乙女ゲームの世界に転生。攻略本の内容は完璧に思い出せるけど、攻略本そのものは完璧じゃないし、そもそもどうにもならない仕様というものはある
文句ばっかりいって自分が行動しないのはどうかと思ったので書いてみました。
くらえ! 構想から完成まで七時間のクオリティ!
200年後のあなたへ。
スィンだったかな。ごめん、ちゃんと名前を覚えてない。
あなたがアンナ帝203年か、カーリサ帝203年に、宮廷の書庫に居る18歳の女官じゃなかったら、もしくはそうなる予定がなかったら、ここから先は読まないで。
もしわたしがゲームのとおりに女帝か、じゃなきゃ侍女長になるのなら、このノートの裏表紙の内側には女帝の印を押すつもり。カーリサに頼めばしてくれると思う。ゲームのとおりなら彼女は悪い子じゃない。
ごめん。意味がわからないよね。
とりあえず、裏表紙の内側を確認して。その上で、さっきの条件に合致しなかったら、このノートは見なかったことにしてほしい。アースィファ帝国の機密事項なの。
まだ条件はあった。ごめんね、ちょっと焦ってる。
あなたに四人の姪と伯母は居るかな。居なかったらこのノートはもとの場所に戻して。頼みごとばかりで、ごめん。
なにから書いたらいいのかな。
わたしはアンナ・スルッターイル。普通の女の子。昨日までは。
昨日、わたしに四人目の姪が生まれた。そう書けば、ことの重大さはわかってくれると思う。わたしは女帝になる権利を持ってしまったの。
最悪なことに、伯母も四人居る。わたしは女帝の一歩手前に居る。
カーリサが居なかったらこのまま女帝だった。カーリサ・タビーイーヤ。まだ会ったことがないわたしの競争相手で、将来親友になるひと。
ならなきゃ困るの。
わたしはスルッターイルっていう、単なる商人の家系に生まれた。
アースィファ帝国の家庭にありがちな、女だらけのきょうだいと、肩身のせまそうな父さんやおじさん達、気の強い伯母さんや叔母さんに囲まれて育った。それにしては、わたしは大人しいほうだと思う。
わたしには運よく(悪くかな)伯母が四人居たから、一般家庭にしてはいい教育をうけられたと思う。適当にやってたんだけどね。だって女帝になんてなりたくないもの。
今もそう。こわいし、なりたくないけど、もう姪っ子は生まれてしまった。そして末っ子のわたしはまだ18歳。資格はある。母さんは大喜びで行政官さまに報告に行って、わたしは気絶した。
起きたらこの世界がゲームとおんなじだって気付いた。わたしは高校生だったんだって。
信じるかな、名前を忘れちゃった次の主人公さん。
ここって、ゲームの世界なの。ゲームってわかんないと思う。ごっこ遊びみたいなものだよ。もっと複雑で、もっと厄介。
わたしはこことは別の世界で、そのゲームをやってた。ごっこ遊びでも決まりは色々でしょ? このゲームは「四人の姪と四人の伯母を持つ普通の女の子」が主人公。
どこが普通なんだろ。アースィファではたまに居るけど、もとの世界では普通じゃなかったよ。
とにかくわたしが主人公なの。わたしはあと少ししたら帝都に行かなくちゃならない。そこで女帝の資格があるか、五剣王さま達と過ごして決めてもらう。
ゲームだと彼らと恋愛することができたけど、現実になってみるとそんなことはおそれおおくてできそうにない。天領をまもる五つの領地の、一番偉いかた達だもの。
「火の領土」を治めるアクウィーシィ・ムシュタリィさま。小柄で子どもっぽい外見だけれど、五剣王のなかで二番目に在位が長い。本当は帝国ご出身ではない設定だった。
「水の領土」を治めるヴィアー・バドルさま。陛下と喧嘩してからもう200年以上、帝都に居着かずに自由気ままな暮らしをしておいでだけど、試験があるからこれからしばらくは宮廷に居ないといけない。
「地の領土」を治めるアーミッショ・ズハーラさま。彼がメインヒーロー。
