第三章 大妖怪は尾行する②
裕太視点
「……と、言うわけ。状況からすると、妹の魂は未だに消滅せずに残っていて、どこかに捕らわれているんじゃないかと思うんだけど……」
そう俺はそう話しを締めくくった。
外崎は、俺の話しに茶々も入れず、軽く握った拳を口元に当て眉をひそめて聞いていた。
暫くその姿勢でじっとしていたかと思うと、急にパソコンのマウスに手を伸ばし、無言で操作を始める。
「外崎?」
「……実は……」
俺の呼び掛けに口を開いた外崎に、目線でパソコンを見るように促され、俺はパソコンの画面を見るために机を回り込んで彼女の傍らに歩みを進める。
そして、俺が画面を見れる位置まで来ると、更にマウスをクリックし、一つの掲示板を画面上に呼び出した。
「……最近、同じ様に魂を抜き取られるっていう事件が多発してるの……あ、これは私達妖怪専用の情報共有の掲示板なんだけど……被害者は人間だけじゃなくて、妖怪達にも及んでいるのよ。正確には、最初は人間から始まって、最近妖怪に被害が移り始めたんだけど……この掲示板もその話しで持ち切りで、皆犯人探しに躍起になってるわ」
「……鬼の……仕業?」
掲示板を追っていくと、そう結論づけられているのが見て取れる。
「あくまで状況からの予測でしかないのだけど、私は間違いないと思っているわ」
「そのココロは?」
「まず、どこにも痕跡を残さず、誰にも気付かれずにこれだけ犯行を繰り返す事が出来るということは、かなりの手練れであることは間違いないわ」
「ん。違いない」
「更に肉体を放置して魂だけを抜き出す理由がね……最初は高位の黒魔術を扱う人間の仕業かと思ったのだけれど、黒魔術を使えば痕跡が残らないはず無いから……水無月クンならそんな術が使えるとして、痕跡を残すリスクを冒してまでその場で術を使う?」
「いや、俺なら見つからない場所でこっそりやる」
「よね。これだけ多くの犠牲者を生み出しているのに、痕跡が一つもないって事は、人間の魔術師の仕業とも考えにくいわね?」
「なる程……」
「となると妖魔や妖怪である確率が高いのだけど、これほどの手練れとなると魂の扱いに長けた種族であると考えるのが妥当だと思うわ」
「俺もそう思う」
「そうなるとこの犯行をこなせる種族が限られてくる……」
「それが鬼族……」
「そう。彼らは元々死者の扱いに長けているしね。ただ……彼らがそんな事をする理由が分からないのよね……」
そう言って腕を組んで考え込む外崎。
因みに鬼には大きく分けて二種類いる。『善鬼』と『悪鬼』だ。
別に善と悪で分かれてる訳じゃなく、頭脳派の善鬼と肉体派の悪鬼といった感じで区別されている。
外崎の言ってる『鬼族』ってのは、前者の『善鬼』の方で、彼女は善鬼にはこの犯行に及ぶ理由がないと言っているのだ。
それはそうだろう。基本的に、鬼ってのは死界を司る神々の手足であるはずで、それならわざわざ現世まで来て魂をかっさらってくる必要はなく、死界で待っていれば幾らでも良質な魂を手に入れる事が出来る。
リスクを冒して現世に現れる必要はない。
昔は天罰だの神罰だのの目的で、現世に鬼を遣わして人を喰らう事も有ったみたいだが、今の時代、力のある種族は現世に対して静観の姿勢を取っているので、介入するとなると大事で、もっと騒ぎになっているはずだ。
「んで……俺にこれを見せたって事は、俺の妹もこの一連の犯行の犠牲者の1人だって言いたいのか?」
「この犯行が表面化したのが妹さんが犠牲になった時期と重なるのよ。この五年位急激に増えてきて、この数年、年間30~50人の犠牲者が出てるわ」
「意外に少ないね。」
「そう?」
「年間何人の人間が行方不明になってると思ってるの。まぁこの事からも、これは単独犯の可能性が大だね。組織だってのことならもっと多くなくちゃ不自然だ」
単に気付いてないだけで、もっと多くの犠牲者が出てるっていう可能性が無いではないけど、妖怪のネットワークから完全に隠しおおせるとは思えない。
「そうか……そうよね。でもそうなると、ますます理由が分からなくなるのよね……単独でこんな事をしでかす種族じゃないはずだし……鬼を式神として使役する人間の仕業?いいえ、その程度の鬼に痕跡を残さず魂を抜き取る事なんて出来ると思えないし……」
そう言って沈黙する外崎だったが、俺は1つ思い当たる節があった。
「……人間が先祖返りで突然鬼の能力を手に入れたとしたらどう?」
「っ!! ……そう……そうね……それだわ……」
そう言いながら、外崎が掲示板にそう書き込みを入れると、板がにわかに活気付く。
「先祖返りなんて今では殆ど見られないからノーマークだったわ。後は名前が分かれば私の妖術で特定出来るのだけど……う~ん……流石に名前の特定までは無理みたいね……」
掲示板の書き込みを見ながらそう呟く外崎の横で、俺の心は、真冬の晴れた日の早朝のように冷たく澄み渡り、次いで瞬時に吹雪が吹き荒れる。
