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セリナ編

長編の気分転換に、短めのお話を書いてみました。楽しんでもらえたら嬉しいです。

 バイオリンのメンテナンスが終わって気持ちが浮き立った私は、楽器を抱えて足取り軽く自宅に向かって歩いていた。

 ふふっ、嬉しい!

 コンクールも大学の授業も一区切りついたし、趣味のJ−POPでもアレンジしてみよっかな?とウキウキと歩いていたのがいけなかったのか、踏み出した足が宙を蹴り、え?と思い身構えた瞬間には、何故か周囲の景色が無になっていた。


 見慣れた道も、走る車も、建物も何も無い、ただ真っ白な空間。


 思わず立ち止まってグルリと周囲を見回す。


「え?夢じゃないよね?」


 どゆこと?

 ただ成すすべもなく立ち尽くす。

 と、いきなり後ろから肩を掴まれた。


「おい!こんなところで何してる!」


 振り向いた先で私の肩に手を置いていたのは、深緑の詰襟のまるで中世の軍服のような格好をした男の人。西洋人の顔立ち。

 そして、彼の周囲に広がっているのは、見たこともない風景。

 目の前には、手入れをされた庭?そこを囲うのは石畳の道、向こうには石造りの大きな建物。どこかの大きな邸宅のような……ドイツ?ううん違う。イギリスのマナーハウス?なんだろう近いようでしっくりとは当て嵌まらない。

 そして、話し掛けられた言語は、日本語でもドイツ語でも英語でもない。なんていうか、音声は違って聞こえるのに、脳内で理解したそんな感覚。


 なにこれ……


 よくわからない感覚に、背筋がゾワリと冷たくなる。


「おい!聞こえているのか?」


 再びその人は言った。

 とりあえず英語で答えてみる。


 〘あの、すみません。ここどこですか?〙


「は?お前、何言っている?」


 男性の眉間にシワが寄り、訝しげな表情で問いかけられた。

 淡い金髪に透き通るような蒼い瞳の整った顔立ち、背が高く肩幅も広い。なんだか典型的なゲルマン民族っぽい。やっぱりドイツ?

 彼の言った、何言ってる?は、言語がわからないということなのか?私の言っている内容が怪しいのか?どっちだろう。


 〘あの、私東京にいたはずなんですが、気がついたらここに立っていて。一体何が起こっているのか、さっぱりわからないんです〙


 一応、今度はドイツ語にしてみた。若干途方に暮れて眉尻が下がる。


「まさか、迷い人か?」


 男性は、呆然とした様子でそう呟くと、しばらく考えるように目を伏せる。やがて顔を上げると、


「とりあえず中で話を聞こう」


 と、私を建物の中に案内してくれたのだった。




「私は、芹那=テレジア=水城。父が日本人、母がドイツ人で、今は東京G大の3年生21歳です。さっきまで東京にいたはずなんですけど、気がついたらこちらのお庭に」


 通された部屋はおそらく応接室。重厚で品の良い家具や置き物が配置され、アンティークなデザインのソファに腰掛けている。

 私の向かいには、私に声を掛けた男性と、横には栗色の髪に蒼翠の瞳を持つ落ち着いた感じの年配の女性が、微笑みを浮かべて座っていた。彼女の服装もまるで19世紀のヨーロッパ時代の貴婦人のようだ。

 そして、私は結局日本語で自己紹介をしてみた。


「そうですか。私は、メイベル=ヴァレンシン。この家の主で、こちらのディートフリートの母ですわ。息子から貴女が迷い人ではないか?と聞きました」


 うん。よくわからないけど何語でも通じているらしい。そして、メイベルさんの言うことも理解できる。耳から入ってくる音は明らかに違うのに、まるで頭の中に字幕が流れているようだ。不思議な感覚。