読めなかったらごめん。主人公の相手役っていうこと。アニメでは。アニメは影絵芝居みたいなやつだよ。
「風の領土」を治めるアルブス・ウタリドさま。女帝を支える王族の出身。影絵芝居だと、カーリサの相手役。
「灰の領土」を治めるのは、ヤサルヤミン・マーフカムさま。五剣王で最も在位の長いかた。わたしが今居る場所は、灰の領土のはじっこだから、年始のお祭りでお姿を見たことがある。
こわいの。
ほんとのっていうか、もともとのアンナはこんなに怯えてなかったと思う。きっと。
わたしはこわい。
アンナは陛下の在位がもうお仕舞に近いなんて考えてなかった。特に在位の長いかたなんだって思ってたの。自分が女帝になる資格を失わないうちに、あたらしい女帝を選ぶ試験がはじまるなんて思ってなかった。
発表はまだないけど、ゲームのとおりならわたしは明日にもここを発つことになる。四人の姪と四人の伯母をどちらも持っていて、18から22歳っていう条件に合致するのは、わたしとカーリサだけ。
そもそも、陛下のお力が衰えているなんて、大々的に発表できるものじゃない。いつも、あと少しで次の女帝が決まるって時に、式典やお祝いがあるから告知せざるを得ないってだけ。
迎えが来る筈なの。五剣王さまがたのどなたかがいらっして、わたしを帝都へつれていく。誰が来るかはわからない。そのひとは、なにもしなくても最初から、親密度が少しだけ高い状態になる。ゲームでは省略されてた半月の移動はどうなるだろう。
遊びじゃないんだよ。わたしは殺されるかもしれない。一般家庭から女帝を出すのがいやだってひとは幾らでも居ると思う。貴族達がどれだけ反発するだろう。それに、移動の途中でばけものに食べられちゃうかも。そうならないように、わざわざ五剣王さまがいらっして、帝都までまもってくれるのだけれど、何事にも例外というものはある。
混乱してるね。
あなたに伝えないといけないことは沢山。でも今は眠たい。少しだけ休ませて。
馬車は酔うものだって思ってたけど、酔わない。
迎えに来てくれたのはアクウィーシィさまだった。わたしくらいしか身長がなくて、浅黒い肌で、めずらしい黒髪と黒い瞳。声もゲームのまま、女性みたい。でもわたしよりずっと長く生きてらっしゃる。
黒髪と黒目を見て、帝国の統治下の出身者ではないのだろうなと思った。わたしのなかではただの高校生の感覚と、アースィファ帝国の若い娘の感覚とがまざってる。黒髪で黒目なのに、どうして主人公はイベントをすすめるまで彼の出自を疑問視しなかったのだろう? 本当に不思議。
アクウィーシィさまはわたしを緊張させまいと、気を遣ってくれている。カーリサの話も聴いた。わたしが家族と離れることをこわがって泣いていたら、きっとそちらの子が女帝になるから戻れるよって。
わたしはアクウィーシィさまの性格傾向をさぐってる。お喋りにいやな顔をされないから、社交は高いと思う。
アクウィーシィさまでよかったのかも。アーミッショさまとはかならず反対になるから、アクウィーシィさまを解析できればアーミッショさまのこともわかる。
街々で休む度、お買いものやお芝居につれていってくださるから、活発も高いかな。
ごめんね。くわしく書いておくから。
社交
高いとお喋りやおでかけが好き。好みの贈りものはお酒かお菓子。
活発
高いとおでかけが大好き。好みの贈りものは武器。
学究
高いと、鍛錬に気持ちよく付き合ってくれるし、なかよくなれる。書物が好き。
権力
高いと、お喋りが大好き。誉められるのが好きなんだと思う。
美術品とか宝石を贈ると凄く喜ぶ。
こんなふうに、性格によって親しくなる方法や、贈りものが違う。
すべてが高い、簡単になかよくなれるひとも居れば、すべてが低くて全然なかよくなれないひとも居る。それはあたらしくゲームを始める度にかわる。法則なんてない。ゲームと違ってセーブができないから、とりあえずなんでも話しかけてみて反応をたしかめるなんて、そんな無茶な真似はできない。