「『隠善道隆』……」
「え?」
「本名かどうかは分からないけど、あいつは……妹を殺したあいつの名前は『隠善道隆』だ……」
「隠善……その昔鬼を式神として扱った陰陽師の一族だわ……」
そう言って、外崎はすっくと立ち上がると、壁際の本棚から一冊の本を抜き取り戻ってくる。
その本には題名が無い……と言うか、その本棚に列んでいる本にはどれ一つとして題名が書かれていない。
しかし、外崎がゆっくりと手に取った本の背表紙をひと撫ですると、じわりと文字が浮かび上がってくる。
『隠善道隆物語』
「っ!」
「私達は、名前さえ知り得れば、その人の情報を知りうることが出来るのよ」
驚く俺に、外崎はニヤリと笑みを浮かべながらそう説明する。
「……浮気の調査に便利だな」
「大丈夫よ。ミーコに頼まれても黙っててあげるから」
俺の軽口に、そう切り返してくるあたりはさすが齢幾百年の大妖怪だ。
……と思ったところで、外崎の表情がまるで常夏のハワイから極寒の南極へと瞬間移動したかのように激変し、こちらを睨みながら口を開いた。
「……思考の上の事とはいえ、それ以上、歳のことを絡めて私を評するようなら、キミの人生滅茶苦茶にさせて貰うわよ」
「思考が面に出ない事が売りだったんだけど……」
「そんな売り、私の前では『あの日』の水無月クン並みに役立たずだわ」
「……」
これ以上この事でツッコミを入れるのは止めておこう。
「それが賢明よ」
「……」
そしてまた唐突に表情が激変する。どんな表情かは、あえて言うまい。
「……どうやら当たりみたいね。」
そう言って、外崎は本の一文を細く美しい人差し指で指し示す。
『この地を訪れたその瞬間、彼の脳裏に過去の自分が浮かび上がる。そう、人に嫌み嫌われる鬼であったその姿が……』
「隠善家は、鬼を式神として使役していたのだけれども、ある時、その使役していた鬼の因子を自分の子に埋め込んだ術士がいたのよ。それ以来、一族の中に時折鬼の能力を兼ね備えた術士が産まれるようになったのよね。ここ二百年くらいは現世に現れてなかったからノーマークだったわ。彼はこれ以降、鬼の本性に心を捕らわれ、その能力を使って質の良い魂を狩り続けているみたいね」
「何のために?」
「そこまで知るには私自身がこの『隠善道隆』クンに会う必要があるわ」
そう言いながらページをめくる外崎に、俺は今一番知りたい事を問い掛けた。
「それじゃあ、今コイツは何処にいる……」
外崎の瞳が、俺の思考を読み取ろうとするかのようにじっと俺の瞳の奥を覗き見る。
俺は、妙に落ち着いた心情でそれを受け入れた。
「……ふぅ……止めても無駄なようね」
「当然だ」
「2、3時間で調べるわ」
「分かった。終わったら呼んでくれ」
そう告げると、俺はきびすを返して出口へと歩き出したのだった。
ドン!
「ふにぎゃ!」
「……」
俺は、自分が押し開けた扉の向こう側で、鼻を抑えてのたうち回るミーコさんの姿に唖然として押し黙る。
ドアノブに手を掛けた俺の頭の中は、最早『隠善道隆』の事で一杯で、他の事は二の次三の次になっていたのだ。
でも、このベタな展開を繰り広げる愛すべき大妖怪の姿が、俺の凝り固まった肩の力を一気に緩めてしまっていた。
「いきなりドア開けるんじゃないわよぉぉぉ!」
目尻に涙を浮かべてそう詰め寄るミーコさんに、俺は苦笑を浮かべて肩を竦めると、肩を抱いてクルリと身体を反転させ、そのまま腰を抱いて歩き始める。
「ちょ、ちょっと! 話しは?! 聞きたいことは全部聞いたの?!」
「いーのいーの。後はのんびり情報が入ってくるのを待つだけ。外崎さん。んじゃそーゆーことで」
「分かりました。情報が入り次第ご連絡差し上げますわ」
そう返してきた外崎の表情は、苦笑を浮かべてはいたが決して嫌なものではない。
例えるなら、子犬と子猫が仲良くじゃれ合うのを眺めている少女のようだ。
どうやら、昔の関係の事は口を噤んでくれるようだと理解し、俺は少し胸をなで下ろしながら扉を閉める。
「ちょっと! あたしは文ちゃんに話が……」
「だーめ。ミーコさんは今から俺とイチャイチャするの」
「ちょ……こ、こんなとこで一体何を言って……」
「なんか気分。んで、じっくりなぶった後に今の出歯亀についてを更にじっくり話し合おう」
「なぶるってあんた……」
「ミーコさん好きだもんね~、エッチの最中あの手この手で俺になぶられるの」
「人の往来で誤解を生むような発言してんじゃないわよ!」
「んで、何故あそこにいたのかじっくり申し開きを聞きましょう。」
「あれはその……」
そうごにょごにょと言い訳がましく呟くミーコさんを建物から連れ出し、俺達二人は近くのラブホへと足を向けるのだった。
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