草原各地を回り、同様に外に出てきた剣士と立ち合いを行なう。そうして自らの剣技を更に研ぎ澄ましていく。
最強の剣技。
それ以外に彼らの目的はなく、ひたすらに強さを求めて生きてきたのだ。
そんな彼らの集落の一つに足を踏み入れた。
草原中に生息する大型四足獣の骨格を組んで作られたテントが立ち並んでいるが、それらの下に転がっている人間は、全員が首と胴体を切り離されている。それらの表情は例外なく苦痛に歪み、壮年の男性ですら涙を始めとした体液に塗れている。胴体を見ればその理由は明らかで、体中を執拗に刃物で突き刺された跡が残っている。
殺すことが目的ではない。そう理解させるだけの惨状が広がっていた。
次に訪れた集落も、その次も同様に住民全員が斬殺されていた。
斬殺死体はこの天都ヶ原においてそこまで特別なものではない。旅に出た剣士たちの立ち合いで負けた者はその場で死を迎える。
しかし、それは敗北を喫した剣士に対して敬意を表すものであり、集落に留まっている剣士を狙う輩は今回においては存在しなかった。
それが発生したということはーーーーー。
その時、背後で土を踏みしめる音がした。
素早く振り返るが何もいない。しかし、少し離れた地面で土煙が立っている。それに気づくと同時に視界に影が生じた。
鋭く風を切る音がした。反射で頭部をかばう様に腕を掲げる。
ガキン、と金属のぶつかる音がして、一拍おいた後に目の前に影が着地した。
「あれ?あれれ?なんで斬れないんだ?」
小柄な体に赤黒く変色した布を纏い、そこからはみ出した右手に短刀を携えた少女は、場違いなほど呑気な声色で今起きた現象に対して反応を示した。
「おかしいよ?おかしいよね?今までこんなことなかったよね?なんでかな?なんでかな?」
少女は尚も不思議がって、自らの得物を光に翳して何かを確認している。
黒色の鋼を鍛えて造られたその短刀は光を反射せず、この世界からはみ出しているかのような異物感を放っている。
特におかしなところは見つからなかったのか、少女は怪訝な表情を浮かべ、躊躇なく自分の腹に短刀を突き立てた。
「うーん。普通に斬れるよね?じゃあこの子がおかしいわけじゃないんだね?」
先ほどまでと変わらない様子で話し続ける少女。素早く刃を引き抜くと刀身に血が付着しているが、刺さっていた箇所には傷が残っていない。傷がつかなかったのではなく、ついた傷が瞬く間に完治した、というのが正しいように思う。
これこそが少女の持つ短刀、回剣の能力だった。
「それならさ、それならさ?あなたがおかしいってことだよね?楽しいね、楽しいね!ここの人たち一度斬っちゃうとすぐやる気なくしちゃったからさ?」
左手を地に添え、突撃体勢に入る少女。
「いっぱい楽しませてねっ!」
その言葉と同時に少女は弾かれたようにこちらへと向かってきた。少女は右手に持った短刀を左腰に持っていき、逆袈裟斬りの構え。
少女との間合いが完全に詰まった時、少女の右腕が閃いた。それに反応し右腕部による防御を試みたが、少女の右腕が振り抜かれても短刀との衝突は起きなかった。
一体何が起きたのか。確認しようとしたところで胴部に鋭い衝撃が走った。少女の矮躯からは考えられないほどの衝撃に体全体が後方にずれる。
見れば、先ほどまで右に持たれていた短刀が左手に携えられていた。斬撃を行なう瞬間に短刀を握る力を抜き、逆袈裟斬りの回転を利用して宙に浮いた短刀を左手に移してそのまま斬り上げる。言葉にしてしまえばこれだけのことであるが、それを実践で行える胆力と、それを行なったのが年端もいかない少女であるという事実に、どこか空恐ろしさを覚える。
そんな神業を見せた少女だが、むしろ嬉しそうに笑っている。
「楽しいね?楽しいね!まだ斬れないものがあったなんて嬉しいね!どうやったら斬れるのかな?考えるのは楽しいね!」
少女との戦闘はここから丸三日続いた。
◇
あれ?あれれ?おかしいな?
なんで私、転がってるのかな?
あぁ、そっか。
私、負けちゃったのかな?
そっか、じゃあ、しょうがないよね?
あの子も持っていかれちゃったみたいだし、このまま死んじゃうのかな?
怖いな、怖いな。
死んじゃうのは、怖いな。
痛いのが消えないのも、怖いな。
なんでかな?なんでかな?
なんで私、死んじゃうのかな?
みんなをぐちゃぐちゃにしたことって、そんなに悪いことだったのかな?
でもさ?でもさ?
私がされたことをしただけだよね?
それって悪いことなのかな?
わかんないね?わかんないね?
うれしいと、たのしいしか、おしえてくれなかったもんね。
でも、たのしかった、なぁ。
まだ、たのしいこと、したかったなぁ。