アクウィーシィさまの学究と権力が低いと助かる。それってアーミッショさまの学究と権力が高いってことだから。
全員から指名されて女帝になるか、全員がカーリサを指名してわたしが侍女長になるか、どっちでもいいからとにかく宮廷に残りたい。そうすれば家族を呼び出せる。宮廷に住まわすことだってできる。
正統エンディングならわたしが女帝になるの。
はなむけのお金、ゲームよりも沢山渡してもらえた。父さん、こっそりためてたんだって。母さんが誉めてた。銀貨が沢山。多分300カルブくらいある。しばらくプレゼ
贈りものを買うのには困らないと思う。おでかけ用の服もほしいけど、300カルブじゃ髪飾りしか買えない。
アクウィーシィさまはわたしに親しみを感じてくれているみたい。でも崇敬はあがってないと思う。イベントが起こってない。まだゲームはスタートしてもない。
読めなかったらごめんね。
親密度
お喋り、おでかけ、ただの挨拶でもあがる。贈りもので大幅にあがる。
崇敬
鍛錬をしないとあがらないし、鍛錬でも凄く小さくしかあがらない。鍛錬を毎日続けていると上がる幅が大きくなる。大きな出来事があると、成功すればあがる。でもそれには親密度を上げるか、鍵になる行動をとる必要がある。
わたしは五剣王から崇敬されないといけない。
勉強になるかもって本を戴いた。読んでる。読めるんだねってアクウィーシィさま驚いてらした。宮廷の作法についての本だけど、分厚くて難しい。
それから、今のはヤサルヤミンには絶対にいわないでって。領民をばかにしたって怒るからって。
わたしってもとの世界でどうやって死んだのかな。
死んでないとここに居ないと思う。
全然覚えてない。
戻りたいな。
ばけものが出たけど、アクウィーシィさまがすぐに倒してくださった。五剣王のなかで唯一、普段戦う時は弓をつかうアクウィーシィさまは、ばけものが近付いてくる前に弓矢で殺してしまった。
気力、品格、感性。このみっつを求められる。
でもどうやったらあがるかわからない。ゲームでは、お小遣い稼ぎにやる仕事であがる。洗濯屋さん、お料理屋さん、子守り。子守りはまだできない。最初からはできないの、信用がないから。
でも、そんなのできるのかな。
わたし達は大切な女帝候補生だから、もしかしたら宮廷を出られないんじゃない?
女帝がやるのは、五剣王の持っている力を操ること。
五剣王はそれぞれ、火、水、地、風、魔の力を持っておいでで、けれどご自分でつかうことはかなわない。操れるのは女帝だけ。四人の姪を持つ女帝だけ。気力、品格、感性をあげれば、五つの力を操る技術が頭打ちにならなくなる。
火は行動する力。
水は癒やす力。
地は生み出す力。
風はどんなものも変化させる力。
魔はそれだけではなんの意味もない、ほかの力を増大させる力。
そのバランス
均衡が崩れると、天災が絶えない土地になる。ばけものも沢山出てくる。何事も均衡が大切で、だから五人全員の信任をうけると正統な物語になる。
覚えてるんだよね。これ多分、攻略本の内容全部覚えてる。思い出せるもん。
攻略本は、虎の巻みたいなこと。ありがたい。でも、攻略本、すべての数字や条件がはっきり書いてある訳じゃない。
それに性格傾向はプレイごとにかわるしね。
積んでる。
2の攻略本はくれなかったみたい。でもわたしが性格傾向をさぐっておくから、これを読んで勉強してね。基本的な決まりは一緒だから。200年で性格傾向がかわってたら、それもきちんと書いておく。
わたしが直に説明できればよかったんだけど、正統エンディングを迎えたらわたしは女帝になって、200年くらい後に突然倒れて眠り続けるの。