「迷い人ってどういうことでしょう?そして、ここは一体どちらでしょう?」


「ここは、ラメール大陸のファーレン王国。ヴァレンシン領の領主の邸宅ですわね」


 メイベルさんの言葉に思わず顔を顰める。ラメール大陸?ファーレン?全く聞き覚えのない単語に混乱した。言葉のことといい、国名といい、嫌な予感しかしない。


「セリナ、迷い人とは、こことは異なる次元?いえ世界かしら?から、偶然こちらの世界にやって来てしまった人のことを言うの。ごく稀にそういう人がいると。私達もお伽噺だと思っていたくらい、珍しいことだけど」


 メイベルさんは、ゆっくりとした口調で、私をじっと見つめて言った。

 冗談を言っているようには見えない。

 一瞬、気が遠くなるような気がした。

 でも、どこかで感じていた違和感が、しっくりと胸に納まる気がして、ああそうなんだとジワリと実感したのだった。


 メイベルさんは、途方に暮れた私を気の毒に思ってくれて、この邸宅に部屋を用意してくれた。

 好きなだけ滞在していいからと笑い、ディートフリートさんも私の世話を買って出てくれた。

 私は、この優しい領主親子に助けられ、少しずつこの世界を知っていくことになったのだった。


 この世界は、私の住んでいた地球によく似ている。正確には、150年ほど前のヨーロッパに。でも、決定的に違うことが1つ、魔法が存在することだ。


 と言っても、そんなに大掛かりなものじゃなくて、現代の地球にあてはめると、電力とか動力とか、それが魔力になっていて、魔法が使える感じかな。

 だから、文化は地球より150年程前な感じだけど、生活はそんなに不便じゃない。

 そして、人の魔力の大小はそれぞれあるんだけど、私は底が見えない、と言われた。

 でも、この世界で育っていない私は、皆がやるように魔法が上手く使えなくて。

 言語の変換だけは勝手に発動しているらしいけど、なんとバイオリンの演奏で魔法が発動するということがわかった。

 ただ、発動する魔法が曲のイメージでなんとなくっていうのが、なんとも使い勝手が悪い。


 バイオリンは幼少期から続けていて、両親ともに音楽家だったから、私にとっては自然に側にあるものだった。クラシックでヨーロッパの留学経験やコンクールの受賞歴もあるけれど、基本的には東京に住んでいて、J−POP曲をアレンジして演奏するのが好きだった。メンテナンスが終わったばかりのバイオリンを抱えてこの世界に迷い込んだのは、不幸中の幸いだったけど、いざ弾いてみるとその使い勝手の悪さが発覚したのだった。


 どういうことかというと……この世界に来て、不安と悲しい気持ちのまま「涙そ◯そ◯」を演奏したら、晴天だったのに雨が急に降り出して、演奏を止めたらまた晴れた。

「ハナレ◯ミ」を演奏したら、聴いていた人達に、疲れがとれて癒やされたと言われ、「人生の◯リー◯ーランド」を演奏したら、周囲の草木に一斉に花が咲いた。

 発動条件が謎すぎる。




「セリナ、お前のそのバイオリンという楽器の演奏は、頼むからこの屋敷の中に留めておいてくれ。何が起こるかわからない」


 目の前で頭を抱えているのは、メイベルさんの息子のディートフリートさん。最初に私を不審者扱いした彼だったけど、今は本当に親身になって世話を焼いてくれている。

 彼はここの領主の長男で、メイベルさんについて領主の仕事を学びながら、ヴァレンシン領の領軍を指揮してもいるらしい。

 結構忙しい身の上なのに、そこに私の世話係という仕事まで増やしてしまった。

 なんと!20歳独身!年下だった!1つだけど。

 いやあ、年下の男の子にいろいろと負担をかけて、本当に申し訳ない。


「そうなんですよね〜なんていうか具体的な効果をイメージして弾いているわけじゃないんですけど、不思議なんですよ。「帰りたく◯ったよ」っていう曲をイメージして弾いても戻れる気配ないし、かといって、「人生の◯リー◯ーランド」をなんとなく弾いたら何故花が咲く?ていう感じで。読めませんね〜」


 思わず遠い目をしてしまった。

 ディートフリートさんは、そういえば……と思い出したように続けた。


「「帰りたく◯ったよ」か? あの曲を聞いたうちの執事夫婦が、夫婦喧嘩中だったがお互いに反省して仲直りしたと言っていたな。相手を思いやる気持ちが湧いてきたとか」


「そうだったんですか? すごい意外な効果!」


 仲直り効果って、すごいなあ。魔法って不思議!

