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南の王女

 大山脈により四つに分断された大陸。その南部の平地に位置する君主制国家・モンフォール王国。

 建国の時代から続く王家によって統治されてきたこの国は、大きなパラダイムシフトはないものの勤勉な人材を多く輩出し、優秀な王を支えることで堅実に発展してきた。

 その象徴たる王城と膝元である城下町の洗練された意匠や、使用されている石レンガの鮮やかさからも国内の技術力の高さが感じられた。

 しかし、それら芸術とも呼べるほどの建造物は、今降っている雨が止むまで続いた大火災によって煤にまみれ、道には焼けた人型が累々と連なっている。手頃な場所に転がっている人型を見れば、今にも叫びだしそうなほどの悲痛さを感じさせる表情を浮かべたまま絶命していた。


 焼け跡となった城下町を歩く。燃え残った天幕や籠、装飾品等を見ると、この辺りは露店の並んだ市場だったのだろう。

 本来であれば活気に満ちていたはずの通りに人気はなく、硬い足音だけが空しく響いた。


 三日前。この国は滅亡した。

 日々の商いに精を出していた商人も、国民たちを守るために鍛錬を続けた兵士も、より良い国へと導くために頭を悩ませた政治家も、未来を夢見て健やかに過ごしていた子供たちも、その全てが突如として殺し合いを始めたのだ。

 商人は自らの扱う品物で街に火を放ち、兵士は鍛え上げた肉体で隣人の頭をかち割り、政治家は法令の書かれた書物で対面に座する者に殴りかかり、子供たちは小さい体で近づいた人を無差別に刺し貫いた。

 それまでただ平和に暮らしてきた人々は、彼ら個人の思想に関わらず無感情に破壊行動を続け、建国史上最大の暴動はそのまま全国民の死亡という結果を残し今に至る。


 遠くに見える王城、その一角に聳える尖塔の最上階に向かって歩を進める。

 王国最後の生き残りにして、暴動の元凶となった少女の下へ。



 塔の内側に配置された螺旋状の階段を上る。

 石造りの武骨な外観を持つこの塔は、現国王唯一の娘である王女の住居として、内部は過剰なまでに飾り立てられていて、招かれた者全てを威圧しただろうことが伺えた。

 絨毯や垂れ幕はふんだんに使われた金糸によって紋様が描かれ、壁の至る所に配された金物も全てが金を基調とした華美な代物。本来であれば全体のバランスを見て配置されてしかるべきそれらの装飾は、一つの空間に詰め込まれた結果、そこに住まう者の尊大さを演出するだけのものに成り下がっている。

 そんな居心地の悪い空間を通り、階段を上り切った先が今回の目的地だった。

 これまたごてごてと装飾の施された扉は、閉ざされていればその威容から開けることを躊躇させたのだろうが、開かれたまま放置されていた。


 中を覗くとそこに件の少女がいた。


 艶やかだった金髪は頭皮にまばらに残る白髪に。

 豊かで蠱惑的だった肢体は骨と皮のみの老人のように。

 高慢ながら意志の強い光を発していたルビーの瞳は落ちくぼみ、下を向いたまま動かない。

 元は豪奢なドレスだったのだろう薄汚い布切れに包まれた、襤褸雑巾のような女性がこの国最後の生き残りである王女だ。

 ベッドの上に座り込み、一振りの長剣を抱えたまま震えている彼女は、部屋に入り込んだ異物に気づいたのか顔を上げた。


「ひっ、だ、誰?」


 かつて自らにすり寄る者に蔑みの目を向けていた少女の眼には、自分以外の人に対する恐怖が浮かんでいた。

 彼女の下に近づこうとすると、少女はそれと同じだけ後ずさる。


「やめて、近づかないで…。私が悪かったから…」


 モンフォール王国第一王女である彼女は、国王唯一の娘ということで幼少の頃から大事に育てられた。欲しいものは何でも買い与えられ、気に食わない人間を指先一つで絞首台へと向かわせた。

 まさに暴君の如き振る舞いにより国民から『狂姫』とまで呼ばれたが、もちろん彼女の力だけでは国一つを滅ぼすほどの暴動など起こせるはずもない。王国滅亡を招いた動乱の元凶は、彼女の抱えている剣にあった。

 王剣。

 現代においてそう呼ばれている剣は、建国王である初代国王が建国の地を探す旅の途中で、星の墜ちた大地より持ち帰ったものだと言い伝わっている。

 自らの思考通りに他者を動かす異能を所有者に与えるその剣は、建国王の代より国民全員が団結しなければ解決できないほどの国難を乗り越えるためにのみ、国王によって使用されてきた。

 王剣の存在は代々王家の人間にのみ知らされ、決して悪用することのないようにと伝えられてきたのだが、これを国王から伝えられた彼女の頭にはどう活用しようかという考えしかなかった。

 しかし、彼女の目論見は父王から告げられた考えによって打ち砕かれたのである。


「だって、お父様が、この国をき、共和制に変えて、王剣も信頼できる隠者に託して、封印するなんて、いうから」


 少女の父、モンフォール王の考えていた共和制構想。

 これを知った彼女は焦った。将来自らのものとなるはずだった国が、どこの誰とも知らない輩に盗られると思ったのだ。

 そこで彼女は国宝の類が保管されている宝物殿へと忍び込み、その最奥に安置されていた王剣を盗み出した。


「ちょっと脅してやろうと思っただけなの…。この国は私のものなのよって。でも、私が命令を出したらみんな無表情になって、どっかいっちゃって。そしたらすぐにあちこちから大きな音が聞こえだして。街のほうも真っ赤になって…。こんなになるって分かってたら、こんな剣使わなかったのに!」


 そう叫ぶと少女は王剣をこちらへと投げ、頭皮を激しく掻き毟りながら絶叫する。王剣を難なく受け止めると彼女はベッドからずり落ち、テラスのほうへと這いずっていく。


「何なのよ、あなた…。いったい誰なの…?何しに来たのよぉ…。やだぁ、死にたくないよぉ…。まだやりたいこともたくさんあるの…」


 衰えた身体を引きずって外へと向かう少女。赤子のそれと比べても緩慢な動きではあったが、そこまで時間もかからずテラスの端まで辿り着いた。

 小さな声で譫言を呟きながら、手すりに掴まり空を見上げる彼女の表情は虚ろで、最早目の前すら定かではないだろう。


「おとうさまぁ…、どこに、いったの?わたし、おとうさまといっしょにいたいよ…。わたしをひとりに、しないでよぉ…」


 それだけ言うと少女は手すりを乗り越え、空へと身を躍らせた。

 しばらくして、ぐしゃりと何かの潰れるような水音が小さく聞こえてきた。

 こうして、モンフォール王国は長き歴史に幕を下ろした。

 自分の思うままに生きた少女はその蛮行により国を滅ぼし、その罪悪感によって命を散らしたのだった。

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