女帝が意識不明ではじまる試験なんて、今まで数える程しかなかった。大急ぎで集められた女帝候補生のなかに、あなたが居る。書庫の掃除をしていた、一般市民出身でなんの後ろ盾もない女官のあなたが。
わたしはあなたの見た目を思い出せない。女官の格好をしていて、わたしより少し小柄で、髪が赤茶色ってだけ。あなたの顔は、はっきり描かれていなかった。正統エンディングだと顔が見えていた筈なのに、それは思い出せない。
あなたが五剣王全員の信任を得れば、次期女帝として五人の力を合わせ、わたしの呪いを解いてくれる。そして、次期女帝として、もうひとりの候補生と一緒に宮廷に残るの。
倒れたのは呪いのせいだってことは覚えてるけど、その呪いが誰のものなのか、どういうものなのかは忘れちゃった。もしゲームのとおりに女帝になれたら、賢いひとに調べてもらうつもり。
呪いが解けないルートだとわたしは死んじゃう。カーリサはわたしの弔いのために侍女長の座をおり、何億カルブかを寄付してクッル・シャイの大修道院にはいる。女帝がその地位にあるうちに亡くなるなんて、今まで数例しかないけど、女帝の力で命を延ばしている侍女長は、仕える女帝が亡くなると宮廷を去ってお弔いをするのが慣例だから。
そしてあなたが女帝になる。
あなたを信じてる。だから、あなたに有利になるような情報をあげる。かわりに助けて。
誰かに読まれたら不敬だと思われそう。
ずっと持ってる。ドレスのスカートの内ポケットにいれて。普通ならお金や迷子札をいれておくところ。
いっそ、縫いつけておこうかとも思うの。
帝都に着いた。ひとが多くて酔いそう。今は宮廷の離れの特別室。女帝候補生はもうひとり居たけれど、病気を理由に出ていったって。わたしとカーリサしか残らなかった。本当に。
カーリサは感じのいい子だった。はきはきしてて頼れそう。
ゲームとおんなじで、あんたよりもわたしのほうが賢いし美人だし女帝に相応しいからとっとと帰りなさいよっていわれた。本当にゲームだったんだって思ったら泣けてきて、カーリサはあたふたしてた。そのあと、侍女長さまに怒られてて、悪いことしたなって思った。わたしが泣くのが悪いから。
侍女長さまも、やわらかそうな淡い紫の髪も、もう少し濃い紫のきらきらした瞳も、ゲームと一緒。
中庭にあるあずまやで、陛下、侍女長さま、五剣王さまがたと会ったの。
五剣王さまがたもおんなじ。
肌がぬけるようにまっしろで、淡い金髪に澄んだ青い瞳のヴィアーさま。水の力の説明を優しくしてくださった。あらゆるものを癒す、修復する力だって。お菓子とお酒に喜んでらしたから、社交が高いんだと思う。
丸顔が愛らしいアーミッショさまは、お酒には一切手をつけなかった。社交が低いってことは、やっぱりアクウィーシィさまとは対。左目を斜めに切る傷痕もゲームと一緒。豊かな草色の髪に、かがやく緑の瞳。地の力は沢山のものの誕生に関わっているんだって。
大柄で優しい雰囲気のアルブスさまは、風の力は物事を変化させるっておっしゃったきり。本来の性格も人見知りではにかみ屋さんだけど、もっと酷い感じだった。社交が低いのだと思う。
ヤサルヤミンさまは、金色の瞳でわたしとカーリサを見てた。銀髪は月みたい。こちらの月は銀にはかがやかないけど、もとの世界ではそうなの。
ヤサルヤミンさまは五剣王のなかでも一番在位が長い。それだけ力がおとろえないってこと。三代の女帝につかえた五剣王なんて、そう居ない。だからかな、こわい感じがした。
陛下もゲームと同じだった。穏やかな微笑みの、とても綺麗なかた。伏し目がちだったから、瞳の色はわからない。髪の毛は砂色。わたしと同じ。
わたしは昨日泣いたから、今日は休んでていいんだって。困るのに、アンナさまが部屋から出ないように見張っておくよう仰せつかりましたって、女官達が通せんぼしてる。
アルブスさまがいらして、お散歩した!