 私が自分のことながら感心していると、ディートフリートさんが一つため息をこぼし、言いづらそうに、私を窺い見て言った。


「帰りたい、か。調べてはみたが、これまでこちらに来た迷い人の記録では、戻った者がいたという記録は無かった」


「そうですか」


 なんとなく、わかってはいた。

 ディートフリートさんは、ここしばらく王都のお友達や知り合いなど、伝手を駆使していろいろ調べていてくれていた。

 彼はファーレン王国では結構な有力者で、その彼が調べてくれたのなら、事実なんだろう。

 ディートフリートさんは、本当に申し訳ないような顔をして、私に頭を下げた。


「力になれなくてすまない」


「そんな!ディートフリートさんが謝ることなんて、何も! ここに置いていただけるだけで助かっています」


 私は思わず顔を上げて、ディートフリートさんに真剣に訴える。

 本当に、彼がそんな風に申し訳なさそうにすることなんて、全然ない。私は、むしろ彼に迷惑というか、世話しかかけてない。

 この地で、まだ20歳の彼が抱えるものはとても大きいのに、私はここに来て、彼にずいぶんと助けられている。生きる上でも、精神的にも。

 だから、そんな顔をしないで欲しかった。


「いや……多分、この状況を喜ばしいと思っていることが……」


 ディートフリートさんが、顔の下半分を手のひらで覆ってボソッと呟いたのでよく聞き取れなかったけど、私は自分自身のことで彼に迷惑をかけず、今後の生活を考えなくっちゃ、と悩ましい。


「でも、屋敷の外で演奏出来ないのは……」


「困るのか?」


 う〜ん、と腕を組んで考えていたら、ディートフリートさんに覗き込まれるように視線を合わされた。


「私の仕事は、この楽器を演奏してお客様に喜んでもらうことです。他に生きていく術を知りません。だから、皆さんに演奏を聞いて貰えないというのは、とても困ります」


「そうか。ならば検証してからだな。癒やされたり花が咲くぶんには構わんが、何が起こるか予測出来ないのは困る。同じ曲で同じ効果が出るかもだな」


 ディートフリートさんは、そう言って提案してくれた。

 ああ、また彼の手を煩わせてしまう。


「なんだかすみません。ご迷惑というかお手間かけてますよね。ここにも居候のように置いてもらってるし」


「それは構わない。セリナ、お前が気にすることは全くないんだ。お前1人くらいなんてことはないし、迷い人は保護されて然るべきだ。こちらにやってきたのには、何か理由があると思うしな。それに俺は結構この状況を楽しんでる」


 微笑みながらそう言う彼は、年下ながらとても頼りになるし、優しい。だから、私も前向きになれている。


「そうですか?まあでも、何を起こすかわからない私を、放置も出来ませんよね。検証頑張ります」


「お前の演奏する曲は、どれもとても良いな。心に響く。お前の世界には、たくさんの名曲が溢れているんだな。それにそのバイオリンという楽器が奏でる音も、俺は好きだ」


 この世界の楽器は、鍵盤や笛はあるのだけど、弦楽器はハープとかギターみたいな爪弾くものしかなかったから、最初私がバイオリンを演奏したときは驚いていたっけ。


「ありがとうございます。私のいた国のミュージシャン……音楽家が作った曲なんです。どれも大好きで、こうして聴いてもらえるのは、とても嬉しい」


「そうか。では検証を済ませて、演奏の機会を儲けられるよう、俺も手伝おう」


 ディートフリートさんはその言葉通り私の演奏にいつも付き合ってくれて、ときにはメイベルさんや、お屋敷の使用人の方々や騎士や領軍の皆さんにも手伝ってもらって、なんとなく傾向と対策、そして、制御も出来るようになっていった。


