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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短篇(活劇)

【リメイク版作成のため公開停止】

 旅人だろうか。

 土色のフード付きマントで身を覆った細身の長身が、街角でしゃがみ込んでいた。

 そんな、彼の視線の先からは。


 みゃー。


 愛らしい鳴き声がする。

 短毛で薄茶のハチワレ柄。

 まだ幼さ残る顔つきは、生まれて一年も経たない仔猫だろう。

 首輪には、月長石(ムーンストーン)らしき乳白色のちいさな宝石が揺れていた。


「きみはどこのうちの子かな~?」


 旅人は目深にかぶったフードの下から、まさしく猫撫で声そのもので話しかける。


 んみゃ?


 首をかしげる仔猫と同じほうに顔を傾けながら彼は、「はあああかわいいねえ」と溜め息まじりに惜しみない賞賛を贈るのだった。


 ──この街には、世界を滅ぼし得る秘宝が代々受け継がれているらしい。


 憶測形(らしい)なのは、それを知る住人がひとりとしていないからだ。

 ただそういう女神の託宣(おつげ)が巫女に下ったというだけで、それがどんなもので、どこにあるのか、誰にもわからないのだ。


 立ち上がった旅人の足元で、仔猫が唐突にフーッと威嚇の鳴き声を放ち、そのままどこかへ走り出す。


「あっ、驚かせちゃったかな? ごめんねえ~」


 旅人の心底から申し訳なさそうな声を尻尾で受けとめつつ、仔猫は荷物や棚や、窓枠をぴょんぴょん巧みに足場にして、屋根の上に駆けのぼる。

 そのまま屋根伝いにしばらく空の下を駆け抜けた先で、ふたたび威嚇しながら青い空を見上げた──そのずっと先に、真っ赤な長衣(ローブ)をまとった大柄な老人が()()()()()()


 彼は空中で何事かをぶつぶつと呟いている。年輪のように無数のしわが刻まれた青銅色の肌と、瞳のない血色の目。たてがみのような白髪の内側から伸びる、長大でねじくれた二本の角。


 明らかに人ならざる者──魔族だった。


「ふん、秘宝は行方知れずか。まあよい。手筈通り、街ごとすべて灰燼に帰すまで」


 にたぁり、邪悪な笑みを浮かべた老人──老魔は、長衣(ローブ)の内側から差し出した皺だらけの右手を天に掲げた。


焔獄鏖滅球(インフェルスフィア)


 そして呪言と共にその手のひらに出現したのは、自身の背丈の三倍以上ある、深紅に輝く巨大な火球だった。


 十年前。かつてこの大陸を治めていた三つの王国が、同時に魔王軍の襲撃を受け、そして滅びた。

 そのうちのひとつ、強固な結界(シールド)で守られた魔導国家を一夜で焦土と化したのは、上空から降り注ぐ真紅の火球だったという。


 いま老魔(かれ)掌上(てのうえ)で燃え盛るミニチュアの太陽のような火球が、まさしく()()だった。

 この街の規模なら一発でも充分、魔導国家と同じ末路を辿ることだろう。──そう、この老魔こそ十年前に三王国の一角を唯一騎(たったひとり)で滅ぼした張本人、煉獄法師ジェインフェルなのだ。