社交は低いけど、活発は高いんだ。
アルブスさまの口数は少なくって、わたしもあんまり喋らなかったから、ひたすらばら園をうろついただけ。ばら園はなかよくならないとつれていってもらえない筈なのに。
アルブスさまはわたしを部屋まで送ってくれて、また散歩に誘ってもいいかなとおっしゃった。わたしは笑って頷くだけ。社交が低いひとに対してぺらぺら喋っちゃいけない。
うまくいったのかな。
どうしよう。ゲームと違う。
やっぱり宮廷から出ちゃいけないんだって。買いものも、女官にいいつけなさいって。危ないからだそう。それは当然だ。わたしとカーリサのどちらも死んでしまったら、女帝候補生は居なくなる。辞退した子が居るらしいけど、病気なら女帝の激務には耐えられないだろう。女帝が居なくなったら、帝国は崩壊してしまう。ばけものが沢山湧いてきてしまう。
仕送りは母さんが約束してくれたけど、ゲームでは週に10カルブだった。そのとおりなら、お菓子ひとつ買ったら消える。今持っているお金に週に10カルブ加えたって、服をかえるまで何年かかるかわからない。
カーリサは大貴族のタビーイーヤ家の娘なの。タビーイーヤは女帝を何人も輩出してる。お金だって沢山持ってる。
それに働かないと、パラメータが伸びない
侍女長さまはわたしが呆然としてたから、心配してくださった。まだ気分が悪いのならしばらく休んでいなさいって。わたしはきっと期待されてない。カーリサが女帝になるんだろうってみんな思ってる。女官達がそういっていた。わたしみたいな、ものを売り買いして儲けてるけがらわしい商人の娘は、本来なら宮廷にはいることすら不遜なんだそう。
そうだろうけど、わたしだって来たくて来てるのじゃない。母さんやおば達は悪いひとじゃないけど、頑固でわたしの意見なんてとりいれてくれない。女帝にならないとわたしのお願いなんてきいてくれない。
今日は出歩いていいっていわれて、施設の説明をうけた。
音楽室や、美術品が並んだ回廊、はなれの書庫は、自由に出入りしていいって。回廊には綺麗ながらすの容器や、繊細な水彩画が飾ってあった。書庫はかび臭い。説明をしてくれた女官が渋い顔をしていた。
ばら園や水盤庭園は、五剣王さまと一緒じゃないといけない。そんなの知ってる。デート五回ごとにばら園、デート十回と贈りもの二回で水盤庭園。わかってること。
カーリサは早速、修練の間でアクウィーシィさまと鍛錬。力を操る練習。わたしは逃げだした。
五剣王さまがたの部屋へもお邪魔した。挨拶しただけ。アルブスさまがお茶に誘ってくださって、断れないので戴いた。
ヴィアーさまはゲームと同じで、わたしのことを臆面もなく口説いてくる。あのひとは誰に対してもそう。
アーミッショさまは、移動の疲れはあるだろうけれどはやく鍛錬をはじめたほうがいいというようなおこごとくださった。女帝候補生である以上は、いつまでも部屋に閉じこもっていないでほしいと。わたしは宮廷からだって出て行きたい。お金がないから。
ヤサルヤミンさまはいらっしゃらなかった。活発が高いのかもしれない。活発が高いひとは外をうろうろしてばかりいる。捕まえるのに凄く苦労する。
あなたの時代には、五剣王だけでなく、もう三人居る。名前を覚えているのはひとりだけ。カルサー。家の名前は覚えていない。地の五剣王候補のひとりだった。
五剣王さまだっていずれは力が衰えて、交代する。その時に備えて、優秀な若者達を常に身近においてらっしゃる。今回だって顔や名前は出ないけど、居たはずなのに、居ない。
女帝候補生になにかあったらいけないからって、居ないそう。わたしが泣いたからなんだって。同じくらいの歳の女官に、ちくちくやられた。五剣王さまの候補になるくらいの若者と顔見知りになれるかもしれなかったのにって。
カーリサが来て、女官をひっ叩いた。
わたしに対して態度が悪いって。聴いてたみたい。女帝候補生足るもの、侮辱をそのままにするんじゃありませんって、叱られた。女官のことは侍女長さまに伝えるって。カーリサは大貴族の娘だから、女官達は誰も文句をいわなかった。
お礼いえてない。
ヴィアーさまがいらっして、今度の日曜日には宮廷を出てお芝居を観て、お食事しようって誘われた。日曜日は陛下と謁見する決まりなのに。
ヴィアーさまは、陛下が即位した直後に、陛下と喧嘩した。それから月に二回しか宮廷に戻らず、かといって領地にも居着かない、放浪生活をしている。