 そして、この地に来て1年も経つ頃には、ヴァレンシン領の領都で、小規模の演奏会を開くことも出来るようになって、そろそろお屋敷を出て、独り立ちも出来るかな?なんて考えていた。


 そんな考えはとても甘かったのだけれど。



 ある日、ヴァレンシン領は、突然隣国からの攻撃を受けた。


 この地は敵対する国に国境を接していて、いつ戦争がおこって最前線になってもおかしくない地域だったのだ。

 この国で最強と言われているヴァレンシン領軍を指揮するディートフリートさんは、私に決してそのことを悟らせはしなかったけれど。





「あの、どうして私はこちらに留め置かれているのでしょう?」


 戦争が始まってすぐに、ディートフリートさんは私に、「大切な親書を国王陛下に届けて欲しい」と言って、何人かの護衛をつけて王都に向かわせた。

 彼の言う通り国王陛下に拝謁し親書を届けたのに、ヴァレンシンに帰っていったのは、一緒に来た護衛と、ファーレン王国の国軍。

 私は逃されたのだと感じつつも、認めたくなくて陛下に尋ねてみた。


「う〜ん。セリナちゃんってとってもかわいいよね!かわいいっていうより、キレイって言った方がしっくり来るかな? ヴァレンシン領で君の演奏を聞いたよ。なんだかとても癒やされたんだ。あんな魔法は初めてみた。君がここに居てくれて、また、私を癒やしてくれたら嬉しい。私もディートフリートのように君を大事にするよ?」


 国王陛下は、ディートフリートさんの自称親友だと言い、ヴァレンシンにもお忍びで私のバイオリンを聞きに来てくれたこともあるらしい。

 なんだかチャラそうに見えるけど、ディートフリートさんより3歳ほど年上で、かなりやり手の政治家だと聞いている。

 こうやって相対していても、どこか真意が見えなくて、ちょっと怖い。

 だけど、思うことはちゃんと言葉にしなければ伝わらない。


「陛下。でも、私はヴァレンシン領に帰りたいです。ここは……ここにいると寂しくて不安で、私は雨を降らせることしか出来そうにありません」


「それは、どうして?」


 陛下はどこか面白そうな表情を浮かべて、私を見る。


「ディートフリートさんが居ないから。彼は今ヴァレンシン領そして、この国を守るために、その命を危険にさらして戦っています。ディートフリートさんに会いたい。彼に伝えたいことがたくさんあるんです。お願いです。どうか彼のところに……」


 私は、陛下の視線を受け止めて反らさず、真剣に願い出た。


「でも、戦場だよ? 君は戦いなど知らない、平和な国にいたと聞いた。ここにいた方が安全だ。ディートフリートは、私に君の保護を願った。今や最前線となったヴァレンシンから君を遠ざけるようにと」


 戦いを知らない私が行くのは無謀だと、陛下は言いたいのだと思う。

 でも、私も譲れない。


「私、ディートフリートさんの側で、平和を願ってバイオリンを弾きます。何も言わずに私を遠ざけて、そんなこと私は望んでいなかった!私にも彼の役に立てることがあるはずです。私は私のやりかたで、彼とヴァレンシンを守りたい!彼に私の音を届けたいんです!」