「……ふむ。あまり強火に過ぎても、苦しみ悶える人間を眺める愉しみがなくなるか」


 火球をひとまわり小さくしたところで彼は、ふと眼下から聞こえる小さな威嚇に気付く。


「身の程をわきまえぬゴミが」


 唾を吐くように言って火球を、屋根の上で鳴く仔猫に目掛け、悠然と送り出すのだった。灼熱の滅びを内包したそれは、ゆっくりと落下してゆく。


 数秒後にはそこから溢れた紅蓮の炎が、街のすべてを覆い尽くすと確信して邪笑(わら)う法師の眼前で──火球が、割れた。


「──は?」


 中心から、縦にきれいな真っ二つに割れた。

 生じた隙間から見えたのは、屋根の上で仔猫を左腕に抱え上げた、さきほどの土色マントの旅人だ。

 マントの下から、革鎧さえまとわない鈍色(ダークグレー)のジャケット姿がのぞき、右腕には無造作に抜き身の太刀(サムライソード)をぶら下げている。


「おまえ──ねこさんに、何をする」


 先ほどの猫撫で声とは打って変わった、凄みのある声。

 同時にそれは、耳に心地よく通る美声でもあった。


 その左右で、状況的に旅人(かれ)がその手の太刀で両断したとしか思えない火球は、空気に滲むように霧散する。


 ──そんな、馬鹿な。起爆させず真っ二つに斬るなどという芸当が、人の身で出来るものか。


 しかも、そのまま消滅したということは、火球の真中にある小指の先ほどの魔力核ごと両断したということだ。

 あり得ない。まぐれだとしか思えない。しかし。


 驚愕し動揺しつつも法師は、瞬時に相手を全力で滅すべき障害と認定する。

 その冷徹な切り替えができてこそ法師(かれ)は、永きにわたって魔王軍最強の大魔法使い(ウィザード)という名声を欲しいままにしてきたのだ。


焔獄惨千弾(インフェルサウザンド)!」


 法師の全周囲に瞬時に出現する、数百の小さな火球。

 一発ずつがオーガ一匹を焼き殺す威力を秘めたそれが、異なる軌跡を描きながら高速で旅人に殺到し、一瞬で塵も残さず焼き尽くしていた。


 ──まとっていた、土色のマントを。 


「あれ?」


 間の抜けた声を上げる法師の目の前に、旅人(かれ)の姿はあった。身長の数倍を軽々と跳躍して。


 そしてフードの下から露わになったのは、銀灰色(シルバーグレー)の猫毛に縁どられたシャープな顎のライン。

 美しい弧を描く眉の下には底なしの深さを(たた)えた青灰色(ブルーグレー)の瞳、真っすぐ通った鼻筋と薄い唇。


 ──同性であり魔族である法師でさえ、つい見惚れてしまうほどの美青年(かっこよさ)


 ふしゃーっ!


 その左腕で、仔猫が法師を威嚇する。それで法師(かれ)は我に返る。


「何なのだ、きさまは!?」

 

 ぶら下げていた右手の太刀の切っ先を、天にゆらりと掲げつつ旅人は、朝夕の挨拶のような気軽さで答えた。


「──通りすがりの、ただの勇者(ねこずき)さ」


 その無造作な一挙手だけで既に──かつて王国ひとつ一夜で滅ぼした魔王軍最強の大魔法使い(ウィザード)・焔獄法師ジェインフェルの体は、正中線(センター)から僅かもずれることなく真っ二つに両断されていた。


「……ああ、そうか……」


 両断されたまま発した法師の最期の言葉は、なぜか恍惚としていて、そして彼の体は左右に裂けるように炎上し、塵となって消えた。

 その塵の降るなか路地へ身軽に降り立った旅人──人類最強と名高き勇者リュクト・アージェントは、腰の鞘に太刀を納めて、足元に仔猫をそっと降ろす。


「あぶないからね、ああいう変質者(へんなの)には近付いちゃだめだよ」


 再びの猫撫で声で仔猫に言い聞かせると、何事もなかったように軽い足取りで歩き出すのだった。

 見送っていた仔猫は、しばらくしてから「みゃあ」とひとつ鳴き、()()()()と彼の背中を追いかけていく。


 その首輪に揺れる小さな白い宝石こそ──



 世界を滅ぼし得る、ゆえに不死の魔王をも(ころ)し得る秘宝──なのかも知れない。

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当作品は以下連載作品のシングルカットになっております。
うちの勇者は最強ですが、従者の僕は器用貧乏。
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