喧嘩の原因はとっても些細なこと。陛下が水の領土のお酒をおいしくないから嫌いだとおっしゃった。それだけ。でもおふたりにとっては大きなことみたいで、どちらも謝ろうとしないからややこしいことになってる。
お誘いは断った。陛下の肩を持つ訳じゃない。水の領土のお酒はおいしいと評判で、母さんも扱ってた。売れるんだって。だから陛下にも、間違いはあるってことだろう。
ヴィアーさまはにやにやしてた。どうやら、権力が高いみたい。なんだかんだで女帝という権威には弱いんだ。陛下との約束を優先させたわたしに満足そうだった。
試すようなことしなけりゃいいのに。
鍛錬。水と、地。女官と一緒の帰り道、アルブスさまに捕まって、どうして自分のところへ来なかったんだっていわれた。
わたしはつかれてたから、適当に謝ったと思う。
力を操るのってあんなに疲れるんだ。まるで、三本目四本目の腕がいきなりできたみたいな感覚だった。気持ち悪い。
起きたらアルブスさまからおわびの手紙が届いてた。
アルブスさまと一日過ごした。鍛錬をして、ばら園をお散歩。ゲームだと、鍛錬とおでかけは同じ日にはできないのに。
風の領土ふうのご飯、おいしかった。甘いものが多い。熱いところで、甘いくだものが多く採れて、それから調味料をつくるんだって。そういったことも学ばないといけない。
わたしは末っ子だから、商人としての勉強はいまいちしてこなかった。アースィファ帝国では、次女が家を継ぐものだものね。
眠れないから書庫へ行った。数冊くらいなら部屋へ持っていっていい。分厚い歴史書を持って戻った。これを読んだら三行で眠れそう。
案外面白かった。でも三ページでぐっすり。
初代女帝も四人の姪と四人の伯母を持ってたって、本当なんだって。そういうひとにだけ、力を操る資質がある。資質はあっても鍛錬しなくちゃいけないから、こんなに疲れてるんだけど。
ヤサルヤミンさまと顔を会わせたのは何日ぶりだろう?
鍛錬して、お喋りした。ヤサルヤミンさまは権力が高い。宝石や美術品を買うのにお金は幾らかかるのかな。
アクウィーシィさまはお酒かお菓子。
ヤサルヤミンさま、ヴィアーさまは、美術品か宝石。
アルブスさまは武器。
アーミッショさまだけがはっきりしない。ごめんね。書物のようでもあるんだけど。
アーミッショさまは鍛錬にも付き合ってくれない。学究は高くないみたい。なかよくならないと一緒に鍛錬してくれないのだと思う。書物ではだめだ。
高そうなのは権力だけだから、どうにかして美術品か宝石を手にいれないといけない。
アクウィーシィさまと鍛錬をした。それから、昨夜厨房をかりてつくった焼き菓子を贈った。アクウィーシィさまはとっても喜んでくれた。
ヤサルヤミンさま、アルブスさま。
帰り道、アーミッショさまといきあう。カーリサと鍛錬したみたい。そんなようなこといってらした。どうしてカーリサとは鍛錬するの。カーリサはお金持ちだから、なにか贈ったのかな。
親密度を確認できないのがつらい。
カーリサと話した。お礼をいった。
彼女は凄くいい子。
また女官が生意気なことをいったらわたしにおっしゃいよ、あなたはきちんと鍛錬にはげんでるれっきとした女帝候補生で、あんなことをいわれる義理は一切ないのよってはげましてくれた。
アーミッショさまのことをいったら、わたしから鍛錬のこと打診してみるわって。それから、今度一緒に回廊へ行きましょうって。優しくていい子で、涙が出そう。
女帝は王族からは選ばれない。それは決まりみたい。五剣王はわからない。彼らにしかわからないことだ。
そんなふうに本に書いてある。
王族は各地を治めている一族。力の均衡を保って、天災が起こらないよう、ばけものが大量に出てこないようにするのが女帝の勤め。
女帝になれば、200年から最長で1000年以上、女帝になった当時の姿のまま生きる。五剣王も、力を持っている限りは、姿はかわらない。侍女長は女帝とともに過ごすけど、時折、長く生きることに疲れて、途中で座を降りるひとも居るらしい。
力を失った後は、普通に歳をとる。でも、領土を治める権利も、宮廷にはいる権利も失う。出ていって、あたらしい女帝や五剣王の邪魔をしないようにしないといけない。
ヴィアーさまと鍛錬。その後アルブスさまとも。ヴィアーさまに、月曜日にでかけようといわれ、応じた。多分イベントだ。
きちんとした情報がなくってごめんなさい。
陛下に拝謁した。カーリサも一緒。わたしが熱心で優秀だって、五剣王のうちの三人はわたしを次期女帝に推した。アルブスさま、ヴィアーさま、ヤサルヤミンさまだ。前のふたりはともかく、どうしてヤサルヤミンさまが?