 そう、必死に訴える。こうしている間にも、万が一彼の命が失われてしまったら、と怖くてしょうがない。

 私の必死さが伝わったのか、陛下は呆れたように笑った。


「そう……仕方がないね。ディートフリートには恨まれそうだが、君の願いを叶えよう。でも1つだけ。君の願いが叶ったら私の願いも聞いて欲しいな?」


「陛下、ありがとうございます。私もお約束します」





 陛下は、王城にいた力のある魔法師を私につけてくれ、私はその魔法師と一緒に最速でヴァレンシン領に戻ることが出来た。

 国境近くでは、連日争いが続いていたが、街には大きな被害は出ていないようでホッとする。

 だが、とうとう両軍が正面から向き合い、大規模な戦闘が開始されようとしていた。

 私達は、魔法師が飛ばす小型の飛行艇に乗る。


 そして魔法師に、これから私が奏でる音を出来るだけ広範囲に響かせることが出来るようにとお願いする。

 私は、大切な相棒、バイオリンを左肩に乗せた。


 奏でる曲は……「帰りたく◯ったよ」

 どうか皆が、相手を思いやり、故郷を思い、愛する人たちのもとに帰りたい、とそう願ってくれますように。

 争うことはやめて、敵も味方も同じように大切な人がいるということに気がついてくれますように。

 武器を捨て、誰も傷つけること無く、皆が平和を望んでくれますように。

 強き人は、弱き人に優しく手を差し伸べることができますように。

 どうかお願い!

 そう願って、音を奏でる。自分の中にある力が引き出され、音に乗って、戦場に広がっていく。


「セリナ様……敵も味方も、皆武器を捨てましたよ」


 やがて、隣にいた魔法師が、呆然と呟いた。

 私も演奏の手を止めて、戦場だったその場所を眺める。皆がその場に立ち尽くし、その手に武器は無かった。


 私達は、戦場から少し離れた地に降りた。

 ディートフリートさんは、無事だろうか?そんな私の不安を察したように、魔法師は笑った。


「大丈夫ですよ。ディートフリート様は、お若いながら我が国最強の騎士と言われ、陛下の信頼も厚い方。開戦前にあの状態になったのなら、何も心配することはありません。現場は混乱しているでしょうから、それを収めたら、ヴァレンシン領主の邸宅に無事にお戻りになりますよ」


 そう言って、私を領主邸に送り届けてくれた。


 お屋敷ではメイベルさんに感謝され、皆とディートフリートさんの帰りを待つ。その日の夕方には、彼の無事は伝えられた。あのあと、敵は戦意喪失して撤退。その日誰も傷つくことはなく、こちらも敵を追うこともなく、撤収することになったという。

 皆がほっと安心し、ディートフリートさんは戦後処理が終わり次第戻って来るということだった。


 2日後、まだ戻らない彼を想って、バイオリンを手にとった。


 ただ、ディートフリートさんを想って、音を紡ぐ。

 自然に鳴らした曲は、「アイ◯カタチ」


 ああ、私、いつの間にかディートフリートさんのこと好きになってた。

 この場所で彼に出会って、共に時間を過ごして、いつの間にかとても大切な、ただ1人の男性になっていた。

 失うことが怖くて、考えられなくて、そして、彼にも大切なものを失って欲しくなくて。

 守りたい、と強く思う。


 曲が終わって、自覚した気持ちに思わず涙が溢れる。

 と、後ろからギュッと抱きしめられた。


「この曲、俺の為に奏でてくれたんだよな?」


 聞き慣れた低くて優しい声が、心に響く。彼の言葉の意味が、その音と一緒にそのままちゃんと理解できた。

 私は回された腕にしがみついて、首を縦に振ることしか出来ない。

 涙が止まらなくて、何か言わなきゃと思うのに、言葉にならない。


「ありがとう。俺も、愛してる」


 そう言って腕を緩めた彼が、私の正面にまわりこんで、両手を私の頬に添えてそっと涙を拭ってくれる。

 蒼いキレイな瞳が、まっすぐに私を見つめている。


「お前のおかげで、皆無事だった。ありがとう」


「すごく心配した」


 笑顔で言った彼に、私はちょっとむくれて見せる。


「うん。ごめん」


 言葉だけは素直に謝ってくれたけど、反省はしていない。


「あんなふうに私を遠ざけたりしないで」


「それは、約束出来ないな」


「安全なところで待ってるだけなんて、イヤ」


「俺はお前を失えないんだ。だからこれは譲れない。でも、次はちゃんと話し合おう」


「ずるい。私だって、貴方を守りたい」


 わかってはくれない彼に私は思わず抱きついて、彼の胸に顔をうずめる。そして、彼の背に周した腕に力を込めた。


「うん。すごく嬉しい。今の曲も、お前の気持ちが痛いくらい伝わってきた」


「貴方を想って弾いたから」


 ディートフリートさんの腕も私の背にまわり、もう一度ギュッと抱きしめられた。


「知ってる。他の奴の為だったら許せなかったけど。俺、今、どうしようもないくらい幸せ。お前に想いを返してもらえるなんてな」


「私も。貴方が無事で、本当に良かった」


 本当に、ディートフリートさんが無事に戻ってきてくれて嬉しい。彼の手が、私の背をぽんぽんと宥めるように柔らかくたたく。

 そして、一歩下がって身体を離すと、跪いて私の両手を取った。

 見上げる彼の視線がまっすぐに私を射抜く。


「セリナ、愛してる。もう離してやれないから、ここで、俺と一緒にずっと生きていかないか?」


 じっと私を見る彼に、目の奥から新しい涙が溢れてくる。


「……はい、ディートフリートさん。私も、貴方と生きていきたい」


 私は笑って、そしてゆっくりと彼にキスを贈った。





 後日、隣国との戦後処理の報告と、ディートフリートさんと私の結婚の許可を得るため、2人で国王陛下に謁見した。

 といっても、どうやらプライベートスペースに通されたようだ。


「ふふっ……やっと来たね、二人共。待ってたよ」


「ご報告が遅くなり、申し訳ございません」


「やだなあ、ここは私の部屋だよ。ディートフリートいいってば。セリナちゃんも楽にして」


 礼を取ったディートフリートさんに、陛下は手を振って楽にするように言った。

 やっぱりチャラい。


「セリナちゃんって……アルベルト…」


 そんな陛下に、ディートフリートさんも肩の力を抜く。

 陛下って、アルベルト様っていう名前だったんだ。そして、ディートフリートさんと親友って本当だったんだ。


「セリナちゃん、君、声に出てるからね?」


 アルベルト様がジロリと私を睨んでいる。ディートフリートさんも、私の頭をぽんぽんとたたいた。


「あ!すみません!つい……」


 慌てた私がアルベルト様に謝ると、彼はニヤリと口角を上げた。


「ま、いいけどね。迷い人の君は、ディートフリート以外の男に興味はなさそうだしね。まさか国王の名前を知らないとまでは思ってもなかったけど。良かったな、ディートフリート?」


「ああ。セリナに話は聞いた。貴方のお陰で、助かった。ありがとう。で、セリナと結婚しようと思ってる」


 アルベルト様は私の失言を軽く流して、ディートフリートさんと話し始めた。


「うん。君の努力が、報われたようで、良かったよ。もちろん許可するよ。おめでとう、ディートフリート」


「ありがとう、アルベルト。これからも変わらぬ忠誠と友情を貴方に」


 ディートフリートさんはそう言って、姿勢を正し跪くと、アルベルトさんへ騎士の礼を取った。


「私も君の忠誠と友情に応えよう、ディートフリート」


 鷹揚に微笑んだアルベルト様は、多分心からの笑顔で。

 私は、そんな二人を見て、なんだか嬉しくなった。


「ところで、セリナちゃん。君に1つ、私の願いを聞いてもらう約束だったね?」


 そうだった、そんな約束をしていた。


「はい。ちゃんと覚えています」


 アルベルト様はそんな私ににっこりと笑いかけると、願いを1つ私に告げた。

 私は、もちろん喜んで、それを叶えることになる。


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