もしかして、社交も高いのかもしれない。だとしたら、お喋りで凄く親密度があがったんだ。
アルブスさまと水盤庭園へ行った。
水盤みたいに綺麗な湖だった。直に目にすると圧巻。そこで、わたしが焼いたお菓子を
どうしよう。
アルブスさまがいらして、わたしが本当に水盤みたいといったのはおかしいって。水盤庭園っていうのはほんとの名前ではなくって通称。女官達はそういう砕けたいいかたをしないようにいわれてる。女官達は間違わない。そうだ。わたしはたしかにあの時、ブハイラの庭園といわれた。
どうして口を滑らせたんだろう。
わたしはなにもいえなくて、アルブスさまは出ていってしまわれた。
きちんと鍛錬しないといけない。態度が真面目だった者にはほうびがある。ゲームではそんなのなかったけど、お金だったら絶対にほしい。必要なものは沢山あって、でもお金はない。
アルブスさまは部屋に閉じこもっているそう。毎朝女官達に教えてもらう五剣王さまの情報のなかで、今までで一番正確。
アーミッショさまとお喋りして、鍛錬した。カーリサが仲立ちしてくれたから、鍛錬にも付き合ってくれた。
地の力は生きものや、それを生み出す力で、ここまで大きくなった帝国には欠くべからざるものだとおっしゃっていた。だから、女帝になるために高度な教育をうけているカーリサみたいな子に、女帝になってほしいんだそう。力は間違ったつかいかたをすれば、帝国の領土に大きな被害を与えるから。
ゲームでは一日三回行動できるのに、ここはひろすぎる。五剣王さまをさがしているだけで時間が経ってしまう。
わたしには嫌疑がかかっている。アルブスさまはわたしを疑っている。そういう視線を感じた。
今日はお食事会だった。親睦を深め、互いをよく知る為の。
五剣王は力を持っていて、そのおかげで老いもせずに勇敢に戦い続けてきた。帝都をまもるようにある五つの領土をそれぞれが統治し、陛下の居る帝都までは決して敵を寄せ付けないようにしてらっしゃる。
あのヴィアーさまでさえ、陛下はお嫌いでも女帝というものはなくなってはならないと考えてる。女帝が居なくなったら、自分達の力はないのと同じだから。
だから女帝は五剣王の信任を得ないといけない。
アルブスさまは多分、これからもわたしを信用しない。
それってわたしは女帝になれないってことかな。
厨房をかしてくれない。女官達がにやにやしていた。いやな子達。
少しでも五剣王さまがたに気にいられないといけないのに、どうして邪魔をするの。
わたしは女帝にも侍女長にもなれなかったら、死ぬかもしれない。
ゲームでそういう描写はないけど、2で言及されてる。正統エンドでわたしが女帝になった直後に、他国に攻め込まれて、灰の領土の一部がむちゃくちゃになる。女帝の故郷だったと説明されていた。女帝にも侍女長にもなれなかったら、わたしは家に帰るのに。
死ぬのはこわいし、家族に死んでほしくない。わたしの言葉なんて母さんは信用しないだろう。18の小娘が家長にくちごたえなんてできない。
女帝になって、家族を宮廷へ呼び寄せ、侵攻をはやい段階でくいとめないといけない。それが無理でも、侍女長になって、カーリサに進言しないといけない。
アルブスさまから呼び出された。なにかいわれるのかもしれない。でも断る訳にはいかない。行ってくる。捕まったらどうしよう。
アルブスさまは味方みたい。
変な感じ。
水盤庭園の前で待ち合わせて、女官は来るなっておっしゃって、湖の前まで行った。アルブスさまはずっと黙ってらした。わたしも。
湖の前についても黙ってらした。しばらくは。
それからやっと、口を開いたと思ったら、もしかして転生者なのかって。
転生っていうのは、生まれ変わることかな。細かくいうと違うんだけど、大体そういう意味。あの世で生まれ変わることなんだよね。本当は。たしか。
別の世界で別のひとになってるから、転生でいいのかな。
わたしはまぬけ面してたと思う。アルブスさまが笑ったから。
でも、わたしのまぬけ面で、通じたってわかったみたいで、僕もそうなんだっていってた。
そうなんだって。
意味がわからない。
でもアルブスさまも、わたしみたいにこの世界をゲームとして知ってる、別の世界のひと。なんだそう。
信じられないけど、アルブスさまの話は本当みたいに感じた。
アルブスさまは、五剣王に選ばれる前の晩に思い出したみたい。
そこから五十年近く、ずっと待っていたんだって。わたしを。
アルブスさまは、お母さんがゲームをしていたのを見ていたから、内容を知ってるそう。お母さんはアルブスさまが好きだったみたい。アルブスさまは、ご自分が途中でばけものに襲われた主人公を庇い、大怪我をして、それが原因で力を失うということを覚えてらした。アルブスさまを攻略するとそうなる。
その後主人公がアルブスさまを選べば、五剣王を辞めて主人公と一緒に帝都を出、風の領土へ戻る。選ばれなければそれについては一切触れずに物語は終わる。もしかしたら力を失ったのは一時的なことで、戻ったということになるのかもしれない。もしかしたら力は戻らず、ひとりで宮廷を去るのかも。
アルブスさまは初めの頃、わたしの様子をうかがうために、ばら園へつれていってくれたのだ。会話から、女帝になる気があるのか、それとも恋愛をしに来たのか、さぐるつもりだったそう。女帝になるつもりならば自分は安泰だと思ったのだって。でも、生来の口下手が邪魔をしてうまく行かなかった、とうなだれていた。
アルブスさまは、わたしが女帝になったあとに灰の領土が攻められるというのを覚えていた。お母さんは2もしていたみたい。その時に、風の領土と隣接しているところだから、アルブスさまも大変だっただろうといってたんだって。
アルブスさまは、まだ次の風の五剣王になれそうな人物をさがしだせていない。今、自分が力を失って、風の五剣王が空席になったら、風の領土のまもりがどうなるかわからない。ヴィアーさまは優秀な政務官を持ってるけど、アルブスさまにはそれもない。それに、力を失ったもと五剣王は、政治的なことに一切関われなくなる。
領民に迷惑をかける訳にいかないから、君を女帝に推すよといってくれた。
ひとりでも、確実にわたしを支持してくれるひとが居る。それが嬉しい。
わたし達は色々話した。わたしもアルブスさまも、動機は一緒だ。死にたくない、死なせたくない。
少なくとも、お金のことはどうにかなりそう。アルブスさまのいとこが、五剣王領の外の領をひとつ治めているのだけれど、母さんをそこの御用商人にしてくれるって。儲かれば、わたしへの仕送りも増える筈だから。
美術品や書物も、高ければいいって訳じゃないらしい。ひとりで宮廷を出られなくても、商人を呼びつけることはできるから、美術品や書物の勉強をしてから呼べば少しは安くていいものを見定められるだろうって。だから、その勉強をする予定。
それにもし、わたしが女帝になれなくても、灰の領土の外にある領地もアルブスさまの近しい親族が治めてらっしゃるから、注意を促すと約束してくだすった。戦になりそうなら、一家まとめて風の領土で匿ってくれるって。
わたし達が逃げたって、灰の領土が攻め込まれる未来はかわらないのに。
アルブスさまのいうとおり、わたしは今までと同じように、鍛錬や勉強に励む。女帝になって、家族が死なないようにしたいから。アルブスさまの支援があると思うと、凄く気が楽になる。
200年後のあなた。あなたに約束する。わたしは五剣王の信任をもらって、女帝になって、灰の領土へ攻めてくる軍を返り討ちにする。指揮を執って。
もしわたしが女帝になって、灰の領土の被害を最小限にくいとめていたら、少しは信用に足る人物だと思ってくれないかな。帝国の為になる人物だって。
わたしはあなたを全面的に信用する。きっとわたしを助けてくれるひとだって。
あなたのためにもっと書かなくちゃね。続編のおはなしがどんなものだったか。アルブスさまの協力があれば、2に出てきたあたらしい攻略対象の名前も思い出せるかもしれない。
でも疲れたから、今日はもう休むね。
また明日。